第四章 神社で苦戦

第11話 第四章 神社で苦戦(1/3)

【前話まで:放課後に、華図樹かずきと妖精ローズが部室へ行くと、妖精撫子とそのパートナーの十八反田冬花じゅうはったんだとうかがいた。特育地獲得のため、妖精同士は闘っている。華図樹は学校で闘いたくないので、場所の変更を提案する。すると、冬花は華図樹が負けたら、自分と付き合うことを考えるという条件をつけてきた。華図樹は冬花の条件を呑み、神社へ向う】


   第四章 神社で苦戦


 部室がある別棟は、校内の中でも弓ヶ池神社の近くにあり、その別棟付近には道路を経由せずに、学校から直接神社へ入れる入口がある。


 早朝は閉じられているが、始業時間くらいから夕方くらいまで開いているので、俺達はそこを通って神社の境内へ入った。


 境内に続く踏み跡のような細い道を歩く。左右は神社の林、木々の緑に染まりそうな、さながら森林浴のような道を、俺を先頭に一列になって歩いた。拝殿へたどり着く手前で、右側に広場が見えた。


 広場はテニスコートくらいの広さを持っていた。固く平らな地面をしている。最近までゲートボール場として使われており、広場の端にはベンチも、いくつか残っていた。


 人間2人、妖精2人が、その広場を入った所で、俺は足を止めた。


 撫子は闘いの地がこの広場だと察した。

「着いたようじゃな! 桜よ! 出てくるのじゃ! ローズと交代じゃ!」

 俺の中にいる桜に向かって、戦闘を促した。


「待ってくれ、桜! オレはまだ、やり残したことがあるんだ!」

 ローズは俺の両肩をつかみ懇願の顔。俺に言っているようだが、俺の中にいる桜に言っている。俺は返事をする立場じゃない。


「ローズは黙るのじゃ! 桜! 早く闘いを始めるのじゃ! あやつが来るのじゃぞ!」

 背の低い撫子がローズの片腕を握り、俺の肩から手を外そうする。


 ローズは返って握る力を強くする。

「華図樹! 最後に口づけをしてくれ!」

 今度は俺に言っている。


 ローズは悩ましいほどに俺を見つめている。部室でも言っていたやつだ。十八反田さんの登場で、俺の返事はうやむやになっていたやつだ。


「で、でも、俺は先輩のことが……、それに十八反田さんもいるし……、初めてだし、……」


 俺は女の子から、キスして欲しいなんて、言われたことがない。しかも、好きな子がいるのに、他の子からだ。断るのが筋だが、その子の終わりの時間が迫っているし、俺自身がキスに興味があるのも事実、うまい答えが見つからない。


 でも、撫子は真っ向からローズをたしなめる。

「ローズよ、お前には十分時間があったのじゃ。その時に、すればよかったのじゃ。その時に、せんかったのはローズのミスじゃ! ローズの甘さなのじゃ!」


「うーーーー、簡単には、諦め……」

 ローズは頭を抱え、しゃがみ込んだ。


 撫子はローズの傍らに立ち、見下ろす。

「前にも言ったのじゃ。人間界におる花の妖精は、人間同士が仲良くなるのを祝福する側じゃ! 妖精は必要以上に仲良くせんものじゃ。ローズは妖精なのじゃ、積極的に人間に迫ってはならんのじゃ! 妖精の人間化なんて、よいことではないのじゃ。傷が広がらん内に、ローズは早く桜と交代するがよいのじゃ」


 撫子は小さいくせに年上であるかのよう。妖精と人間とは違う存在なんだ。


「華図樹、お願いだ。最後のお願いだ。口づけをしてくれ! オレはもう人生が終わる。最後になって女々しいと思うだろうが、お願いだ!」


 しゃがみながら、俺の足にすがり付いてきた。最後なんて、言われると、心が揺らいでしまう。


「お、俺はまだしたことがなくて、他に好きな人がいて、……」

 潔く断れない。


「ダメ! ダメなのです!」

 十八反田さんが俺の腕を引っ張って、ローズから引き剥がした。


「おい、どうして敵がパートナーを引っ張って行くんだよ!」

 ローズは立ち上がり、俺を取り返そうとした。


「ローズ! こっちを見るのじゃ!」

 ガガッ!

