第8話 第二章 妖精と登校(4/4)
【前話まで:桃源郷から来た妖精は、特育地と呼ばれる種を蒔く場所の獲得をめぐって闘っている。
「あぁ、やっぱり外はいいなぁ」
ワンピースのお嬢様が、俺の部屋に現れた。
黄色いワンピースを着て、ウェーブがかかった金髪の女の子だ。そのワンピースには、白いレースのヒラヒラもついていて、スゲー高価な代物に見える。
「誰? どちら様ですか?」
「オレだよ! ローズだよ! 服が変わるだけで分からなくなるのか? 人間って結構バカだな!」
口は悪いが、ローズは上流階級のかわいいお嬢様の姿になっている。
「おっ、靴は脱ぐんだったな」
桜との話を聞いていたようで、ローズはベッドに腰掛けてから、お嬢様用の革靴を上品に脱いだ。でも、違和感が半端ない。
「姿と口調が合わないよ」
「嫌か?」
「俺は嫌じゃないけど、他の人からは、変に見えるんじゃないかな」
「オレは華図樹がいいなら、こっちの方がいいな」
俺はなるべくなら好きにさせてやりたいと思っていた。人生の終わりなんて言われると、ローズの気持ちを優先させてやりたかった。
「分かったよ。俺はどっちでもいいから、その口調でもいいよ。でも、どうして、その服なの?」
「動きやすい格好がダメと言うからだ」
そりゃあ、黒ビキニで、一日通すなんてダメに決まっている。
「そうじゃなくて、この服を選んだ理由は? なんか、見たことあるような気がするんだよな……」
「華図樹の中にあった衣装だよ。華図樹はこの服を誰かに着せたかったんじゃないのか?」
そうなのか? 俺は脳内を探る。
「思い出した! 何日か前にテレビで見て、先輩が着たらどうかなって、考えてた服じゃないか! 妖精って、そんなことまで分るのかよ!」
「妖精っていうのはな、人間が口にできない希望まで叶えて、いい気分になってもらうのが仕事なんだよ」
口にできない希望って、なんか、ヤベーじゃん! 隠し事できないってことか?
「もしかして、心の底まで見られちゃってんのか?」
「全部なんて分らないぜ! 強い想いを察するくらいだよ」
全部じゃなくて良かった。妖精の前では、強い想いは自粛しよう。でも、考えたら、分かるのは必然かも……!
「受け入れたくないけど、俺の中にいるんなら、仕方ないか……。あっ、そうだ! 思い出した。そんなことより、さっき気を配るとか言っていたけど、それはどういうこと?」
ローズが俺の中に入る前に言ってたことだ。他の妖精が近くに来るまで気が付かないとか、なんとか。
「大丈夫だぞ。近くに妖精の気配はないよ」
「その気配って、どういうこと? 近くに妖精がいるって分かるの?」
「ああ、妖精のパートナーは見つけられないが、妖精本体の居場所は分かるぞ」
つまり、敵の居場所ってことだ。
「妖精が近くにいると感じるの?」
「そうだ、だいだいな。オレはそれほど探索能力が高くないけど、その能力が高い妖精は結構遠くからでも察知できるらしいんだ」
「他の妖精って、敵だよね」
「そうだぞ。やっつける相手だ。オレはもう闘えないがな」
こっちが探れるってことは、逆もありだよな。
「って言うことは、他の妖精もローズを探しているの?」
「オレじゃなくて桜だよ。敵になる妖精の場所が分かるんだ。パートナーの中にいるのか外に出てるのかは、判別できないけどな」
「じゃ、他の妖精は桜を探しているの?」
「そうだろうな」
「それって、この家が見つかるかも知れないってこと?」
「うーん、今見つかればそうなるかな?」
まずいじゃん!
「それは避けたいな。待ち伏せされて、家で暴れられたら困るよ! 家に帰れなくなるよ!」
「夜になれば、妖精は活動できなくなるから、夜に帰れば安心だぞ」
でも、今は夜じゃない! 妖精の活動時間だ!
