ガラス

禮矧いう

第1話

 ボクはガラスだ。

 別に、ガ・ラスとかガラ・ス、はたまたガ・ラ・スとか言うように区切りをつけて、姓や名、それからミドルネームに分かれるということはない。だからと言ってガラスという名前で他に名字があるという訳でもない。

 それならば、透きとおるように純真な心とか、触れたらすぐ割れてしまう、そんな儚い精神とかいうような、人の性質を表す比喩表現で言っている訳でも全くない。

 本当にガラスだ。硝子。ガラス。物質としてのガラス。あの石とか当たったらすぐに割れる奴だ。ボクは、玄関の扉にはまっている装飾用のステンドグラスだ。形は長方形。面積はだいたいA4用紙を縦方向に細長く二つ折りにしたくらいだ。

 玄関に付いているのでボクを通して反対側を望むことは出来ない様になっている。――当然、家の中が見えない様にする為だ。 

 光に関しては薄っすら通すけれど、濃紺が多くを遮って、影すらはっきりと描くことはできない。その上、凹凸もついているので、斜めから光が当たった時なんかは、表面で光を反射してしまう。

 つまりボクは、完全に、完璧に、デザインとして扉に組み込まれているということだ。

 トイレの明り取り、玄関ののぞき穴、そういった物の様に実用性があるということはない。また、ステンドグラスとは言っても、絵や幾何学模様が組まれているのではなく、只、のっぺりとした一様のガラスだ。――まあ、只の色ガラスと言えばそれまでだ。要は、ボクは飾りのガラスなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 因みに少しの金属酸化物と二酸化ケイ素で出来ている。

「金属酸化物はまだわかるけれど、二酸化ケイ素ってのは何者だ?」って。

 ケイ素一つに酸素が二個化合したものなんだけれど……そんなのは説明になってないよね。

 代表的な二酸化ケイ素の含有物を挙げると石英とか水晶がそうだね。ただ、それらは結晶構造って言って一つ一つの原子が並んでいて、きれいに整頓された形をしている。

 でも、ボクは違う。

 アモルファス。漢字で言えば非晶質。構成される原子のほとんどが規則的に結びついていない状態。ぐちゃぐちゃに、不規則に、混沌と、只、くっついているだけの状態。つい最近までは非常に粘度の高い液体だと認識されていたけど、今は、固体ということになっているらしい。

「なんで、自分のことなのにちゃんと分からないのか?」って。

 そりゃ人間だって、腹切り開くまで骨とか内臓がどんなだとかわかんないでしょ?

 実際、中世まではよく分かっていなかったんだしね。それと同じ感じだよ。唯、ボクの中がぐちゃぐちゃなことは何となく分かる。

 まあ、自己紹介はこれくらいかな。

 僕のことはそんなに大事じゃあないんだから。

 ん?

「君が主人公だろう?」って。

 いやいや、違う。僕はただの語り部さ。物語に深く影響する役じゃあない。

 だって、ガラスだよ。



 六月の中旬。

 天気は雨。

 厚い雲がかかって薄暗い。

 気温は高くもなく過ぎしやすい。

 雨のせいでいつも元気なカラスすら飛んでいない。

 今日はそんな日。

 ボクは日常と相変わらず玄関扉にはまっていた。まあ、動きようがないで、雨だろうが雪だろうが、嵐だろうか、いつもここにはめごろされているだけなのだが。

 もうすぐ、太陽は中天にかかる。――雲が空を隠すので、はっきりとは言い切れない。そんな時分、キミが帰ってきた。

 キミ。

 キミはこの家が出来てから少ししてやってきた。始めの頃は、なんだか小さくて、トーサンの腕に抱かれているだけだった。けれどいつの間にか、段々大きくなって一人で動き回るようになり、いつしか、毎朝、ガッコウというところに行くようになった。

 ここ二、三年、普段は夕方まで帰ってこないのだけれど、今週はテストとかいう期間で、正午には帰ってくる。

 数年前まではガッコウに行っても昼過ぎには帰ってきた。それから、友達を連れてきて、家の外では、虫採りだ、チャンバラだ、かくれんぼだ、鬼ごっこだ、といつも遊んでいた。また、家の中ではテレビゲームをしたり、皆でテレビをしたりして、笑いが絶えることがなかった。

