episode 5

 友達宣言をされてから一週間が過ぎたけれど、特に変わったことも無く、私から彼に話しかけることもなかった。第一理由もない。


 今日のホームルームで学級委員やほかの委員を決めることになった。全員が何かしらの委員会に属さなければいけないみたいで、逃れることは出来なかった。柊先生が黒板にそれぞれの委員会名を書き記し、希望する委員会があればそこに名前を書く形式みたいだ。私的には何処の委員会にも属したくはないけれど、それは出来ないから、どこか楽で目立たない委員会をさがすことにする。妥当なところで図書委員会ではないのだろうか。目立たないし、楽そうだ。本好きの私にもピッタリだと思う。だからいいんじゃないのかな。そんな安易な考えで私は委員会を決めていた。

 教卓に寄りかかりながら柊先生は進行をはじめる。


「じゃあまずは学級委員からきめてくぞ。やりたい奴はいないか?」


 希望して自ら立候補する人なんていないだろう。学級委員となるとかなり仕事も多い役職になる。そんな億劫なものに立候補する人の気持ちを、私は到底理解はできないのだろうな。

 案の定、だれも立候補する人はいなかった。クラスは静寂に包まれ、誰かやらないのかという面持ちでみんな伺っていた。このまま誰もいないと先に進まない。早く誰か立候補してくれ。そんな事を心中で叫びながら、自分は知らん顔をする。クラスの大半はそんな事を思っているのだろう。でも大抵は長引くようなら勝手に話は進んでいくものだ。


「誰もいなければこっちで決めちゃうぞー。いいのか?」


 こんな風に。


 柊先生はそう言うと教卓の上にあるクラス名簿を凝視しはじめた。

 誰かが立候補をすれば、自分が当たる確率は虚数の彼方にまで離れる。でも指名制になると確率は飛躍的に上がる。やりたくない以上、それは逃れられないこと。だから私は思う。

 絶対にあたりませんように。

 そんな事を思うくせに私という人間はいつだって冷淡だ。窓外に映る散り始めている桜並木をみて、どこか上の空でいる。


「はあーい。じゃあ俺やりまーす」


 柊先生の指名に一同憂懼しながら流れた沈黙を一人が破った。私は誰がこんなものに立候補をしたんだと気になり声の主を探る。手を挙げているのは私とは反対側の席の新葉八慈だった。彼は陽気に立ち上がる。


「誰もやりたくないなら俺、やりますよ。これ以上長引くのも、強制的に決められちゃうのとかも嫌だし。だから、そんな問題を俺が解決みたいな感じで。人の意思は尊重尊守っすよ。学級委員とか内心に響くでしょ。そう考えると、すべてプラスに思えるし特に嫌忌することでもないからさ。てことで男子は俺で決定なー」


 理に適っている彼の発言はみんなを救ってくれた。

 あの人、善い人だなと完全に他人行儀にみていた。彼は一応友達なのにな。つくづく私は酷い。まあこれで、ひとまずの問題は消えた。彼が立候補をしてくれたことで柊先生による指名であたることは無くなる。尚且つ彼は俗に言うイケメンだ。彼と一緒にやりたいという女子が出てきてもおかしくはない。だから私が当たる確率はほぼゼロに近い。これで女子の学級委員はすぐに決まると思っていた。

 いや、実際あっさり決まった。


「お? 八慈っ、やってくれるのか? ありがとな。じゃあ女子の委員はお前が決めていいぞ。お前にその権利をやろう。好きなやつを選べ」


「マジっすか? じゃあ俺が遠慮なく決めちゃいますね」


 どうなんだろう。女子は彼の推薦だったら喜んでなるのか。それともやっぱり、誰が相手でも嫌なものは嫌なのか。まあどちらにしろ、勝手に指名されてやらされるのは可哀想だな。そんな事を心の片隅で思う。


「雨江さん。一緒にやらない?」


 ん? あれ? いま、私の名前が聞こえたような。気のせいかな。


「雨江さーん。聴いてる?」


「うええっ!?」


 ええっ? わたしっ!? 慮外な展開に私は思わず変な声を出してしまった。勝手に指名されて可哀想な思いをしたのは私だった。私は、動揺を隠せず慌てて言葉を探した。


「む、むりです。私には絶対に無理です。拒否です」


「拒否権はないよ。ね? 先生」


「そうだな。ここでは拒否権より指名権の方が優勢だ。だから雨江は女子学級委員決定な」


 なにその非論理的な解釈。全然納得がいかない。

 私の意見は無視ですか?

 虫扱いですか?

 慌てすぎて訳のわからないことを走らせていた。ていうかさっきあの人も言ってたじゃん。「人の意志は尊重尊守っすよ」って。その彼が私を指名して私の意志を無視してるのはいいんですか? 如何なんですか?