「今のような朝の時間に見つかったら、もう攻撃を受けても、おかしくないってことでしょ!」
「そうだな、見つかればな」
妖精同士の戦闘を思い出す。素人には手に負えないほどの速さだった。
「昨日のような闘いを家ではまずいよ。早く学校へ行った方がいいな!」
「そうだな、夜明けとともに戦闘開始だもんな。明日は日の出前に起きた方がいいんじゃないのか?」
「えー、日の出前か、厳しいな~」
これから、毎日早起きかよ!
「華図樹、明日の心配もいいが、今はいいのか? まだ家にいて。近くに妖精はいないけど、オレなんかより探索能力が高い妖精なら、気が付いていると思うぞ」
「そうだ。早く登校しよう」
ローズと階段を降りて、1階の台所へ行く。
俺は両親と3人家族。みんな、毎日ここで朝食をとっている。
台所には、レンジや流しの他に4人座れるテーブルがあり、朝食の他に普段の夕食も、ここで済ませていた。
ローズは食事を断ったが、母さんに無理やり食べさせられた。どうも、父さんの分をローズに当てたらしい。
「母さん、わたしの朝メシがないよ」
起き抜けの父さんが尋ねてる。父さんもローズを見ても何も言わない。術がかかっているようだ。
「あら、どうしたのかしら。ご飯はあるから、おかずは昨日の残り物を食べてね。どうせ、私もそうなんだし」
母さんはとぼけて、父さんをはぐらかしている。
それにしても、父親というのは、不遇なんだな。
俺は早食いをして、ローズを連れて、とっとと家を出た。
家は道路に面している。大通りなどではなく、車がすれ違える程度の道だ。
俺は学校が近いので徒歩通学だ。近いからこの学校を選んだということもある。
しかし、今回に限って、家と学校が近いというのは不利じゃないのか? 行動範囲が狭いと、敵に狙われやすいぞ。学校で昨日のような闘いはごめんだよ。
それにも増して、家を敵に知られたくない。
「こっちだよ!」
いつもなら右の道へ行くけど、今は左だ。少しでも敵をかく乱したかった。
「早く! 家から離れるよ。急いで歩くからついてきて!」
「おっ! おーーーー!」
歩き出すと、ローズは俺の左側にピタリと寄り添った。
「逆だよ! ローズは右側だよ」
「どうしてだ?」
「ここは自動車が通るんだ。危ないから、きちんと、道路の右側を歩くの! 俺の左側は道路の中央寄りだろう、中央は危ないから、女の子は端側を歩くんだよ。だから俺の右側なの」
「オレは華図樹を守るんだ! 危ない側が適してるぞ!」
金髪のお嬢様が言う台詞じゃないな。
「ここでは男が危ない側を歩くんだよ。……うーーーーん、そういう決まりなんだ!」
面倒だから決まりで押し通してやれ。
「決まりなら仕方ないな。妖精の場所は分るんだし、近くに来てから体勢を作っても問題ないか。よし! 端側を歩いてやるよ」
端側になっても、ローズは俺に寄り添って歩いた。
近過ぎるよ!