 けれど、最近は帰ってくるのが遅くなり、友達の悪ガキたちも我が家を訪れなくなった。その上、だんだん自分の部屋で、静かに勉強をするようになって、僕からはキミの様子を知ることが出来なくなった。それに昔はよく、音楽をかけていたけれど、ヘッドホンを買ってからは、ボクには届かなくなった。

 すこし淋しいような気がする。ボクはどう頑張ってもこの場所を動くことは出来ないので、人などの生き物の行動を眺めたり、話し声を聞いたりするしか楽しみはないのだ。だから、つまらないといえばそうなのだ。

 でもいいんだ。それが成長というやつなのだろう。人を含めた動物、それに植物だって当たり前にする。そういった日々の変化はボクみたいな無機の物質にはないものだからよくわからないけれど、大事なことなのだろう。

 それにボクは、毎日、少なくとも二度はキミの顔を見ることが出来る。――朝と夕に。

 ほかにも、

「行ってきます。」

「ただいま。」

 という挨拶。

 キミは、この行事を、たとえ、家に誰もいない時であったとしても必ず行う。それはどんな時であったとしても……である。

 キミはいつでも、キチンと挨拶だけは欠かさない。笑顔の時、虫の居所が悪い時、何かに怯えている時、……泪を流している時であってもだ。だから、僕はこの時にキミの声を必ず聞くことが出来る。

 それだけで、大体、ボクの気は済むし、キミの体調や気分を感じることが可能なので、満足とは行かなくても、十分ではある。――とはいえ、キミが苦しそうでも、助けてやることなんて不可能だ。……季跡でもおきないかぎり。

 今帰ってきたキミは、とても嬉しそうな顔をしている。それに、キミの後ろには、ボクの知らない女の子を連れている。

 キミは、帰るのが、遅くなってから、いつも暗い顔をするようになっていた。

 朝は、我慢していて、挫けそうな、嘆くような、苦しそうな顔をして出て行った。帰りは、なんだか諦めたようで、悔しそうな顔をして溜め息を吐きながら錠を外していた。嘆息嗟嘆。そんな言葉がとてもよく合っていた。

 しかし、最近、少しずつではあるけれど、君がそんな顔をすることは少なくなってきた。

 なんだか嬉しそうな、一日が楽しみであるような顔をして登校し、少し浮かれた笑顔の快活な足取りで帰ってくることが、気分よく楽しそうに過ごす日が、日に日に、増え始めた。

 今朝、久方ぶりに緊張した面持ちでガッコウに向かったから心配したのだけど、今の顔は、少し前、ちょうどよく、友達の悪ガキ達と遊んでいた、あの頃のような楽しそうな、暗闇の中で光を見つけたような、そんな独特な雰囲気をキミは醸し出している。

 ひょっとしたら後ろのカノジョのおかげなのかな?――否、確実にそうだろう。今のキミ自身が証明している。

 だとしたら、心から『ありがとう』と言いたいところだ。毎日、楽しそうなキミを見ることが出来るのはボクにとって嬉しいことだからね。

 かわいい子じゃないかい。

 オメメがパッチリ。

 明るい笑顔。

 お似合いじゃあないかい。

 応援するよ。



 リビングから響く笑い声。

 何年ぶりだろう、この感じは。

 なんだか落ち着く。――ボクが落ち着くというのも変なことだ。

 キミは、声を上げて笑うということを全くしない。否、それだけでなく声を上げて感情を表すということは一切行わない。けれど、けれど楽しい時には楽しそうにしているし、悲しい場面では悲しい気持ちになる。だから、周りの人間、特に、共に笑い合ってくれる友達というものの存在はとても大きなものだった。

 しかし、数年前から、キミは友達を連れてこなくなった。そして、この家に人が来る人数が減るのと比例して、この家からは笑い声も減って行った。

 否、違う。減ってしまったのは笑い声だけじゃあない。この家からはあらゆる音が、生き物の存在が減っていった。話し声、テレビの音、音楽、ゲーム機の稼働音、足音、水音……。あらゆる音が減って行った。そうして、いつの間にか、静かな家になっていた。

 残ったのは、最低限の生活音だけ。

 『最低限の生活音って言ったら、結構、大きな音は残る。』って。

 確かに現代の文明的な生活というものは音をたくさん作るからね。

 それが案外そうでもないんだ。

 さっき上げた例は別に無くなったわけじゃあない。それに洗濯機や掃除機なんかは、どうしても、一定以上の音を出してしまうので、きちんとそれ相応の音はある。

 けれど、違うことがある。それらが、単独で動いているだけでは、生きていない音があるだけでは、五月蠅くも賑やかでもないのだ。その音から感じられるのは、唯、単に『音がする』というものだけなのだ。

 どうだろう。ただ音がするだけというところというのは、生きていない音は、はたして五月蠅いのだろうか。『静か』に含めてもよいのではないだろうか。

 大げさだって?

