第12話 第四章 神社で苦戦(2/3)

【前話まで:妖精は、パートナーの力を得て、妖精同士で闘っている。妖精桜と華図樹かずきの2戦目の相手は、妖精撫子とパートナーの十八反田冬花じゅうはったんだとうかだ。放課後、4人は神社の広場に来た。冬花は会話で注意を逸らしネックレスによって、力を撫子に受け渡した。撫子が何やら唱えると、突然、華図樹の服が燃え始めた!】


 ブワッ

「火?」


 突然、俺の服が発火した! 詰襟の裾あたりに、火がいていた!


「服に火が……。燃える! 焼け死んじゃうよ!」

 手で叩いて消そうとするが、全然消えない。みるみる、火は全身に広がっていく。


「うわー! 焼け死ぬー!」


「華図樹さん!」

 桜は何度も抱きついて火を消そうとしているが、なかなか消えない。


 む、胸の感触が何とも……。あれ? 眼の前が炎で赤いのに、俺って余裕? 違う!


「熱くないぞ! 服は燃えているのに、全く熱くないぞ! 全身火達磨なのに意外と平気だ! 息も、苦しくない!」


 俺は棒立ちのまま、全身が炎に包まれている。でも、熱さどころか、普通に呼吸している。


 火事による死への第一歩は、煙や熱気を吸い込んだことによる呼吸困難と聞いたことがある。つまり、熱気の場合は肺の内側が火傷するのだ。

 でも、俺は肺も皮膚も全く熱くなかった。


 安堵した。そのためか、俺は慌てる気持ちがなくなり、腕にまとわりついている炎を観察していた。メラメラと複雑に揺らぐ炎を、美しいと感じながら立っていた。焼けるに任せてしまっていた。


 桜は、俺に抱きついたり、燃える服を手で叩いたりして、必死で火を消そうとがんばっている。あー、先輩と同じ顔の桜が抱きついてくれてる……なんか、いいかも……。俺は変な喜びに浸る始末だった。


 一方、撫子陣営は涼しい顔で、俺達の様子を見ている。


「安心するのじゃ! 服しか燃えんのじゃ! 服を炭にするだけじゃ! 下の下着、つまりパンツのみを残して、服を全部炭にするだけなのじゃ! 熱くないから、火傷もせんのじゃ」


「夢草君、ごめんなさい。強い妖精に勝つには、この方法しかなかったのです。あとで、あたしが体操服を教室から持って来るのです」

 撫子も、十八反田さんも、落ち着いてフォローした。


 でも、桜は、と言うと、メチャクチャ慌ててる。


「華図樹さん! 服が燃えてしまいます! 無くなってしまいます!」

 桜にとって、俺の服は力の源だったんだ。


「あっ! そうだった! そうか、服を焼いて桜に力を与えないようにする作戦なんだな」

 なんか、ヤベーかも!


「これが、わらわ達の策なのじゃ! パートナーの服だけを焼くのじゃ!」

 筋書き通りの展開に、余裕綽々の撫子だ。


 燃えるべき服が尽きると、火が消えた。俺の服は上も下も炭になってしまった。その炭がボロボロと地面に落ちて堆積している。


 俺はトランクス1枚を履くのみ。堆積した炭の中に、足を突っ込んだようにして、みすぼらしく立ち尽くしていた。


「ごめんなさい。夢草君、……」

 十八反田さんは謝りながらも、チラリチラリと俺を見る。直視はできないようだ。


 でも、俺はそれほどハズくない。炎に包まれても平気だったという、安堵感が継続している感じだ。


 なので、女子に囲まれてトランクス1枚なのに、ハズイ気持ちにならなかった。

 それに、トランクスだけど、プールや海と変わらない、最後の砦が焼け残っている。熱くなかった安堵感は、そんな安堵感に転化していた。


「十八反田さんの方がハズイように見えるね。でも、妖精は素手で勝負じゃないの?」

 昨日、桜は武器は使わないと言っていた。


 撫子は俺の疑問をはねつける。

「これは素手じゃ! 人間のように、発火に道具を使っておらんのじゃ! これは、わらわの能力なのじゃ。それに、普通の火ではないのじゃ。熱くなくて、服しか燃えんのじゃ」


「特殊能力も素手の内かよ!」

「妖精にとっては、これも素手なのじゃ! 今日、この発火練習を一日やっておったのじゃ」


 発火能力も素手か……。それで、前から言ってた実戦練習とは、発火練習だったのか!


