第三章 隠れていた女の子
第9話 第三章 隠れていた女の子(1/2)
【前話まで:妖精桜のパートナーとなった
第三章 隠れていた女の子
放課後、俺は勇気を出して、部室がある別棟へ向かう。当然、ローズも一緒だ。
昨日は先輩に逃げられたと思ったし、今朝、先輩と同じ顔の桜を見て、もう一度アタックしたいと思っていた。
部室の入口、扉の前まで来た。
「よし、入るぞ」
ガラッ
引き扉を開けて、中を見た。
誰もいない。昨日、帰った時と変わりがなかった。
部室の空気は静止している。人の気配を感じなかった。
部室は元々普通の教室だったが、机置き場の物置となり、今はその机を後ろへ寄せて、後ろ側を物置エリア、前側を部室エリアとして使っている。部室エリアには3個の机とイスがかためて置いてあるだけだ。
物置エリアは使ってない机がびっしりと、ほとんど隙間なく置いてある。重ねると危険、と先生から言われたので、積んでいない。
「先輩は来ていないか……」
俺は少々がっかりした。
「ん、ん?」
ローズは落ち着きなく、キョロキョロしている。
「ローズ、どうしたの?」
「いや、妖精を少し感じたような気がしたんだが、すぐに消えたようだ。残り香かな?」
首をひねっている。
「それって、妖精がここにいたってこと?」
「分からないが、今は感じないんだ」
「今、ここには妖精はいないんだね」
「ああ、今はいない……と思うよ」
自信なさげだが、部屋には誰もいないから、まあいいか。
「俺は部室で先輩を待ってみるよ。昨日は最後まで話ができなかったんだ」
「オ、オレは華図樹と一緒にいるだけだ。……でも、華図樹が別の人間と仲良くなろうとするのは、ちょっとな……」
何だか、歯切れが悪い。
「ちょっと、何? どういうこと?」
「まあ、オレ一人を見て欲しいと言うか、……」
ローズは視線を逸らす。
「もしかして、俺が先輩に会うのを快く思っていないってこと?」
「妬いておるのじゃ!」
女の子の声だ! ローズじゃない!
他に誰もいない部屋なのに、他の子の声が聞こえた。
それにしても、聞いたことのない声、小学生みたいな声だった。
「誰かいるの?」
部室を見回す。しゃがんで机の下も見渡した。でも、やっぱり誰もいない。
ローズが俺の腕をつかむ!
「華図樹! 妖精を感じる。いきなり存在を察知したぞ! この部屋にいる!」
「妖精? さっきの声は妖精なの?」
「そうじゃ! 桜のパートナーはローズの気持ちを知らんのじゃな」
また声がするが、姿が見えない。俺達はキョロキョロと室内を見渡すだけだ。
「ここじゃ!」
机の上だ! 物置エリアの机!
後ろの廊下側だ、その隅にある机の上に、いつの間にやら、小学生くらいにしか見えないツインテールの女の子が立っている!
子供らしい白とピンクのワンピースを着ている。知的な小学生って感じの可愛らしい顔なのに、長い人生経験がうかがえる肝が据わった面構えをしている!
その子が机の上を歩いて来る。机が寄せててある物置エリアの端まで来ると、ピョンと部室エリアに飛び降りた。ワンピースの裾が少しめくれるが、残念ながら下着までは見えなかった。
まるで年上のような顔をしながら、堂々と俺の前に来て、
「ねー、君は妖精なの?」
なんか、雰囲気に圧倒されそう。俺は恐る恐る聞いた。
「そうじゃ! 桜のパートナーよ。わらわの名前は
「分かっているよ。ローズは俺の強い力が好きなんだ」
撫子は一つため息をつく。
「やっぱり分かっておらんな。ローズは妖精のくせに人間に恋をしたのじゃ。身のほど知らずなやつなのじゃ」
「恋って? 誰に?」
「お主にじゃ! バカ者! ここまで説明して、とぼけるのか?」
昭和のおじいさんに怒鳴られてるみたいだ。
でも、俺は、ローズが俺の力を好きだと思っていた。
「ローズが俺に恋をしたの?」
「さっきからそう言っておる! ゆえに、お主が他の人間、特に女と仲良くなろうとしていることを、よく思っておらんのじゃ!