 でも、考えてみてくれかいかい。

 人は山に行った時に、「静かだ」と言うだろう。

 でも、それは本当に音がしない訳じゃあない。山の中は、いつも音がする。鳥の囀り、獣の鳴き声、虫の音、木々の葉擦れ。たまには崖が崩れる音なんかがして、いつも音にあふれている。

 ボクはそこが出身だからよく知っているけれど、多種多様な音が混じり合っていて無音とは言い難い音の豊富な所だ。しかし、人はそこまでワザワザやってきて「静かだ」という。

 町にやってきて、この家の玄関扉になって、確かに思った。多くの人がいて、騒いでいるのは、山でたくさんのものが作る音とそんなにも違いはないと。

 確かに音の大きさは段違いだ。しかし、いろいろな生命の生きる音という、本質的な事は同じだ。どちらも五月蠅くて騒々しくて楽しい音だ。そう無機物であるガラスのボクは思う。

 しかし、人が寄り付かなくなってからのこの家は違う。静かだ。どこか淋しげだ。大きな音は機械音。小さな音は人間の足音くらい。その上、それも最低限だ。

 生き物の少ない空間。それこそ静かで面白味のない所だ。ボクはここに来てそう知った。

 だから、久しぶりに響く楽しそうな声は聴いて心地がいい。なんだかうれしくなる。

 キミは楽しいかい?

 キミたちは楽しいかい?

 ボクは楽しいよ。

 だから、キミも楽しいんでしょ。

 そう思うとうれしいな。

 しかし、一点、心配なことがある。やっぱりキミ、感情表現が乏しいねえ。まあ、声音はいつもよりずいぶん明るいけれど……



 おや?

 落ち着いた雰囲気になってきたね。

 これがいいムードという奴かな?

 テレビじゃなくて音楽を聴き始めたのか。

 この音楽はなんだい?

 ジャズだね?

 でも尺八の音もする。

 和洋折衷。ジャズと尺八のコラボケーションかな。

 いつの間にか良い趣味になったんだね。

 ヘッドホンを使うようになってから、この家には音楽すら流れなくなった。だから、ボクは、キミの趣味が、こんなになったなんて知らなかったよ。

 否、そんなことはないような気がするなあ。もしかしたらキミ、この日の為に買ったのじゃあないかい?

 昔からパンク好きだったからね。

 というか、この前、ピストルズのCD玄関に置きっぱなしにしてたの、見たよ?

 ああ、そういうことか、カノジョの趣味かい。考えたらすぐ分かる。

 そうすると、カノジョちゃんは良い趣味だね。いいムードを作る方法を知っている。でも、さっきからキミの好きな音楽は流れないね。

 まだ、キミはカノジョちゃんに好みについて話していないようだね。

 キミがもし、このジャンル、今まで見向きもしなかった類の音楽を好きになったのなら別だけど、そうではなくて、その上自分の趣味を伝えることをせず、只、相槌を打つだけならば、これから、いい関係にはなれないと思うな。

 キミは優しい。

 いつも周りに気を遣っていて、相手を尊重しようとする。キミが声を上げて感情を表さないのはそのためだ。

 感情を表すことで誰かを傷つけることを避けようとする。だから、キミは会話の中で聞き手に徹し、相手の気持ちや考えをしっかり把握して、相手のしてほしい受け答えをする。つまり、キミは自分の考えを伝えて相手の思想に同調することで人との関係を作って行こうとするということだ。

 けれど、そこに齟齬が生じることがままある。キミは多くの考え方、気持ちを受け入れようとするけれど、その中には矛盾が生じている物や相反するものがあるからだ。

 二つの相反する者たちは、両方の意見を受け入れようとするキミの行為は裏切りに思えるだろうし、それ以外の人から見ても優柔不断な行為や自分の意見がない風見鶏に見えてしまい、いい印象をもたれない。そうしてキミは誰からも受け入れられなくなってしまう。