「でも、服を焼くなんて、ルール違反じゃないの?」

 桜が俺の肩に手をやった。


「華図樹さん、パートナーの身に着けている物を使えなくするのも作戦の内なんです」


「そうじゃ。ローズも言っておったのじゃ。パートナーのお主が力を与えた桜は最強じゃと。わらわ程度では、到底敵わんのじゃ。ならば、どうすればよいか? 力を得んようにすればよいのじゃ! 桜が力を受けられなくするのがベストなのじゃ!」

 撫子は勝ち誇ったように持論を披露した。


 俺の肩に置く桜の手が震えてくる。冷静そうに見えて、怒っているのかな?

「桜、大丈夫?」


「歯がゆいですが、仕方ありません。実力勝負です!」

 桜は息を大きく吸った。


「ダーーーーーーーーーーーー! 気合! 気合! 気合! 気合! ! 気合! 気合! 気合! 気合! っ気合ーーーー! !」


 昨日と同じように大声を張り上げた!


 耳にくるよな、これ!

 桜は頬をバチバチと叩き、闘いを前に精神を高めた。


「そんな声で脅かしても無駄なのじゃ! 勝つのはわらわじゃ!」

 と、言う割には腰が引けてる。どうやら、気合の声で少しは怯んだようだ。


 でも、撫子は改めて気を取り直す。


「行くのじゃ!」

「行きます!」


 ダッシュ! ダッシュ!

 ダンッ! ガガンッ! ズンッ! ザスッ! ビュンッ! ズグッ! ドゴンッ!


 撫子と桜の拳による闘いが始まった!


 ほぼ互角の闘い! のように見える。と、言うのは速いのだ。一応、元ゲートボール場の枠内で闘っているのだが、右へ左へ、前へ後ろへと、目まぐるしく闘いの場が展開していくのだ。目で追うのがやっとだ。


 戦闘を開始したばかりの時は、花びらは舞わなかったが、2分ほどして、桜から花びらが舞い始めるようになる。互角の闘いだったが、力を受けている妖精と、受けていない妖精の差が出てきた。


「どうしよう。桜が劣勢だよ。でも服は燃えてなくなったんだ。このトランクスを脱ぐか? すると、俺が屋外で全裸だよ。十八反田さんも見ているよな。でも、負けられない! ローズが俺の中で見ているんだ。ローズのためにも負けられない! トランクスを脱ぐか!」


 俺はトランクスのゴムに手をかけ、トランクスを脱いだ時に、トランクスが通る道を見た。


 靴を履いている。

「靴を先に脱がなきゃ、トランクスは脱げないな。あれ? 靴は残っているんだ。そうだ! 靴だ!」


 靴下は焼けてなくなっていたが、俺の革靴は全く焼けていなかった。入学祝に祖父母からもらった革靴は無事だった。


「靴は服じゃないんだ!」

 俺は靴を脱いだ。


「桜! 靴だ! この靴を履くんだ!」

 靴を両手に持って振って見せてやる。すぐに桜は俺を見た!

「はい! 行きます!」


 一緒に撫子も俺を見た。

「何? 靴とな? ぬかったのじゃ! 練習の時は服を焼くだけ焼いて、すぐに離脱しておったのじゃ。相手が靴を使おうとしておったか、どうかまでは、見ておらんかったのじゃ」


 バブンッ!


