第13話 第四章 神社で苦戦(3/3)
【前話まで:花の妖精同士の闘い、特育地大会、
俺はモコモコした炭に座ったまま、その炭に埋もれていた財布を取り上げ、ポンポンと財布を叩いて、まとわり付いていた炭を落とした。全く焼けていない。焦げてもいない。
その財布はお札とほぼ同じ大きさで、二つ折りにして使うタイプだ。このタイプの財布では、折ったた内側に小銭入れが付いていることが多いが、この財布は違った。
その場所には、蓋の付いたポケットがあった。
そのポケットには、透明な材質で作られた小窓があり、中身が見える作りになっている。その小窓から見えるのは、金糸の
俺は財布の折り目を開いて、窓からのぞく赤い布を、十八反田さんに向けて見せてやる。
「十八反田さん、この財布は、この神社で買ったんだ。朝、ローズと話したから、すぐに思い出したよ。まるで、ローズが力を貸してくれたみたいだ。これはね。合格祈願のお守り付きの財布なんだよ」
小窓から見える赤い布は、お守りだ! 財布付きのお守りセットだったのだ。
そう、今朝、神社で、ローズに話したお守りとは、このセットになったお守りのことだ。使い勝手がいいのは、お守りとしての使い勝手ではなく、財布としてだった。
「お守り? なのですか?」
十八反田さんは、お守りが出てきた意味が分からない感じ。分からなくてもいいや、俺は続ける。
「ああ、お守りは取り外し可能なのさ」
俺はモコモコとした炭の中に座り込んだまま、財布のポケットから、お守りを取り出した。
「桜! こっちに来るんだ!」
俺は桜を呼んだ。
桜は力尽きる前にダメージを与えようと、弱りつつある攻撃を撫子に繰り出していた。だが、俺が呼ぶ声を聞いたら、撫子など置いて、子犬のようなダッシュで俺の傍らまでやって来た。
撫子は防戦に徹して力を温存していたが、猛攻していた桜が急にいなくなったので、こちらの様子を不思議そうにうかがっている。
スッ!
桜が来たので、俺はお守りだけを持って立ち上がった。
だが、立った拍子に、そのお守りが俺の手から滑り落ちてしまう!
ポロンッ!
でも、地面まで届かない!
プラン プラン
俺の手から、お守りはぶら下がっていた。
紐だ! お守りに紐が付いている!
財布のポケットに入れていても、かさばらない、糸ほどに細くて、しなやかな、だが、切れにくい紐だ。
「十八反田さん、見ての通り、このお守りには、紐が付いているんだよ」
「紐? なのですか?」
不思議そうなのは、十八反田さんも同じようだ。似たようなリアクションしか出てこない。
「この紐はリング状で、少々長いんだ。なので、このお守りは首からかけられるんだよ」
俺はお守りの紐を、桜の頭を通して首にかけてやった。
ギュン ギュン ギュン ギュン ギッ ギュッ ギュッ ギュッ ギュゥィィィーーーーン……
けたたましいまでの起動音!
冷たく静止していた大型モーターに、いきなりスイッチが入って、起動した程の大きな音! そんな存在感がバリバリな大音響が、境内の
十八反田冬花は直感する。パートナーの力が妖精の体へ、大量に流れ込んだと!
「撫子ちゃん! 逃げるのです!」
ダンッ!
十八反田冬花が言い終えるよりも早く、撫子がいた空間は花びらに覆われていた。花びらが、花火のように球形に広がって、妖精の姿を大きく飲み込んでいた。
でも、球形はほんの一瞬、すぐに舞い落ち始める。
人の背丈よりも大きな半球状の屋根をもった花びらのドームが、できたみたいだ。中の様子が見えないくらい大量の花びら。ローズの時と似ているが、花びらの色が違う。
その花びらは、ピンク色に白が混ざっていて、ギザギザがついた花びらだった。
「ああ、撫子ちゃん……」
立ち尽くす十八反田さん。
空中に広がった花びらが、ハラハラとゆっくり地面に積もっていく。
花びらのドームに覆われた人物の姿が、頭から肩、背中、腰、足へと、だんだんに現れてくる。
撫子じゃない!