人間界におる花の妖精なら、人間同士が仲良くなるのを、祝福するのが筋なのじゃ! 人間同士の愛は、人間界の花にとってもよいものなのじゃ。肥やしと同じくらいよいものなのじゃ!」
撫子はローズを睨んだ。
そのローズは、うつむいてモジモジを始める。
「華図樹、オレは、だから……、その……、人間同士と言うのも……、止めたりはしないぞ。ただ、……もっと花も……愛して欲しいと言いたかった、……と言うか、……その、……」
全く的を得ない。
「もうよいのじゃ! わらわが桜と闘ってしまえば、今のローズはもうおしまいじゃ。実体化できんのじゃ! 悩む必要など、なくなるのじゃ」
そうか、撫子は妖精だ。桜と撫子が闘って決着が付けば、ローズはもう俺の外へ出て来れないんだ。
「オレはまだ華図樹と一緒にいたい!」
ローズは俺の前に出た。
「ほれ、本音が出たのじゃ。でも、もうおしまいじゃ。ローズは朝から今まで十分時間があったはずじゃ。十分楽しんだじゃろう。妖精の使命に戻るのじゃ」
「オレはまだ、足りていない気がする。もう1つ、人間同士がする……えっと、その、く、口づけをしたい!」
ローズは顔を赤らめて、隠していた取って置きのカードを切ってきた。
「えーーーーっ! それって、キスのこと? 俺は、……ダメだよ。やったことないし、初めてになっちゃうよ」
俺は先輩が好きなのに、別の女の子と、なんて……。
「初めてがオレじゃ、妖精じゃ、嫌か?」
ローズの潤んだ瞳が、俺を見る。
「妖精だからじゃなくて、俺は先輩が好きなんだ! だから、他の女の子なんて考えられないよ!」
「やっぱり、そうなのですね」
静寂になった僅かな隙間をぬって、室内に声がかすかに響いた。撫子やローズじゃない。ましてや桜でもない。
でも、俺には、よく知った声だった。
「あれ?
十八反田
「ここなのです」
ザザザ
「か、壁が動いた?」
部室となっている教室の、後ろの隅、廊下に接する側、その後ろの壁が、廊下から離れるように、横にスライドしたように見えた。
「壁ではないのです。これは板なのです」
動いてなくなった壁の後ろに、女の子が立っていた。声の主、十八反田さんだ。
背が低く、ほっそりとしていて、顔も小さい、御下髪のおとなしそうな女の子だ。その胸は体の大きさに比例して、
そんな十八反田さんが壁の後ろにいた。
よく見ると、壁と思っていた板は、後ろの柱に立てかけてあるだけだ。その柱は太く四角い柱で、教室の後ろの壁には接しているが、廊下側の壁には接していない。60センチくらい離れている。
つまり、60センチ×柱の太さ分くらいの、床面積をもつスペースが、板の後ろにあったことになる。
そうか、通常の教室なら、掃除用具を入れる縦長ロッカーを置くスペースなんだ。でも、今は教室でないから、ロッカーはない。ロッカー分のスペースが丸々空いていたのか。
なので、スペースの入口を板で覆うと、秘密の小部屋が出来るんだ。そして、多くの机が教室の後ろ側に寄せてあるので板は倒れることもない。
さらに、動いた板は柱と似た色だ。柱と廊下の間にも、壁があるように見えても、おかしくなかった。でも、板の高さは1.8メートルくらい。天井ほど高くない。板の上端に気付いていれば、壁の違和感に気付いたかも知れない。
なのに、俺は気付かなかった。今の今まで、秘密の小部屋が教室にあったなんて、気付いていなかった。
「十八反田さん、そんな所に隠れていたの?」
「ごめんなさい、なのです。ここはあたし専用の個室にしていたのです」
ゴソゴソ スルスル
十八反田さんは、廊下側の壁と寄せてある机の僅かな隙間を通って、部室エリアへと出てきた。こういう時には、小さい体が役に立っている。
「十八反田さん、大丈夫? 狭い所で息苦しくなかった?」
「ありがとうなのです。でも、あたしは狭い所が好きなのです」
見ると、秘密の小部屋にはイスが1つ置いてあり、文庫本が1冊載っている。それに、廊下側の天井近くにある窓から光も入りそうだ。
なんだ、個室を満喫していたのか。
「まあ、好きで居たんならいいけど、でも、今日は一日休みだったじゃないか、放課後に登校したの? もしかして、時間が分からなくなるような病気なの?」
俺の言葉に十八反田さんは呆れ顔。
ヘボ将棋を相手にしている棋士が、突拍子もない手を見せられて、あっけに取られたような、バカバカしさにアングリとするような、そんな顔を見せた。