 振り向いたか、振り向かないうちに、撫子がローズに回し蹴りを加えた。


「うわーーーー!」

 ザスッ

 ローズが地面に倒れ、這いつくばる。


 ドッカッ!

 すかさず、撫子はローズの上に馬乗りになった。ローズは振り払えない。


「ローズ!」

 俺はいきなりのことに黙っていられない。

「撫子はローズに何をするんだ! ローズは攻撃できないんだぞ!」


 撫子が俺に冷たい目線。

「もう、桜に代わらせるのじゃ。口づけする・しないの問答をする時は、とっくに過ぎておる。桜のパートナーのお主が、口づけする気がないのなら、とっとと桜と代わらせるのじゃ。もしかして、お主は悩んでおるのか?」


「そりゃ、悩むよ! ローズは、もうここで終わりなんだ。桜と撫子の決着がつけば、もう、外に出れない。でも、俺には好きな人がいて、……」

 ハズくて、口ごもってしまう。


「時間があったのに、押しが弱いローズが悪いのじゃ! かつてのローズなら、迷うことなく目標に向かって突進しておったのじゃ。それができなんだ時点で、もうローズは諦めておったのじゃ」


 ローズは背中に乗っかってる撫子を睨む。

「まだ諦めていないぞ! どけ! 撫子!」


「もう、桜に代わるのじゃ。ローズ、むなしいだけなのじゃ。未練は残るかも知れんが、諦めるのじゃ。妖精と人間とは元々相容あいいれんのじゃ」

 姉のようにさとす。


「でも、オレには、ここが最期なんだ! 人生の最期なんだよ~~!」

 顔を地面に伏せ痛々しい。見ていられない。


「ローズ、分かったよ。するよ。このまま死なせるなんて、かわいそうだ! 俺は、このままにはできない!」

 ローズは人生の最期なんだ、希望をかなえてやりたい。


「ダメーーーー! あたしは許さないのです!」

 十八反田さんが強く俺の腕を引いた。


「なんで? 十八反田さんは、そんなこと言う立場じゃないって、さっきは言っていたのに!」


 振り向いた俺の目に、今にも泣き出しそうな十八反田さんの小さい顔が映った。

 立場うんぬんを超えている!


「おかしいのです! かわいそうだから、キスするなんて! 好きな人がいるのに、違う人とキスするなんて! しかもそれが初めてだなんて! おかしいのです!」

 心を絞るように訴えてくる。


 でも、俺には人生の最期という方が重たい。

「そうかも知れないけど、ローズは死んでしまうんだよ」


「妖精は死なないのです!」

 スパッと切り返す!


 でも、俺とは感覚が違う!

「そう言ってるけど、精神が解体されるんだ。概念的には死だよ」


「そんなことないのです、そんなことないのです! それに、それに、葉波先輩が、好きでもない人と、同情からキスしようとしていたら、夢草君は黙って見ていられる人なのですか?」


 目に涙を溜めて、俺の首筋に現実的な質問を突き立てた!

「ううっ、そ、それは、……」

 痛いところを突かれた! 俺は返事ができない。


「それと同じなのです。例え、もうこれっきり会えなくても、好きでもない人に形だけのキスをしても、両方とも不幸なのです! ローズさん! 同情でキスされて嬉しいのですか?」

 十八反田さんはローズのことも考えていた。


「オレは最後に好きなやつと口づけをしたいんだ!」

 撫子に乗られてローズは動けない。肘で地面を押して、精一杯に顔を上げて、十八反田さんを向く。


「愛がなくても満足なのですか?」

 十八反田さんが一番の本質をローズに突きつけた!