桜の姿だった。俺の隣にいたはずの桜が、落ちた花びらの中心にいた。
花びらが全て落ち切っても、撫子の姿は見当たらない。厚く花びらが積もっているが、倒れた人物を隠すほどの厚さはなかった。
「桜、撫子は?」
俺は桜に近寄ろうとした。
「動かないでください! 危ないです!」
ザザッ! ドサッ! ボフンッ!
花びらが、
堆積していた白とピンクの花びらが再び宙に舞った! また、ハラハラと地面に落ちていく。
何かが落ちた?
見ると撫子だ! 仰向け! 眠っているように、ピクリともしない!
撫子が、屋根のように茂る境内の木々、その枝を突き抜けて落ち、花びらの水飛沫を上げたんだ!
「撫子が空から降ってきた? 桜! 撫子はどうなっちゃったんだよ!」
花びらに埋もれて動かない撫子が、俺は心配になった。
「わ、わたしが、た、倒しました……」
「動かないよ!」
「き、昨日のローズと、お、同じです」
桜の声は震えている。
「ローズと同じってことは、死んでないんでしょ」
「ご安心ください。妖精は死にません。撫子は、わたしの配下になりました。いいえ、これか配下にします」
桜はそう言うと、撫子の腹に手を当てる。
スッ!
撫子の肉体が消え、同じ体積分をもった白とピンクの花びらが残された。
ローズの時と同じように、大量の花びらと引き換えに、撫子の姿は消えてしまった。
ただ、違うのはネックレスの輪が一つ、花びらの上に残っていた。十八反田さんのネックレスだ。
ネックレスは自身の重みで、徐々に花びらの中へと沈もうとしている。
沈みきる前に、桜が拾い上げた。桜の手から下がるネックレスが、主を失い寂しく光っていた。
「わたしは華図樹さんの力を、うまく制御できていません。つまり、手加減ができないんです」
桜の声は、まだ震えている。制御とか、手加減とか、俺は桜が何を言い出したのか、よく分からない。
「どういうこと?」
「力をいただいて、すぐに撫子のもとへ行きましたが、一瞬でした。想定外の速さでした。いただいた力の大きさに気付いたわたしは、撫子を上空へ蹴り上げました。水平方向に攻撃したら、どこまで飛んで行くか、見当が付かなかったからです」
「見つけられないくらいに、遠くへ飛んで行ったかもってことなの?」
「そ、そうです……」
恐怖すら感じているかのような桜の声。勝った雰囲気じゃない。
確かめないと!
「桜が勝ったんだよね」
「は、はい……」
桜は小さくうなずいた。そうか! そうだよな! 撫子の姿が消えたんだもんな……。俺の力が伝わったんだもんな。
ローズ、勝ったよ!
俺はそう叫びたかった! でも、呆然としている十八反田さんの姿が目に入った。寸前のところで、俺はその言葉を飲み込んでいた。
「撫子ちゃん、ああ、……ああ~~~~~~~~」
十八反田さんは泣き出した。しゃがみ込み、地に両手をついて泣いている。
今日、学校をズル休みしてまで、実戦練習をした二人だ。俺から見ても仲がよかった。十八反田さんにとっては、友人を失ったに等しいんだ。
でも、あの姿じゃまずいな。十八反田さんは、上半身が下着のままだよ。
「セーラー服はどこだ? 十八反田さんが撫子に渡したセーラー服は?」
落ちてると思い、俺はキョロキョロと地面を探す。
「あれだと、思います」
桜が天を指差した。見上げると、高い木の枝に引っかかってる! 境内の木々は元気がいい。気持ちいいくらいに高く伸びていた。そんな枝先に、セーラー服はかかっていた。
「あんなに高い所! とても、取れないよ!」
「取れますよ」
ピョーン!
言うが早く、桜が跳んだ。でも、跳び過ぎだ! セーラー服を行き過ぎて、もっと上昇!
でも、放物線の頂点でくるっと半回転。頭を下にして落ちてくる。途中でセーラー服をつかみ取る。
クルッ! スタッ!
