Chapter1 そっと、私は恋をする

episode 1

 霧雨の薫、文月の世界。

 身体に吸い付くようなジメジメとした雨に、その場に似合わない淡紅色の花が一輪、咲いていた。

 道行く人は、冷淡さを保ち続け通り過ぎて行くだけ。

 灰色の世界に一輪の鮮やかな花が咲いているというのに、人はそれをないものとしてしまう。

 結局、他人なんてものは、自分が一番可愛いいきものなんだ。

  

 空を仰げば、ぽつぽつと頬を叩き、虚しさの様に滔々と流れていく。

 淡紅色の花を咲かせながら、雨路を独り歩く。

 何処行くわけでもなく、ただ……歩いていた。

 隣には彼がいて、二人で相合傘をして歩くのが、ひと夏前までの話だった。


 この花は、彼が私にくれた掛け替えのない一輪花。


 急に彼は消えてしまった。何処へかは知らない。もう音信不通になってから一年が経った。未だに連絡が取れない。何処で何をしているのか、生きているのか、それすらも分からない。でも、この花が枯れない限り、彼は生きているのだと、私は信じている。

 この花を咲かせていれば、彼は私を見つけてくれるはず。花を咲かしている私に、後ろからそっと入ってくる。

 そう、何時ものように……

 この美しい花の下でもう一度、彼と二人、歩くことが出来るのなら、私はいつまでもこの場所で待ち続けよう。


 竜胆の花が咲くこの時計塔のふもとで。 

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