 気を取られた撫子に、桜は今ある力の全てを込めた重いパンチを食らわせた。初めて撫子から花びらが飛び散った。

 ピンク色に白が混じったギザギザがついた花びらが、宙に円を描いた。


 桜はそんな撫子の様子なんてのは見ることなく、俺へと走ってくる。


 ヒョイッ!

 俺は靴をまとめて、桜へ投げた!


 キャッチ! も1つ、キャッチ!


 運動神経がいいのだろう。何度も練習していたかのように、桜は左右の靴を軽くキャッチした。そして、自身のスニーカーを脱ぎ捨てて、瞬時に履き替えた。


「やらせぬのじゃ!」

 撫子が頭から飛び掛る!


 迎え撃つ桜!


 ガチン! 桜のカウンターパンチ!


 ドンッ! ダンッ! タンッ! ゴロゴロッ!


 花びらを撒き散らしながら、撫子が吹っ飛んだ。二度三度と地面を跳ねてから、ゴロゴロと転がって地面に横たわった。


 桜の一撃! ローズの時のような、脅威の威力だ!


「よし、俺の力が桜に伝わったぞ! 靴でもOKなんだ! でも、スゲーな、一発で転がすなんて!」

 俺の高揚感も走り出していた。


 一方、十八反田さんは心配そうに見てる。

「撫子ちゃん! 立って! がんばって!」

 声を上げて応援してる。


 桜は飛んでいった撫子を追う体勢!


 ダッ! 地面を蹴った!


 バタバタ!

 桜の後ろに俺の革靴が2つ、フワッと跳ねた。


 靴が桜から遅れた? いや、脱げたんだ! 靴は左右とも地面に転がってる! 桜は靴下姿!


 俺の靴、桜の足! サイズが合ってない! 大きかったんだ!

 桜は前のめりの体勢から、慌てて靴を取りに戻る。


「撫子ちゃん! これを着るのです!」

 十八反田さんの声だ。すかさず見た。


「げっ! 脱いじゃったよ!」

 十八反田さんは白いセーラー服を脱いで、撫子へ投げたところだ! 上はブラジャー1枚になっている。


 俺は一瞬見て、視線を外した。俺だって、トランクス1枚、直視は危険だ!


 ……でもやっぱ、胸は標準より、ずっと小さいんだな……。


 撫子は投げられたセーラー服を受け取り、自身のワンピースの上に素早く着る。そして、腕まくり。


 桜も靴を履き、脱げないように気を使って、撫子に向かって走る。


 ビュンッ! ズッ! ギュンッ! ザッ!


 桜の攻撃が繰り出されるが、一発目ほどの威力がない。撫子の防御を破れない。


「桜よ! 大きさの合わぬ靴では、十分に闘えまい! 危険を感じたが、取り越し苦労じゃったな」

 撫子は余裕を見せる。


「うーーーーん、踏ん張りが、利かないし、蹴りも出せないよ!」


 俺の靴が文字通り、桜の足かせになっていた。スニーカーなら、紐を締めて対処できるけど、俺が履いていたのは革靴だ。紐がない! 固定できない! まずいよ!


「どうしよう、力は与えられたみたいだけど、うまく闘えていないよ。いよいよトランクスか?」

 俺は腰に手をやった。


「夢草君! トランクスは脱がないで欲しいのです!」

 その声に、俺は思わず十八反田さんを見た。


「うわわっ!」

 ブラ1枚!


 恥じ入る十八反田さんの顔は桜色! しかも、腕で胸を隠している!

 心なしか、その腕が小さい胸を、ブラの上から押し潰している!


 その圧力を受けて、ブラに覆われていない上側部分の胸が、僅かに盛り上がってるじゃないか!


 少ない色気を引き立ててるぞ!


 ヤベッ! 俺の体を巡る熱き本能が、血液と一緒に男子を象徴する部位へと、集まってしまう!