 キミの行為は不安定なものだけれど、しかしそれはキミの周囲に対する優しさからくるものであって決して『悪』ではない。確かに、キミの人を傷つけまいという思いが結果的に相手をいい気持ちにはさせないものになっていて、周りから責任逃れにしか見えないかもしれない。けれど、キミは相手を、他人を大切にしようとしている。だから、キミ自身は決して悪い訳ではないのだ。

 だから、それに気が付いてくれる人が現れてキミを大切にしてくれる人が現れるだろうし、もしかしたらキミの優しさをうまく理解して、言葉を足してバランスを取ることが出来るように導いてくれる人もいるかもしれない。

 とはいえ、それにまでにキミが傷つき過ぎて、キミの大事な優しさがすり減り相手を大切に出来なくなってしまう、ということにならないかボクは心配だよ。

 カノジョちゃんがそういう人だったらいいな。



 ガタッ!

 ガチャ!

 タッタッタッタ!

 突然、音がしてカノジョがリビングから飛び出してくる。

 ボクの付いている扉を開ける。

 すると、すぐに走り出していく。

 それから、少し間をおいて、

 ガタッ!

 ガチャ!

 タッタッタッタ!

 そういう音立てて、キミはカノジョを追いかけていく。

 ああ、ああ、ああ、ああ。

 どうしたんだよ。もう。

 何したんだよ、キミは。

 カノジョ、なんか、すごい顔してたよ。

 怒った顔で泪を流していたよ。

 ほら!

 急いで!

 追いかけろ!

 カノジョの姿もキミの姿も見えなくなってしまった。

 もう!

 ホント、キミは何をしたんだ。



 あれから十分ほどたった。

 キミはとぼとぼと俯きながら帰って来た。

 雨の中走っていったからべたべたになって、服が肌に貼り付いている。

 追いつけなかったのか、隠れられて見つけることが出来なかったのか、はたまた追いかけて来るなと言われて引き下がって来たのか、それは僕にはわからない。唯、ボクに分かるのは、キミがカノジョちゃんとの関係で失敗をして、すぐに取り返そうとしたけど失敗したのだろうということが推量できるだけだ。

 キミは玄関の土間の部分と床の部分の間の段差に座り込んしまった。立膝をして片方の膝を胸に抱えて下を向き、前後二、三センチから度を揺らしている。

 ゆらーり。ゆらーり。

 またそうやっておちこんで……。

 どうせいつもの奴なんだろう。キミの八方美人っぷりと自分のことを話さないことに怒っただけなんだろう。なら、キミは心から嫌われた訳じゃあないから、また仲はもとに戻すことが出来るから。多分、只の嫉妬だとおもうよ。

 だからさ、さっさと謝って、少しはキミのことを話すんだ。多分、キミの性質というようなことはある程度理解してくれているだろうから、大丈夫だからね。――ボクがこんなこと言ってもしかたないか……。

 おや、カノジョちゃん戻ってきた。

 コソコソとボクの付いている扉に近づいてきて、取っ手に軽く触れ、溜息を吐いて玄関扉の前に座り込む。

 やっぱり大丈夫じゃあないかい。

 ほら、目の前にいる。

 あーあ、カノジョちゃんまで膝を抱えこんでしまった。……しかも、少し揺れてるよ。

 なんんというか、キミたち二人はどこか似ているね。

 さっきまで、饒舌にお喋りしていたけれど、話をすることが出来るというだけで、カノジョちゃんも人付き合いをするのは苦手なんじゃあないのかな?

 さっきまで聞こえていた話し声でカノジョちゃんはいつも話していた。確かに答えを求めることもあったけれど、相手がキミだからあまりそこから話を広げたり深めたりということはしない。だから、結果的に殆どカノジョちゃんが話し続けることになる。

 カノジョちゃんが話し続けたのは、キミに自分のことを知って貰いたかったというのもあっただろう。けれど、おそらく、それが本来の目的じゃあない。

 確かに馬の合う人、仲のいい人、それから、これから仲良くしていきたいと思っている人とするお喋りは楽しくていっぱい喋ってしまうこともあるだろうし、自分のことを知って貰いたい、分かって貰いたいと強く思うことは普通だ。

 しかし、それ以上の強い思いのある人とのコミュニケーションをとる時には相手のことを知りたいと思うことが多いだろう。

 前、家に来ていた悪ガキたちはそういう風にしていたから分かるけれど、大体、自分について真剣に、真面目くさって話すことなんて言うのはほとんどなくて、会話の中で少しずつ互いが互いのことを話して理解を深め合っていく。

 カノジョちゃんが饒舌にキミと話をしていたのは会話を盛り上げて、互いの気持ちを知り合い、理解して、より親密な仲に早くなりたかったのではないのかな?