「いや、満足かどうかは、してみないと、……」

 ローズは口づけという事象のみを目的にしていた。その後の結果については、何も想像していなかった。


「そうなのです。キスしても満足しないのです。愛がなければ満足できないのです! だから、しない方がいいのです! するべきではないのです!」


「でも、オレは、……」

 ローズは心の底では、納得がいかない。


「諦めるのじゃ、ローズよ。妖精と人間とは相容れぬのじゃ。その切ない思いを来世に活かすのじゃ」


 撫子の『来世』という言葉にローズの突っ張っていた気持ちが崩れた。


「うわーーーーーーーーーーーーっ! わーーーーーーーーーーーーっ!」


 ローズは大声で泣いた。人生の終わりに大声を出して泣いた。這いつくばり、地面に顔をこすり付けて泣いた。


 妖精なので、泥や砂で顔は汚れてない。けど、悲しみの涙は、それ以上にローズを哀れに見せた。


 ローズの涙が地面にしみていき、声は神社の木々に吸い込まれていった。朝、ローズが祈った神社の木々に吸い込まれていった。

 俺が願った穏やかで優しい今日には、ならなかった。


 このまま、ローズが消えたら悲し過ぎる! 今、桜と交代して欲しくない!

「桜、待って、俺はローズに最後のお別れをしたい。十八反田さんも手を放して!」


 十八反田さんはギュッと握る力を増した。

「嫌なのです! 言いたいなら、ここで言って! なのです!」


 十八反田さんも涙を流していた。俺に覚悟を促す涙だ。無理にその手を振り切れなかった。


「分かったよ。……ローズ、さようなら、短い間だったけど楽しかったよ。バラの香りと蹴られた痛みは忘れないよ。痛みは記憶と強く結びつくからね。闘いが全部終わったら、家の庭にバラを植えるよ」

 俺の精一杯の励ましだった。


 ローズの泣いた顔が少し微笑んだ。

「華図樹、さようなら、オレは黄色いバラの妖精だ。植えるなら黄色にしてくれ」


「あっ、ああっ」

 俺の声も、つまってくる。


 ローズが改まった笑顔を、涙の隙間から見せた。

「華図樹、最期に恋をくれて、ありがとう」


 すがすがしく清らかな声。逆に俺には罪悪感めいたものが、こみ上げてくる。

「お、俺は、何も、あげてないのに……」

 もう、俺はそれ以上、言葉が出ない。


 ローズはウンと、笑顔のまま、うなづき、俺の思いを受け取ると、声を張り上げた。

「桜! もういいぞ! 代わってくれ!」

 そう言うと、優しい顔を俺に見せた。


「華図樹、桜が勝っている限り、オレは、華図樹の中にいるからな。そんなにしんみりするなよ。


 全部勝てよ!」

 俺にはローズの顔が、精一杯の微笑みに見えた。


「どいてください! 撫子!」


 ローズの姿が桜になっていた。ローズと桜の体が入れ替わっていた。


 なので、今、桜は地面に這いつくばり、撫子に乗られている。

「分かったのじゃ。仕切り直してからの勝負で構わんのじゃ。冬花もわらわのもとへ来るのじゃ」


 桜と俺、撫子と十八反田さんの陣営となって、距離をとって向き合った。


 桜が俺の耳元でささやく。

「ローズは、華図樹さんの中にいます。ご安心を」


「ありがとう、桜。迷惑かけたね」

「闘えますか?」

 桜はローズに別れを言ったばかりの俺を気にかけてるのか。


「大丈夫! ローズに『勝て』と言われたんだ。闘わなきゃ勝てないもんな!」

 俺は気持ちを奮い立たせた。桜は安心したように微笑むと、撫子へ顔を向けた。


「撫子はどうですか? 今日一日、実戦練習をして疲れていませんか?」

 対戦相手も気にかけている。


「わらわは問題ない。十分闘って勝てるのじゃ。冬花はどうなのじゃ? さっき泣いておったのじゃ」


「平気なのです。あたしは勝てば夢草君と付き合えるチャンスなのです。それにしても、桜さんは、本当に葉波先輩にそっくりなのです」

 十八反田さんは桜を初めて見たようだ。そう言えばそうだな。


 その様子に撫子は安堵する。

「こっちは問題ないのじゃ! 戦闘開始でよいのじゃ!」


 俺は改めて撫子を見る。

「撫子はそのワンピースで闘うの?」

 闘うには不向きな服装に見える。


「よいのじゃ。この服は案外動きやすいのじゃ」

「そうなんだ。ねぇ、十八反田さんは、ここで始めちゃっていいの?」

 俺には気にかかっていることがあった。


「お主がここでやろうと、言い出したのではないか? いまさら聞くか!」

 なかなか始めないので、イラついてきてるみたいだ。


「そうだけど、服を脱ぐんなら、十八反田さんだけ、別の所で脱いで来た方がいいのかな、と思ったんだよ」


「心配いらんのじゃ! わらわは服から力をもらうのではないのじゃ。服は洗濯すれば宿った力はほとんど消えるのじゃ。わらわがこれから得る力は、そんなレベルではないのじゃ」