ローズに視線をやる。歩くローズの大きな胸は弾んでいるが、朝の風を切って進むローズの顔も弾んで見えた。
さわやかに嬉しそう。
つられて、俺もいい気分になってきた。ローズの弾んだ気持ちをもらったみたいだ。
近過ぎるなんて、文句を言う気持ちがしぼんでしまった。
「ローズは、なんだか、嬉しそうだね」
「華図樹と一緒だからな。これでも近くに妖精がいないか気を張っているんだぞ。妖精の誰かが近寄ったら、オレが実体化できる人生が終わるかも知れないからな」
俺から見れば人生の終わりなんて、遥か彼方だよ。
でも、ローズはすぐそこなんだ。切ないよな。
「ローズ、人生の終わりって、何とかならないの? 助かる方法とか……」
自然と顔が曇ってしまう。
「悪かったよ! もう人生なんて言わないって、そんなに、しんみりすんなよ」
心配させまいと明るい顔を見せる。
「ごめん、俺の方が気を使わせたみたいだね」
「いいさ、なんともないよ。死ぬわけじゃないんだ。新しい人生が待っているんだ。しかも、1つじゃない。いくつかに分かれるんだ。どれかは、今よりいい人生を送れるかも知れないしな。あっ、もう言わないって言ったばかりなのに!」
ローズはつらさを見せないようにしてる。
「ローズは怖くないの?」
チラッと俺を見たローズはすぐに前を向く。心に刺さったトゲを、気にしないようにしているみたい。
「華図樹、もういいんだよ。暗い顔はするなよ。もう、この話はおしまいだ!」
トゲには触れない方が懸命ってことか。
「分かったよ。ローズの言う通りにするよ」
俺達は遠回りしたものの、家から学校は近い。学校の隣にある神社まで来てしまった。
弓ヶ池神社だ。
学校の始業時間までは、かなり余裕があるな。
「早いから神社に寄ってみようか」
「おー、オレは華図樹について行くだけだ」
俺達は神社へ参った。道路脇には見上げるほどに、高い石の鳥居がある。その下をくぐる。
この神社は大きい神社で、多くの木々を抱えた広い境内を持っている。鳥居から拝殿までは広い石畳の参道だ。直線であり、100メートルはある。
参道の左右には森が続いているが、拝殿の近くに来ると両脇に建物がある。
左側は手を洗う
俺達は特に手は洗わず、その建物の前を過ぎて拝殿の正面、賽銭箱の前に進み出た。
俺は十円玉を賽銭箱に放り込んだ。
チャランッ!
「こうするんだよ」
パンパン!
手を叩いてから、目をつぶって拝んだ。
「オレだって知っているぞ、妖精だからな。日本の神様のことは少しは分かるぞ」
ローズは姿勢よく二礼してから、パンパンと手を叩いてから何かを祈っていた。終わりにもう一礼した。日本かぶれの外国人が拝んでいるようだ。
この神社には、なじみがあった。
「俺は地元だから、高校の合格祈願にここに来たんだよ。志望校の隣だしね。その日に、お守りも買ったんだ」
「そうなのか、ご
「ああ、ローズも何かお願いがあったみたいだけど、叶うといいね」
「オレはどっちでもいいさ。なるようにしかならないんだ」
寂しそうに、高い木々の枝先を見上げてる。
「ダメだよ。自分でも目標に向かう努力をしないと!」
俺はこの時忘れていた。ローズの人生が秒読みに入っていることを……。
「でも、いつまで努力できるか、と言うより努力していいのか?」
「努力しなきゃ叶わないよ」
「じゃあ」
はぐっ! 抱きつかれた!
「え、また! 外でこんなこと」
ムニュニュ~~~~~~!
む、胸が……、心地よい柔らかさと暖かさ。
「オレのお願いは、こんな風に華図樹とずっと一緒にいることなんだ」
静かな優しい声、昨日とは、えらい違いだ。本トに人が変わったようだ。
「でも、これはちょっと、……学校の隣で、誰かに見られちゃうよ」
「時間が早いからいいだろう。それにオレは他人に見られても平気だ」
「いや、その、……他人もそうだけど、……俺がハズイよ」
「我慢してくれよ」
口調は男らしいが、声の質は全く違う。しっとりとした暖かさが、胸の奥をくすぐるような響きだった。ローズを女の子として感じてしまう。
そして、周りからは、鳥の声。その声を乗せた朝の冷んやりとした風が、静かな境内を穏やかに吹き抜けていく。
新鮮な空気に染み込んだ木々の香りが、俺達を静かに包む。
俺はこのさわやかな静寂と、ローズの女らしい柔らかさと、優しい温もりに包まれている。
なごみの時間が満ちてくる。とっぷりと、
