竜胆の咲く丘で
みなわ
PROLOGUE
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抱える痛みも。与える痛みも。そのどれもが望みたくはないもので、できるのなら何処かへと投げ捨ててしまいたい。
こんなものさえなければ、自由に人を好きになれたし、最後まで平穏な日々を過ごせたんだと思う。
どんな状況下であっても、変わりなく、絶え間なく、思いのままに愛を知って、それを貫き通すことができるのなら。
そんな人間に、俺はなりたかった。
人を好きになるのは簡単だし、誰にだって出来る事だと思う。けれど、その先の未来まで、その人のことを想い続けていくというのはそう簡単な事じゃない。いろいろなことが起こる中で、それでも絶やすことなく一途に相手を思うのは、誰にだって出来る事じゃないと思う。そういう事を大人になる前に気づくことができたけれど、哀しみに埋もれるように、俺の想いは大人になる前に潰えてしまった。
彼女の愛も――
俺の愛も―――
決して上手くいったとは言えないけれど。でも、そこには確かなものがあり、誰にも負けないくらいの愛があったと思う。
俺は人生のすべてをかけて、彼女の隣で支えていきたかった。
いついかなる時も、あの傘で冷え切った世界の雨から守ってあげたかった。
叶うのなら、もう一度隣を歩きたかった。
でも、俺は世界の運命に負けて今にいる。
だから、これから先の未来。お前が彼女のそばにいてくれよ……
あいつは俺の知らないところで必死に戦っていた。誰にも言わず、ただ一人でその気持ちと向き合ってきた。俺という存在がいて。多分、あいつは苦しんだと思う。俺とは違う痛みを抱えていたんだと思う。
世界には沢山の物語があり、その都度味わう痛みがある。
俺の物語での痛みと、あいつの物語の痛みとでは、てんでベクトルが違うんだ。
最近、あいつはよく俺のところへ来るようになった。
近況報告とか言っていたっけな。悩み相談もよくされる。本当に手のかかるやつだ。だから、俺はあいつが好きだし、任せていれる。あいつじゃなきゃ、俺は後悔と叱責の念で自らを苦しめたと思う。でも、その必要はなくて。あいつが入れば安心だし、その御蔭で心置きなく静かにここに入られる。
まあ、後悔がないといえば嘘になるけど。
俺は今、久しぶりに彼女の前にいる。いや、横なのかな。
一つの傘をさして、二人で入る相合傘。いつもしていたものだけど、ここ最近では傘を持つのは彼女の役で、俺が持ってあげたいんだけど。この手じゃもう、できなくて。
こういう些細なことが傷心の俺には酷く辛く感じてしまう。
あーあ。
まただ。
あいつは本当に泣き虫だな。もう大人なんだし、そのなき癖をどうにかした方がいいと思うんだが。どうにも伝わらなくて。またこうして、俺たちの隣で雨に打たれ泣いている。
でも、あいつは昔。そんなに泣いていなかったようにも思う。最近になって、大人になり始めてから涙を流すようになったように思う。
時間の経過とともに心は脆く儚くなっていくんだなと感じる。
人生をもう一度やり直せるのなら、また同じ条件下での人生なら、俺はいったいどうするんだろうな。
それでもまた、彼女と出会い、恋をして愛するのだろうか。
それとも、辛いからと、哀しいからと、逃げて、出会いを避けて時を過ごすのだろうか。
答なんて、考えるまでもない。
俺はまた、もう一度彼女と出会い愛をささげるだろう。それがどんな状況下でも。決して揺るがないだろう。でも、今度は正直にすべてを話して始めていきたいな。
しかし、そんなことは叶うわけもなく。あいつにすべてを頼むしかできないんだもんな。こんな俺じゃ何もできないし、何もあげられない。
だから……彼女のことを頼む……
人はだれしも、隠し通したい嘘の一つくらいあるだろう。
誰かを欺くためにつく嘘は、誰の為であろうとも許されることじゃないんだと知ってほしい。
誰かを守るために嘘をつくことは、決してその人のためになるものではないのだ。
誰かを想うなら、救いたいのなら、幸せを掴みたいのなら、嘘の一つもつかない方がいいと俺は思う。
そうだな……
誰にだって、後悔するような嘘の一つくらい在るんじゃないのかな。
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