俺のすぐ上で身を返して半回転、曲芸師のように着地した。人間から見れば、超人的な跳躍だった。
「そんなに高く跳べるの?」
「今はお守りを着けていますから、でも力の感覚がよく分かりません。飛び過ぎました」
桜は、しゃがんで泣いている十八反田さんに、ネックレスとセーラー服を返した。
十八反田さんは何も言わずに受け取ると、着たりしないで、そのまま抱きしめて泣いている。
「十八反田さん……」
俺は、これ以上声をかけられないよ。今はそっとしておこう。
十八反田さんに声をかける代わりでもないが、俺は桜をねぎらいたかった。
「桜は強いな」
「は、はい、華図樹さんの力です。まだ2度目なので、震えています。おそらく、このお守りはお財布の中で長く身に着けられていたと思います。想像以上の力が宿っていました」
指の震えを見せてくれた。
「ああ、長く身についていたのには違いないな。このお守りは受験の時からだから、1年以上使っているんだ。財布の中に入っているから一日中じゃないけど、毎日持っていたんだ。時間が長い分、俺の力が多く入っていたのかも知れないね」
「はい、昨日とは比べ物にならないほどの強い力でした。こんな大きな力は、わたしの手に余ります」
「昨日も、そう言っていたような気がするな……」
ギョロッ!
突然、桜の目が横を向いた。
「ぬ! 見られていますね。今、気が付きました」
桜は目が向いた方向を中心に注意深く見ている。
「何? 誰かいるの?」
「撫子が言っていた残りの3人のうちの1人です。でも、今は次の対戦相手です」
撫子が負けたので、桜とその対戦相手の2人だけが残っていることになる。
「襲ってくるかな?」
「見ているだけのようです。大きな殺気は感じられません。それに、もうすぐ日も暮れます。もう今日の闘いはないでしょう。あっ、もう引き上げたようです。わたしが辺りを探り始めたのに、気付いたようですね」
「よかった。それでどうなの? 明日、闘うの?」
連日の戦闘だった。
「今日の闘いは、始めこそ消耗しましたが、先ほど華図樹さんからいただいた力は、とてつもなく大きいものでした。ほとんど消耗していないと言っていい状態です。明日の朝から闘っても体力的には問題ありませんが、……」
桜の思いが別な方を向いた気がした。
「何か心配なことでもあるの?」
「わたしの力はあの妖精に見られたと思います。きっと、何か考えてくるでしょう」
つかみどころのない不安を感じている。
「今日の撫子が、俺の服を焼いたような策を巡らすということ?」
「はい、おそらく力では……、えーと、華図樹さんの力を得た状態では、わたしに
朝に感じた不安が俺をよぎる。
「パートナー、つまり俺が危ないってこと?」
パートナーを狙うのは常套手段って言ってたよな。
「はい、日の出の直後、華図樹さんに攻撃があるかも知れません。それに、もし今日のように、学校へ行く場合、わたしがご一緒できなければ、撫子がわたしの代わりです。撫子の力はわたしより劣ります。ローズほど安心はできません」
でも、ローズは撫子に手が出せなかったぞ。
「ローズは撫子に乗られて何もできなかったよ。代わりの妖精じゃあ、俺を守れないんじゃないの?」
「撫子にはパートナーを攻撃する意思がなかったから、ローズは何もできなかったんです。パートナーを攻撃する意思がない妖精には、負けた妖精は手出しができません。パートナーを攻撃しようとしている妖精なら、手を振り払えるくらいの防御的な反撃はできます。ですが、ローズほど安心できません」
撫子はローズみたいに俺を攻撃しなかったから、ローズは反撃できなかったのか。それでも撫子では不安なのか……。
「でも撫子は探索能力が高そうだったよ。相手は警戒するんじゃないかな。それでも、近づいてくれば桜に代わればいいんだし」
「そうなのですが、そういう事情は始めから相手も承知しています。そんなことをも凌駕する策を、間接攻撃も含めて考えてくると思います」
不安が膨らんでいく。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「分かりません。相手が誰か分からないので、わたしには相手の出方が分かりません……」
なんだよ、それ! 当てにならないじゃん!