「違うのです! 病気ではないのです。でも、夢草君はわたしが休んでいたのに気付いていたのです。たぶん、他のクラスの人達は、休みと気付ていないのです」
でも、十八反田さんはだんだんと冷静になり、最後には、かけ離れたことを真顔で言った。
「そんなことないと思うよ」
「いいえ、あたしは夢草君が思っている以上にクラスでは影が薄いのです」
十八反田さんの顔に少し陰が差して見えた。でも、俺はそんな風に思ったこともない。
「そんなことないよ! 君は朝、花瓶の水を替えているじゃないか! 昼休みには教室のすぐ横にある花壇に水をあげているじゃないか! 目立っているよ! みんな知っているさ!」
十八反田さんの顔に、一番星を見つけたような淡い光が差す。
「嬉しいのです。夢草君は気付いていたのですね」
「みんな知ってるだろう?」
当然だ。
「いいえ、みんな知らないのです。でも、あたしはお花が好きだからやっているのです。別に他に人に知られていなくてもいいのです」
と、言うものの、嬉しそうな光は残っている。
そこへ、ローズが割って入る。
「こいつ、花が好きなくせに根暗なのか? あんな狭い所に隠れて、人の話をこそこそ聞くなんてよ!」
ローズのような一直線な女の子には、十八反田さんは印象が悪いようだ。
「十八反田さんは花が好きないい子だよ。今日は、たまたま聞いてしまっただけだよ。俺があの個室に気付いていなかったのも悪いんだ」
「華図樹、お前はこんな女の肩を持つのか?」
ローズは毒水と知りつつ、毎日飲むしかない哀れな村人を見るように、俺を見る。
「こんな女なんて言わないでよ! 同じ部活の仲間なんだ。草花にも優しいいい子なんだよ!」
「へー、そうですか!」
ローズは掃き捨てた。
ありがとう、なのです。夢草君……。十八反田冬花は希望の星を見つけた顔だ。
俺は今日休んでいた十八反田さんが、今ここにいるのが不思議でならない。
「もう、ローズは黙ってて! 十八反田さん、休みだったのに、放課後になって学校へ来たの? 大丈夫? 体は平気なの? 病気じゃなかったの?」
「ごめんなさい。病気ではないのです。ズル休みなのです。初めてズル休みをしたのです」
恥ずかしそうにうつむき加減。
「真面目な十八反田さんが珍しいな」
「ズルしたのに、真面目だなんて、ありがとう、なのです。それで、……あ、あの、……えーと、……その、……夢草君は……その……」
モジモジとしているが、俺には大きな疑問が残っていた。
「そう言えば、『やっぱり』とか言っていたけど、何だったの?」
静寂の隙間に、初めて聞こえた十八反田さんの言葉はそれだった。十八反田さんは視線を俺から逸らす。
「あの……、その……」
また、モジモジ。
撫子が十八反田さんの隣に立った。
「冬花はお主が好きなのじゃ!」
代わりに、乙女の想いを明かした!
「いやーーーー!」
両手でほっぺを押さえて、しゃがみ込む十八反田さん。
「ええっ! 十八反田さんが俺のことを好き? そんなそぶり、今までなかったよ!」
俺はびっくり
「桜のパートナーよ。黙って、見つめる恋もあるのじゃ。冬花は、昨日もお主の告白を聞いておったのじゃぞ!」
「もう、撫子ちゃん、それは、……」
十八反田さんは、撫子にすがりつき、その発言を制止する。撫子は大人の目を十八反田さんに向ける。
「ここで言わんで、どこで言うのじゃ! 冬花はこの桜のパートナーと、もっと仲良くなりたいんじゃろう」
「恥ずかしいのです!」
ユサユサ
すがった両手で撫子を揺すっている。
「今はこんな風じゃが、毎日冬花はお主を見ておったのじゃ。昨日もこの個室におったのじゃ! そこに、お主の告白じゃ! 冬花の想いが消し飛んだのじゃ! かわいそうと思わんのか!」
撫子の大人っぽい目が、俺に向いた。
「初めて聞いたよ。十八反田さんが俺のこと想っていただなんて、……でも、ごめん! 今は葉波先輩への想いを断ち切れないんだ。そうだ! 話しているうちに、先輩が来るかも知れない」
話をはぐらかそうとした。
「来ないのです。葉波先輩は今日は部活に来ないのです」
十八反田さんは立ち上がり、無慈悲な預言者のように俺に告げた。
「何で? どうして来ないの?」
「先輩も今日は休みなのです。ここに来る前に3年の教室で確認したのです。だから、今日は待っていても先輩は来ないのです!」
ガーーン! 先輩が休み! 俺のせいかも!
