第7話 第二章 妖精と登校(3/4)

【前話まで:華図樹かずきは早朝に妖精桜に起こされ、桃源郷の話を聞く。桜は人間の師匠から格闘を教わったらしい。その話の中で、妖精がパートナーにした人間を、他の妖精が襲うのが常套手段と、華図樹は聞かされる。パートナーは他の妖精から狙われるので、昨日、桜に負けた妖精ローズに華図樹は守ってもらうことになる。昨日、ローズに痛めつけられたので、気が重い華図樹だった】


「よう、久しぶりだな。って、昨日か」

 桜がいきなりローズになっていた。一瞬のうちに、桜の姿がローズの姿に入れ替わっていた。

 俺の前に、金髪をふわりと揺らした黒ビキニの女王様がいた!


 いきなり、部屋に黒ビキニが座っている!


 トゲの付いた紐はついてないものの、黒ビキニは下着姿と変わらない。突然、俺の部屋に下着姿の女の子が現れたのと同じだ。


 ボワンとした大きい胸、ビキニの上側から、はみ出すばかりに盛り上がってる。細いがしっかりとしたお腹や控えめな腰つきも色っぽい。引き締まってる太腿も見た目よりも柔らかそうで、男を誘惑してるよ。


 そんな色気ムンムンな女の子が、下着姿も同然に、俺の部屋に座っている。しかも、二人っきり……。


 でも、その子は俺を痛めつけた張本人だ。本能的に身構えてしまう。


「ロ、ローズ、お、おはよう……」

 俺は、うまく声が出ない。


 ローズは桜より背が少し高い。そして、気高いくらいにかわいい。強さに裏打ちされたような、自信に満ちた顔を見せてる。


 そんなローズを見たら、昨日の痛みが蘇ってきた。


「何だ? ビビッてんのか?」

 俺が放つマイナス成分が、ローズに伝わっているみたいだ。


「そ、そんなことないけど、いきなり違う人が部屋に入って来たんだ。今までにない体験だから……」

 とりつくろうとする。


「いきなりじゃねぇよ。オレは始めからここにいたんだぜ」

 俺は桜の言葉を思い出す。

「そうか、ローズは俺の中にいたんだな」


「そうだぞ! だから、オレは今朝の話も聞いていたんだ。そして、今は逆に桜が華図樹の中でオレ達の話を聞いているんだけど、……オ、オレはそんなことは、どうでもいいんだ。……オレはな、……オレはな、……」


 ローズの顔つきが変わった。何か、とんでもない失態の言い訳をするような、困りつつも勇気を絞るような顔になり、ベッドに手をついて、座っている俺に詰め寄ってきた。


 当然、俺は壁へと逃げる! 桜に負けたことについて、言いたいんだと、俺は思った。


「ロ、ローズ! 何か文句でもあるの? 昨日の勝負に不満でもあるの?」

「ないよ。負けは負けだ。オレが弱かっただけなんだ。だが、オレは桜に負けたんじゃない!」


 なんか、必死な泣き顔っぽい顔。ギリギリ感が伝わってくる。

「で、でも、桜に飛ばされていたじゃないか」

「その力は桜のものじゃない!」


 ローズがベッドに上がり込み、俺に急接近!


「え! 何?」

 俺は冷たい壁との間に挟まれた! か、顔が近いよ! ローズの鼻が俺の鼻に触りそうだ!


「オレは華図樹に負けたんだ!」

 部屋に反響するほどの声! 顔が近いから、なおさらだ! 俺は圧倒されそう!


「そ、そうなの? 俺はローズにやられていただけだよ」

「華図樹の力がなければ、オレが勝っていたんだ。華図樹の服だよ! その服のためにオレは負けたんだ」

 俺を責めてんの?