 けれどキミは全く自分のことを話そうとしない。キミは、下手をしてカノジョちゃんを傷つけるのを恐れて聞き手になることに固執する。

 話を盛り上がるとお互い話し易くなって、自分のことを話し易く、相手のことを聞きやすくなる。そうすることで互いが理解を深めることが出来る。そう思ってカノジョちゃんは自分のことを話す。

 他人の話を聞くことで相手について理解を深める。そう思ってキミは終始聞き手に徹する。

 カノジョちゃんの方法とキミの方法では全く違うコミュニケーションの取り方で、全く反りが合わないものだ。

 カノジョちゃんは話題に『他愛もないこと』を選んでいたらもう少し盛り上がって、キミ自身も少しずつ自分のことを話すかもしれないのに、『自分のこと』を話してしまうが故にキミは聞き手に徹してしまう。

 キミの方は、カノジョちゃんに同意をするだけで全く自分の話をしない。けれど、同意することこそがカノジョちゃんの欲しい答えだと思いこんでいる。結果、カノジョちゃんは自分のことを話さないキミに信用されおていないと思って傷ついてしまう。

 そうして、ヤマアラシのジレンマの様に間違った方法でお互いが近づこうとして傷つけあってしまっている。

 二人は表面的には全く違うアプローチをしているけれど、二人の中にある思いは全く同じなんだとボクは思う。

 キミは相手を理解して自分を相手に合わせようとする。

 カノジョちゃんはお互いに理解しあって、認め合おうとする。

 そして、この二つの行為は、相手を傷つけないようにしたいという思いから導き出されたものだ。自分の発言、行動によって相手が嫌な思いをするのが嫌だという思いからでもあろう。

 二人とも結果的には相手を傷つけてはいるので、本末転倒だと言われたら、そうとしか言えない。

 だけれども、その思いは二人の優しさによって出来たものだ。相手を思う優しい心を持っているからこそ出来たものだ。それを只、コミュニケーション能力が低いが為に発揮でいていないだけなのだ。

 だから、二人とも必ず分かり合える時が来るだろうし、自分の行為の間違いに気づき、直すことが出来る時が来るだろう。多分、小さなキッカケさえあればどうにかなる問題なのだ。

 今だって扉一枚を挟んで近くにいるじゃあないか。

 きちんと、二人ともが互いを思っているからこそできることなんだと思うよ。

 だから大丈夫。

 元気出してごらんよ。

 顔を上げて!

 ああほら、夕日が射してきたよ。ボクみたいに暗い色のガラスじゃあんまり光が透らないけれど、外が明るくなったよ。

 ほらカラスが飛んでる。

 雨が上がった証拠だ。

 キミたちの雨もすぐに上がるよ。

 あっ。なんか落とした。

 こっちに飛んでくる!

 慣性の法則にしたがって落ちながらこっちに向かってくる。

 おお、これはいいきっかけになるんじゃあないかな?

 扉にでもあったら音がして、いくら落ち込んで、一時間くらい俯いて座っているキミとはいえビックリして扉の向こう側を見るだろう。

 あっやっべ……。



 パリーン。

 ガチャガチャガチャ。

 まあ、ボクが割れて落ちた音だ。

 ぶつかったのは石で、ちょうどボクにクリーンヒットした。

 まあ、ガラスなので簡単に割れた。

 そんなことは、まあどうでもいいことだ。

 リサイクルされるだけだから気にしない。

 この、ボクの尊い犠牲によって起きたことのが大事だ。

 ボクを突き破ってキミの足元に石が落ちるとすぐ、キミは顔を上げて扉に近寄る。

 カノジョはすぐ近くでガラスが割れたのに驚いてそれのあった場所を見る。

 そのあと、ボクのさっきまでいた所にある穴を通してお互いを見つける。

 ああ、あまりよく見えないし、聞こえない。

 割れたからかな。

 でも、キミたち多分笑ってる。

 否、絶対そうだ

 奇跡が起きたね。

 キッカケがあったら簡単な事なんだよ。

 ボクはそのきっかけになれてよかったよ。

 じゃあ、仲良くするんだよ。

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