 俺は思い出した。

「ローズのように、何か自分の好きなものを、身に着けさせているんだね」

 ローズはトゲのついた紐だった。


「違うのじゃ。そんな、一日や二日で宿る力ではないのじゃ。今日一日実戦練習しても闘う力が減らない程に、大きな力が宿った物を使うのじゃ。肌に近くて長時間、冬花が身に着けておったものじゃ」


「服以外で?」

「そうじゃ! 服よりずっと長く素肌に身に着けておる物じゃ!」

 分からないだろうと、小バカにした目を撫子が向ける。


「ネックレスなの?」


 俺の頭にはすぐに、これが浮かんだ。


「な、何で分かるのじゃ!」

 自身ありげの撫子の顔が、初めてびっくりな顔に変わった。十八反田さんも不思議そうに俺を見つめている。


「夢草君は、どうしてあたしがネックレスをしているって、知っているのですか? 制服の上からは見えないし、着替えは男女別だし、知っている男子はいないと思っていたのです」


「きっと、着替えを覗いておったのじゃ。案外と助平なのじゃ!」

 ニタ~~ッと、いやらしいわ笑みを浮かべる撫子。


「そ、そんなことしないよ! ボランティア授業で保育園に行った時、十八反田さんがネックレスを外しているのを思い出したんだ」


 この高校には、ボランティアを体験する授業があり、俺はGWの前に、保育園児の世話を手伝うボランティアをした。十八反田さんが、たまたま同じグループだったのだ。


「そんな時のことを覚えていたのですか?」

 十八反田さんも目を丸くしている。


「抱っこした時に、小さい子供がいたずらしないように外しなさい、と言われて外していたのを覚えていただけたよ」


 素直に答える俺を、撫子が怪訝な目を向ける。

「よく、そんな些細なことを覚えておったもんじゃ。……もしかして、お主の方こそ、冬花に、気があるのじゃろう」


「同じクラスで、同じ部活というだけだよ。それに貴金属の装飾品類は、学校で着けてはいけないはずなのに、真面目な十八反田さんが着けていたから、意外だったんだよ」

 だから、印象が強かった。


「それでも、嬉しいのです。そんなにあたしを見てくれていたなんて。このネックレスは祖母の形見なのです。学校の許可も得ているのです」


 十八反田さんはネックレスを外して、端と端を持って掲げて見せた。戦闘開始前で俺達は距離をとっている。そんな見せ方がせいぜいだった。そのネックレスには、赤とか、赤紫とか、ピンク色とか、そんな系統の色をした小さな宝石が連なっていた。


 十分に見せたと思ったのか、十八反田さんは撫子に、そのネックレスを渡した。撫子は手にとって見る。


「きれいなのじゃ」

 そんな簡単な感想を言うと、おもむろに撫子がネックレスを着けた。


「なかなかいい会話だったのじゃ。わらわはもう力を得たのじゃ。これでわらわ達の勝ちじゃ!」


「急いで服を! 華図樹さん!」

 桜が叫ぶ!


 撫子の狙いは、どうやら会話で注意を引きつつ、目立つことなく力の受け渡しをして、先手を取ることにあったようだ。


「もう、遅いのじゃ! 愚かな人間を包む衣よ! 役目を終えるがいい! それー!」


 ブワッ

「火?」


 突然、俺の服が発火した! 詰襟の裾あたりに、火がいていた!




■【第十一話、ここまで、177段落】

【蛇足情報?:かわいそうなローズでした。でも、ちゃんと華図樹に中にいます。なので、間接的に登場する機会があります。直接的にも、あと2回登場予定です(姿は違いますが……)。お楽しみに】



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