俺はローズに抱きつかれたまま、穏やかで優しい今日を願った。…………もう一度、願った。
遠くで自動車の音が、聞こえた気がした。俺の心が現実に押し戻された。
「もう、いいだろう。だいぶこのままだよ」
「うん、分かった。少し気分がよくなった。オレにもご利益があったな、この神社」
やっと、ローズが開放してくれた。
ローズには離れてもらいたかったけど、いざ体が離れると、ローズの温もりに代わって寂しい思いが肩の辺りに触れた気がした。
首をすくめたくなるのを俺は
「……そうだね。俺も合格したしね。この神社は、ご利益あるよね。あ、そうだ! 今もその時のお守りを持っているんだよ」
俺は寂しい気持ちをはぐらかす。
「願いが叶ったら、お守りは神社に返すんじゃないのか?」
「使い勝手がいいから、そのまま使っているんだよ」
「ふーん、持っていてもいいのか……」
あまり、関心がないようだ。
「もう学校へ行こうか。早いけどいいや」
「オレはついていくだけだからな。離れないぞ」
「ああ、母さんにかけたような術で何とかしてくれよ」
俺達は鳥居まで戻り、一旦道路に出て、正門から学校に入った。すぐに、広い校庭が口を開けている。でもなぜか、朝練をしている運動部はなかった。人のいない静かな校庭だ。
生徒用の玄関へはその校庭を横断する。
校舎からは校庭を通る生徒がよく見えるので、校舎に生徒がいればローズを見られていたはずだが、早いのでどの教室にも人はいなかったようだ。
玄関から教室への道のりも誰もいなかった。
俺達が教室に入り、しばらくすると、少しづつ校庭を横断して生徒が校舎内に入ってくる。
「おい、なんだ? この金髪のお嬢様は?」
いち早く登校してきたクラスメイトが、教室の扉を開けるなり、ローズを見つけた。
「オレはローズだ。これからはずっと華図樹と一緒なんだ」
ローズには慌てる風はない。
「ずっと、ってどういうことだ……よ。……あれ? ああ、そうだったな」
クラスメイトは術にかかったようだ。なんだか、かすかにバラの香りもしてきた。
「おはよう、木村、なんともないか?」
俺はクラスメイトに近寄り、術にかかったのか、様子をみる。
「何言っているんだよ、夢草。なんともないさ。いつも通りだよ」
クラスメイトの木村は、ローズには触れずに自分の席についた。
ローズの術がなければ、彼女か? と問われる場面だった。
「ローズ、このニオイは君なの?」
「そうだぞ。一人一人術をかけるのは時間がかかるだろう。家のとは、また違う香りなんだ。この香りを嗅ぐと一様に術がかかるようにした。バラの香りだぜ、オレはバラの妖精なんだ」
改まって言っている。そんなの自明だよ。
「まあ、ローズって名前なんだから容易にバラって分かるって。でも、家の時よりニオイが薄いよ。大丈夫なの?」
「これで十分だよ。それよりオレはこの部屋で、どうしていればいいんだ?」
「イスを用意するから、後ろの隅に座っていてよ」
ローズは我がまま小僧に
「嫌だ! 近くにいないと守れないじゃないか! 座るなら華図樹の隣に座るぞ!」
隣なんて!
「目立つよ!」
「この香りの中では誰も何も言わないから、目立つことはないぞ」
「そうなの?」
俺の頭には、ローズが言う人生の終わりという言葉がある。大きな問題がないようなら、少々我がままを聞いても、いいかなって思った。
「分かったよ。でも、何か騒ぎになったら、居場所を変えるかも知れないよ」
「いいぞ! どうせ、この部屋の中は、オレが
ローズらしい言い方、自信たっぷりのお嬢様だ。安心してもよさそうだ。
「うん、目立たないでよ」
「香りで支配だ!」
空き席からもう1つイスを持ってきて、俺のイスと並べて置くとローズを座らせた。1つの机に2人座る形になった。スペースが狭くなってきついが、何とかなりそうだ。
その後、教室に入ってくるクラスメイト達や先生にはローズの術がかかり、ローズは俺と一緒に授業を受けることができた。
先生やクラスのみんなは、ローズがいないかのように振る舞い、ローズは俺以外の人に関わりを持たなかった。
ローズは空気であるかのように、クラスに難なく居座った。
その間、他の妖精は察知されず、授業中はまるで通常通り、特別なことは何も起きなかった。
■【第八話、ここまで、202段落】
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