「ローズは俺を蹴っただろう。蹴って、蹴って、俺は蹴られたんだ! 俺は悪くないよ。桜に味方するのは当然だよ!」


 ローズからギリギリな感じが抜けた。腰をすえて仕切り直す風になって、俺を見つめる。

「悪いなんて言っていないぞ。オレは華図樹に負けたと言っているんだ」


「じゃあ、何が言いたいんだよ!」

 俺はよく分からなくなった。少々強気に攻めてみた。


「何って、……あの、……その、……」


 反論どころか、ローズが恥ずかしそうに若干身を引いた。顔が離れた。よかった。


 なら、もう少し強気に!

「何が不満なんだよ! 何が言いたいんだよ!」


 ローズは視線をらし始める。立場逆転か?

「オ、オレは弱いやつは嫌いだ……」

 歯切れが悪いし、つながりが分からない。


「弱い俺に負けたことを言っているの?」

「違う! 弱いと思っていたんだ。けど、力は今まで見たことない強さだった。……強かったんだ!」

 最後だけ声を振り絞った。でも、なんか回りくどい。


 一直線で強気と思っていたローズが、ワザと的を外した言い方をしている? どう言えばいいんだ?


「強いのが悪いの?」

「オレは悪いなんて言っていないぞ。……あのな、……その、……」

 シドロモドロ……。


「なんだか、ローズは、昨日と人が違うみたいだよ!」

「そ、そんなことはない! ただ、……」

「ただ?」

 ローズは目をつぶって気を溜めてる?


「オレは華図樹にれたんだ! !」


 質量を持った声! 思いもよらない言葉を乗せて、その声が俺に体当たりしてきた!

「えっ!」

 ほ、惚れたって?


 俺には先輩が……、いや、今は先輩は関係ないよ。でも、いったい、どう反応したらいいんだよ! 俺は言葉が出てこない。


「オレは惚れたんだ! 惚れちまったんだよ……オレは華図樹に惚れちまったんだよ! オレは次に桜が闘って勝負が決まれば、もう実体化できないんだ……」


 あれ? 違うことを言い出した? 実体化?

「そ、そうなの?」


「そうだ! 負けたやつは、直前に負けたやつしか実体化できないんだ。桜が次の対戦相手に勝ったら、オレは実体化できない。

 桜が負けてもできない。桜が負けたら、桜に勝った相手の代わりに、桜が実体化できるだけだ。オレは実体化できないんだ」


 悔しそうに唇を噛み締めてる。桜も、そんなことを言ってたけど、俺は深く考えてなかったよ。ローズは続ける。


「故郷に帰ればオレの精神は解体され、記憶を失って、それぞれの新しい人生を始めるんだ」


 それは聞いてないぞ。

「解体ってどういうこと?」


「簡単に言えば、記憶を失って、魂を幾つかにけて、それぞれ新しい妖精になって、次の人生を始めるってことだ」


 魂を別けるって! 深刻な話になってるじゃん!

「し、死ぬの?」


「死ぬわけじゃないが、魂というか、精神が別けられるんだ。記憶を失うから、違う妖精になるってことだ」

「そんなの、死ぬのと変わらないじゃないか!」

 なんか、胸が痛くなってくる。


「そんなことはいい、始めから覚悟していたことだ。だが、華図樹に会うなんて、想像していなかったんだよ。ただ、強いやつに負けるんなら、自分の弱さを受け入れるしかない、としか思っていなかったんだ……」


 横を向いて拳に力が入っている。

「……」

「オレは、惚れるなんて思わなかったんだ。強いやつに惚れるなんて思わなかったんだ。強いやつは闘う相手としか思っていなかったんだ。もう、今の人生が終わると分かると、妙に華図樹が気になるんだ。……オレは華図樹に惚れたんだよ!」

 切ない顔で俺を向いた。


 なんとなく分かった気がする、ローズの心が求める方向性が。


「ローズは強さに惚れたんだよ。俺にじゃない。……だけど、人生が終わるって、高校生の俺には想像つかないよ。余命数日と言われたら、俺は正常でいられないかも知れない。それを受け入れているローズは、俺なんかよりずっと強いよ」


「うーん!」

 ガバッ!