「事前準備とか、何もしないの?」
「1つ言えるのは寝起きに、やられてはならないと言うことです。夜明け前に起きてください。さらに、夜明けまでに闘える体制を整えてください」
始めが肝心ってことか……。
そうか、やっぱり早起きか……。
「俺が夜明け前に起きるってことか、それで、夜明けには動けるようにか、……朝から闘えるようにするんだね。今日は早寝だな」
今日だって、早起きだったんだ。いつもより早く眠くなるだろう。
「そして、付け加えるなら、家の近くでの闘いを避ける場合には、ここのように離れた広い所で夜明けを迎えてください。あと、華図樹さんが長く身に着けていて、わたしが身に着けられる物があれば、予備として準備しておいた方がいいでしょう。あっ、もう日が沈みます。翌朝は気を付けてくださいね」
スッ! ポトンッ
桜が消えて、お守りが地面に落ちた。
十八反田さんは、まだしゃがんだまま泣いている。簡単に近づけない雰囲気。
俺は落ちたお守りと、炭の上に置いたままになっていた財布を拾って、お守りを財布に戻し、桜が脱ぎ捨てた自分の革靴を履いた。
もしかしたら、財布のように焼け残ったものがあるかも知れない。モコモコとした炭に手を入れて探ってみた。
中から、生徒手帳やらハンカチやらティッシュやら、何日か前のコンビニのレシートなどが掘り出せた。
服の燃えカスである炭は、土に返りそうなので、このままでもよさそうだ。でも、ベルトのバックルなど、ゴミとして目立つような物、そしてその他、そのまま放置してはまずそうな物も回収して、ベンチに置いてあった俺のバッグに入れた。
持ち物は、これでいいとして、肝心の俺自身がトランクス1枚じゃん。
「どうしよう、この格好じゃ、帰れないし、校内へも入れないよ。誰かに見つかったら変態扱いだ。十八反田さんに体操服を持ってきてもらわないと……」
十八反田さんを再び見た。
しゃがんで泣いている。まだ、セーラー服を着ないままだ。セーラー服は胸に抱きしめているみたい。
うーーーーん、なんて声をかけたらいいんだよ。俺は、泣いている十八反田さんに、話しかけられないでいた。
「こらーーーーーー! お前達! 何をしているーーーーーーっ!」
年を取った男の声! 見ると、おじさんが一人走ってくる! 白い和服に朱色の
「ヤベーじゃん!」
俺はトランクス、十八反田さんはブラジャー姿だ! しかも、しゃがみ込んで泣いている!
こんな場面を見れば、俺が襲ってるみたいじゃん! いや、みたいじゃなくて、そうとしか見えないよ!
「ヤバイ! ヤバイよ! 十八反田さん! 人が来る! 逃げるよ!」
十八反田さんも神主さんを見ていた。
「一人で逃げるのです! あたしは足が遅いのです。あたしは大丈夫なのです!」
神主のおじさんが怒りの形相で近づいてくる!
「何やっている! 神聖な神社で不届きなことをしているなーーーーっ! 許さんぞーーーーっ!」
やっぱ、勘違いしている!
「ダメだよ、十八反田さん! そんな格好で捕まったら、女の子だって嫌なことを聞かれるよ!」
「でも、……とても、走れないのです」
「じゃあ、こうするよ!」
俺はしゃがんでいる十八反田さんを持ち上げた。お姫様抱っこだ!
「きゃあ! は、恥ずかしい! ……のです!」
「置いてなんか、行けないよ! ほら、バッグを持って!」
ベンチの上に置いた2つのバッグを、抱っこのままの十八反田さんが持つと、俺は一目散に走り出した!
「こらーーーーっ! 待てーーーーっ! こんなに花びらを散らかしてっ! お前達は花屋の回し者かーーーーっ!」
「花びらは、すぐになくなりまーーーーす!」
昨日、桜はそう言っていた。
俺達は逃げる。逃げるしかない! 俺はトランクス1枚なんだから!
もう、辺りは薄暗くなっていた。生まれたての闇に紛れるように、ただ、ただ、俺達は逃げた。
半裸に見える男女の逃避行、まるで青春映画の主人公のよう、十八反田冬花は泣いていたことも忘れ、思いもよらない展開にワクワクしていた。
昼間より冷えた空気が、彼女の顔に当たる。頬の涙は、気付かないうちに乾いていった。
■【第十三話、ここまで、185段落】
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