 まあ、ここでいくら反論しても私の意見は通りそうもなく、ただ浪費するだけになりそうだったから私は諦めて承諾した。


「じゃあさっそく、学級委員の二人は此処から先の進行を頼むわ」

 私は渋々な気持ちで前に行く。

 人生でこんなにも注目されることはなかった。

 さっき、咄嗟に出した声と、新葉八慈による指名で一気に注目の的となった。私が前へと行くとき、クラス全員からの視線を感じた。


「じゃあそう言う事だから。これからよろしくね、雨江さん」


「なんで、私なんですか? 他に適任者がいるでしょ」


 彼は少し困った顔をした。


「だって俺、雨江さんしか女子の友達いないし」


 すこし驚いた。あの事件以来、人気者の彼が女子の友達がいないなんて言うとは。あまり信じられなかった。


「まあそれはまた後で。じゃあ早速始めよっか雨江さん」


 そう言うと彼は進行を始めた。私はあまり何もしていなかった。黒板に名前を書き記していくだけの言わば書記の係。だから、目立たなくて済んだ。でも、それは時すでに遅しって感じで。私が前で黒板に書いている時も、後ろの方で小言を囁かれていた。「あれ誰だっけ?」「なんで八慈君と仲いいの?」「もしかして……」そんなことが私の耳には届いていた。

 こういう噂はもう慣れているから別にこれと言って何かの重荷になるわけでもないけれど、少し気になってしまう。こんな風に注目されるのは初めてだから、なにか違和感を覚える。

 そんな私の気持ちとは裏腹に、彼の進行は凄かった。流石は代表者といったもの。どう表現すればいいのかな。流れるような司会というか詰まらないというか、詰まってもすぐ修正に入るみたいな進行だった。流動性の優れた司会? だから委員決めもそんなに時間はかからなかった。むしろ一瞬だった。そのせいか予定よりかなり時間が余ってしまい、先生は急遽きゅうきょ席替えをやると言いだした。


「学級委員二人のおかげで予定よりかなり時間も余ったし、席替えでもすっか。よーし、じゃあ雨江は黒板に席の配置と番号を書いてくれ。新葉はくじ用の紙を四十二枚番号付けてかいてくれ」


 いきなり仕事が降りかかった。まあ私より新葉さんの方が大変そうだけど。私は指示された通りに黒板に席順を書いていった。

 私が黒板に席を書き終わった時、彼は教卓の上でまだくじを作っていた。紙は数を斬り終えていて、後は番号だけの様子だった。


「手伝います」


 言ってから驚いた。いつもなら絶対に自分から言わないのに、自然と手伝わなきゃって声を掛けていた。

 彼から二十枚程度もらい隣で番号を書き始めた。二人係ものの数分で作業は終わり、先生に渡された箱に番号を書いた紙を四つ折りにし入れていった。


「じゃあ出席番号の頭とケツでじゃんけんして、勝った方から番号順に引いて行け」


 私が黒板に書いた席には番号がふられていて、くじの番号が席の番号になっている。


「先生、俺たちはどうするんですか? 自分の番が来たら引けばいいんですか?」


「お前たちは最後だ」


 え?


「マジっすか? こんなに働いてくじは最後っすか? それは惨酷ってもんですよ。柊先生、さりげ鬼畜っすよねー」


「まあそういうな。あれだ、残り物には福があるっていうだろ。だからお前たちには福引きをあげようという先生からの少しもの気持ちだよ。感謝してくれてもいいんだぞ?」


 いやいや。ひどいな。これは酷い。新葉さんの言う事に私も賛同します。表で働きたくない私がこんなにも頑張ったのに、くじ権も貰えないなんてこんなひどい話はない。私は心の中でちいさな憤懣を抱いた。

 そして、私たちの意見も通らずくじ引きは始まった。皆が次々くじを引き席が決まり、一喜一憂している中、私はどんどん希望の席が埋まっていくもどかしさに駆られていた。隣に立っている新葉さん慊焉そうにおちょこ口をしていた傍観していた。

 くじも終盤にさしかかり残すはあと二つとなった。

 そう。私と新葉さんの二人分。それに、残っている席は幸いにも私の希望する窓際だった。しかし、私はあることに気が付く。それは逃れられない事実。余っているのは窓際の一番前とその隣。

 そう。確実に私は新葉さんと席が隣になってしまう。せめて、私は窓際になりたい。


「じゃあ残りは二人だし、二人でじゃんけんして負けた方が最後ね」

 私はこのじゃんけんに今後の学校生活をかけている。そして、じゃんけんが始まった。

 想いが通じたのか、見事じゃんけんに勝って私は先にくじを引くことになった。しかし、問題はじゃんけんなどではなかったと此処にきて思い知らされる。動揺のせいで頭が働いていなかった。しかし、先に引けるというのも選択の余地があるということ。そう心に言い聞かせる。そして、箱の中に手を入れて今後の生活を決めるくじを引いた。


「これから、楽しくなりそうだね雨江さん」


「そうだね」


 私はまた不愛想に返してしまう。しかし、それは現状に不満があるからではなく、希望の席になれた喜びに満足していて、彼の言葉にまともに反応できていないだけのもの。そんな心の喜びをなかなか表に出せない私はこうして不愛想になってしまうのだ。

 席替えをして変わった事は多かった。そのどれも原因は新葉さんであって、彼が周りの席の人から声をかけられたとき、必ずと言っていいほど、私にも飛火くる。私が本を読んでいるときにも、それは容赦ない。まあ、そのおかげで私も席近くの人とも少しずつ話せるようになってきた。そのことに関しては少し感謝している。こんな腐った私の性根は到底のことでは治りそうではないのだけれど。少しずつ。そう、少しずつ良くなっていると思う。事実。他人に興味がなく、世界を眇たるものとみていた私が、いつの間にか他人との関わりにも多少だけれど、前向きになっていると思うし、世界ではなく自分を卑下するようになった。見方が変わっていったと思う。

 私にとって、誰とも関わらない世界が日常となって定着した今、逆に他人に関心や興味を持った世界が非日常となってしまっていた。

 私は非日常を望んでいるけれど、どうしても慣れていないことには、まだ倦怠感を覚えてしまう。だから、彼がもたらす非日常を喜ぶ半面、億劫になるため素直には喜べない。それが今の私の現状だった。

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