「あーーーーっ! もしかして、昨日の告白が原因なのか? 学校を休むほどのショックを与えてしまったのか?」
予想以上に、俺は先輩を追い詰めてしまったのか! どうしよう?
「そんなことは、どうでもよいのじゃ!」
撫子は俺の想いを一刀両断!
「よくないよ。先輩が苦しんでいるかも、知れないんだよ!」
「もし、そうだとしたら、それはお主のせいじゃろう。お主はまた告白の続きをして、もっと苦しめるのか?」
「そうなのか? 俺が苦しめているのか?」
「じゃから、今のお主では、その先輩には、何もできん、と言っておるのじゃ」
「どうしよう、どうしよう」
俺って、役立たずだ。
「華図樹、気をしっかり持つんだ。オレがついているぞ!」
ローズが俺の頭を撫でた。気持ちが落ち着いてきたぞ。
「ローズ、ありがとう。やっぱり花は慰めになるね。ローズから匂うバラの香りも、教室の時と違って柔らかい感じになっているよ」
「ああ、華図樹のために、癒しの香りを出しているんだぞ」
「ありがとう、ローズ」
癒し癒され、花と人間って、いい関係なんだな。
「とにかくじゃ! お主はわらわが妖精であることを、忘れておるようじゃのう!」
撫子は、腕を組んだ小さい体で、そそり立っていた。
「そうだ! 撫子は妖精だった。敵だったっけ。そうすると、十八反田さんが撫子のパートナーなの?」
一緒にいるんだから、そう考えるのが自然だ。
「はい……」
大きな声ではないが、十八反田さんは正直に答えた。
「十八反田さんは俺と闘いたいの? いや、撫子と桜が闘うことを望んでいるの?」
「……はい、……」
逃げずに答えた。
「闘うのはわらわじゃ! 今日は学校を休んで実戦練習をしたほど、冬花はお主とやる気なのじゃ!」
準備万端のよう。
「もう! 撫子ちゃん! 変な言い方なのです!」
十八反田さんは撫子の肩に手をおいて揺する。
「変ではないのじゃ! 一番始めに、こいつを血祭りにあげたいと、冬花も言っておったではないか?」
おいおい、物騒な! でも、十八反田さんは撫子の口を押さえてる。
「そ、そ、そ、そんなこと言っていないのです! 『どうせ闘うなら、一番目は夢草君がいいな』って言っただけなのです!」
ブルン ブルン!
撫子は首を振って、口から十八反田さんの手を外す。
「同じことじゃ! 闘うのはわららじゃ。闘うからには勝ちたいのじゃ! じゃから、今日一日は実戦練習日にあてさせたのじゃ」
一日中実戦練習? 平日に?
「十八反田さんが学校を休んだのは、妖精同士の闘いに備えるためなの? ……分かった! 撫子が無理に協力させたんだな!」
腕を組んでる撫子は、偉い大先生のような目つき。
「無理にではないが、そうじゃ! 闘いに備えると言うより実戦じゃ! お主と桜のコンビは最強なのじゃ! まともにやり合って、勝てる妖精はおらんのじゃ。力で劣るわらわが勝つためには、実戦練習が必要だったのじゃ!」
見てきたかのように俺と桜を分析してる?
「と、言うか、撫子は何で俺達のこと、そんなに詳しいのさ!」
「わらわは探索能力が妖精の中では一番なのじゃ。この20キロ圏内の妖精の動きは全て、細かく把握しておるのじゃ。そこのローズなど、わらわが息を潜めておっただけで、同じ部屋におることさえも、気付かんのじゃ! 負けたとはいえ、鈍感過ぎじゃ! ハハハのハ、なのじゃ!」
敵妖精を笑い飛ばす大先生! ローズとしては分が悪いが、黙ってなんていられない!
「うるせーな! 妖精には得手、不得手があるんだよ!」
「そうじゃな、ローズは腕力と闘う能力は一番だったのじゃ。じゃが、もう負けたのじゃ。今残っておる妖精は桜とわらわを含めても、もう3人しかおらぬのじゃ。大勢おったのじゃが、ついさっき、1人やられて、妖精は3人となったところじゃ」
「えっ! いつの間に、もう大詰めっていうこと?」
特育地大会は始まったばかりであり、バトルロイヤル形式で、大勢の妖精が争っていると、俺は思っていた。
運命の大きな手によって、ここにいる全員と一緒に、鷲づかみにされ、いきなり狭い穴へ放り込まれた気分になった。
■【第九話、ここまで、206段落】
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