 今のまま、トランクスを脱いだら、本当に変態になっちゃうよ! もしかして、これも十八反田さんの作戦なのか?


「ごめんなさい、夢草君。あたしはどうしても勝ちたいのです。あたしのこの姿なら、夢草君は下着を脱げないと思って勇気を出したのです」


 声につられて見てしまった! 恥らうピンクに染まった顔が、胸の色気に累乗されて、まぶしいよ!

「うーーーーん! やっぱり、これも作戦か!」


「本当に、ごめんなさい、なのです。健全な男子なら、あたしの姿を見れば、全部脱げないと思ったのです。まだ足りない時は、……あたし、もっと脱ぐのです! 勇気を出して脱ぐのです!」


 み、見れない! 今のままでも見れない! でも、十八反田さんは、本気スイッチが入ってる声だ!


「い、いいよ! そんなに勇気を出さなくて! でも、でも、どうしよう、どうしよう。桜が負けちゃうよ!」


 桜は蹴りを出せず、思ったように動けず、踏ん張りが利かずで、力を発揮できない!

「仕方ない!」

 桜は俺の革靴と靴下を脱ぎ裸足になった。


 バズン! ダンッ! ドンッ! ドドンッ! ズッ! ズズズズゥーーーーッ!


 桜の蹴りが撫子にヒット! 白ピンクの花びらが空中を染め、撫子は地面を跳ねながら転がり滑る!


 桜はダッシュで追い討ちをかける。

 撫子は防戦一方だ! でも、当方有利の笑み!


「桜よ! 焦っておるな! どうした! 早く決着を着けんと勝ち目はないぞ! それまで、わらわは力を温存じゃ」

 撫子は防御に徹しているんだ!


「うーん、防御が厚くて、有効打が出ないよ!」

 桜は消耗戦の様相になってる。

「もう少しじゃ、わらわが我慢すれば、桜の力が尽きるのじゃ」


「やばいよ! 俺の靴から受けた力を、桜が使い切るのを撫子は待っているんだ! 桜! 長引けば不利だよ! 急がないと力がなくなるよ!」


「分かっています。でも、打ち崩せない!」

 桜は必死の形相で攻撃を加えるが、撫子は亀のように防御に徹している。ネックレスとセーラー服の効果が出ているんだ。


「俺の靴からの力は、もともと弱いみたいだ。それに1分も履いていなかったんだ。力が足りないんだよ。


 どうしたらいいんだ? やっぱり、トランクスか?


 でも、アレが元気になりかけのままだから、脱げないよ! 十八反田さんも見ているし、それに十八反田さんが、もっと脱いじゃうよ。どうしよう、桜が負けちゃうよ。ローズ! どうしよう」


 俺はその場に座り込んでしまった。服が焼けてできたモコモコとした炭の上に座り、その炭に手をついた。


 モコモコとした軟らかい炭だけだと、俺は思っていた。でも、手に硬い物が当った。

「あれ? 財布だ! 俺の財布だ! 焼け残っていたんだ!」


 モコモコとした炭の中から、俺の財布が出てきたのだ。小銭入れじゃない方、お札が入る皮製の財布だ。


「そうなのです。服だけを焼いたので、お財布や中のお金は無事なのです。お金まで燃やすのは悪いことなのです」


 十八反田さんは花の妖精が選んだパートナーだ。配慮があったんだ。


 俺の顔が緩む。つまり、ニタリ!


「ありがとう、十八反田さん! と言っても君にとっては不利になるけどね」

 お陰で光が見えてきたよ!


「お財布では、桜さんは身に着けられないのです! お金だって同じなのです! 力の授受はできないのです!」

 どうやら、手に財布を持つだけでは、力を与えられないようだ。


 でも、十八反田さんは俺の余裕に恐怖を感じている。俺は桜を助ける。先輩に似た桜を助けたい。


「財布の中身は、お金だけじゃないんだよ、十八反田さん」





■【第十二話、ここまで、163段落】


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