episode 2

 一頻り降る雨の後で傘を閉じないのは私だけだった。

 隣には三年前の夏から付き合い始めた彼が立っている。 

 雨女だと周りは言う。彼もその一人だった。でもそれは、別に嫌忌する様なことではなかった。

 彼は私の誕生日に淡紅色の傘をくれた。私にとってそれはとても大切なものになっていて。ほかにもたくさんの贈り物をもらったけれど、そのどれよりもあの傘が一際好きだった。

 三年経った今でも大事にしているほどに。


 私と彼が出会ったのは高校の入学式の日だった。

 私はあまり目立たない方で、言ってしまえば陰気な女だった。もっと言えば性格も暗く悪いと思う。人との会話が上手ではなく、自分から人に話しかけることもしなかった。そんな私は今まで世界がとてつもなく退屈なものに感じていたわけで。歯車のように動く人の波、そんな風に世界が映っていた。

 しかしそれには大きな遠因が存在した。

 何も最初から私は陰気だったわけでもない。

 昔から、周りは私の事を雨女という。

 実際にそうだから、そのことには全く気にしたこともなかった。まああの日を境にだけれど。

 別に、言いだした子が悪いわけではないと思う。事実、私を雨女だと最初にいいだしたのは小学校の頃の友達だった。その子は多分、悪気はなかったんだと思う。ただ、普通に「雨女みたいだね」と軽薄に言ってしまっただけで。ただそれが、驚くほどに広がり、気づいたら、私を取り囲む世界が変わっていたのだ。

 それからだったかな。

 行事や、何か沢山の人と遊ぶような時、楽しみにしている時、必ずと言っていいほど雨が降るのは知っていたし、幼かった私も自覚はあった。でも今までは、そう思うのは自分だけで、あの頃は誰かの所為に何てしていなかったんだ。だって、一概に誰々が雨を降らしているんだなんて、分かるはずもなく、攻めることもできなかった。そもそも、雨女雨男なんて根拠のない存在だ。でも、一度そう言う事を言い始めれば、幼い子供には影響が強くそれが対象となって降り注ぐわけ。

 学校行事のたびに、周りで噂する。


 ――凪嘉ちゃんが来なければ晴れたのにね。

 ――あいつ空気読んで来るなよな。

 ――楽しみにしてたのに。

 ――最悪。


 そんなことが囁かれるようになって、何時しか私は世界から孤立していた。

 それまで仲の良かった子たちも、自然と私を遠ざけて遊ぶようになっていった。

 最初はとても辛かった。毎日、家路では独りで。たまに泣いたりもしていたかな。その時は本当に辛かった。だって、まだ幼い小学生だから仕方がないわけで。どうしようもなかった。親にだって言えないし。一人で抱えるしかなかった。

 でも、大きくなるにつれて。少しずつ感覚が麻痺していった。

 学校で何時ものように噂されて、避けられても何も感じなくなってしまったのだ。当時はそれがちっとも怖いとは感じなかったし、心が成長したんだなと思っていた。でも、今思えばそれはすごく恐ろしいことだとわかる。

 あの頃は、それが進化の証だとか、稚拙で早計な思い込みをしていた。

 自らを守るために進化したんだと。

 日に日に他人に対して無関心になり、周りの人たちを幼稚で退屈な存在だと軽蔑のまなざしで見ていた。たぶん、そのころから、私の心は歪み始めていったんだと思う。

 そんな私は自然と寡黙になり、自ら周りを避けるようになっていった。

 それが長いほど続いたせいで、世界全体がつまらない無彩色の世界になってしまったのだ。何が起きても、益体無い、詰まらない。そう思うようになった。

 そんな腐った価値観のまま年を重ねて、中学三年まで上がってしまった。でもその頃、少しだけ私の退屈な世界に揺れるものがあった。しかし、私の性根はそんな事では直ることは無い。

 だけどあの日、そんな私の世界に色が着いた。

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