 ローズの笑顔が抱きついてきた!


 ムニュ~~~~!

 柔らかい大きな胸!


 バタンッ!


 一緒にベッドの上に倒れてしまった。なんとも嬉しい胸の感触に、俺の力が抜けてしまった。でも、ベッドの上でビキニの子に抱きつかれるなんて、あ、危ないよ!


「や、やめて、やめてよ。ちょっと! む、胸が……」

「オレは強さだけじゃない。そういうことを言う華図樹に惚れたんだ。勝っても桜に自分の力をアピールしないし、恩着せがましくしない。そういうのにも惚れたんだ。そして今、オレを強いと言う。オレはそんなやつに惚れたんだ。実体化できなくなったら、もう触れることもできないんだ。もう少し、……」


 ローズは俺を放さない。ローズの行く末を思うと、俺も抵抗できなかった。

 昨日あんなに蹴ったのに、この子は女の子なんだ。そして、もうすぐ、実体化できなくなる。


 優しく頭を撫でてやると、ギュッと子供みたいに頭を寄せてくる。

 かわいいな。

 それにしても、女の子の胸ってこんなに柔らかいのか……スンゲー気持ちいいんだな。


 先輩ゴメン、うっとりと、なりそうだよ……。



「華図ちゃん、早起きはいいけど、何なの? 話し声がするわよ。誰かが朝から来ているの?」

 母さんの声だ! ドアのすぐ外じゃないか! ヤベーぞ!


「もう離れて! 母さんが来たよ!」

 慌てる俺は、ローズの両肩を持って引き離そうとする!


「嫌だ! まだ、こうしていたい!」

 ギュッ ギュウ!

 ローズは放そうとしない。逆にもっと力が入っている。


 潰れそうなほどのローズの胸!

 ホワ~~ン


 一瞬、ほんの一瞬、俺はうっとりモードに戻った。現実から足を踏み外して、柔らかさに溺れかける!


「華図ちゃん、誰かいるの? 入るわよ!」

 ハッ!

 現実に返った! ヤッベーよ!


「母さん、ちょっと、待って!」


 ガチャッ!

 母さんが俺の部屋に入ってきた。


 ショートヘアに若干ウェーブがかかった髪型、専業主婦で一人息子の成長を楽しみにしている母さんだ。


 入るや、視線が息子を探す。すぐにベッドの上にたどり着いた。


 バビビッ!


 母さんの顔に電気が走った! 朝の穏やかな顔に般若の面が載る。


「あらま! どちら様?」

 母さんの引きつる笑み!


「あの、母さん、これは……」

 黒い下着姿の女が我が子の部屋で、朝から息子と抱き合っている。


 華図ちゃんが悪い大人になっちゃうわ!


「華図ちゃん! あなたは朝から何をしているの? もしかして、……夜からなの?」


「ほら、離れてよ! 母さんが怒っているよ!」

 俺はローズの両肩をつかんで引き離す!


「そうか、怒ったら、まずいな」

 花の妖精は平時において、人間の不快感を見逃せない、と言うより、人間の不快感そのものが嫌いだった。


 ローズはスッと俺から離れて、床の上に立ち、背筋を伸ばして母さんを見下ろした。


 見上げる母さん。

「まあ、外人さんなの? 背が高いわね。華図ちゃんと同じくらいかしら。……そんなことより、華図ちゃん、どういうことなの?」

 鋭い目が俺に向く!


「あ、え……その……」

 俺はうまく声を出せない。


 ローズは母さんに面と向かう。そして、ニッコリ。

「叔母様、ワタクシです。華図樹君の従姉いとこにあたるローズですよ。昨夜から泊まっていたではないですか?」


 ローズは口調まで変えて、とりつくろうと嘘を言っている?


「ローズちゃん? なんかデパートのマスコットのような名前? 昨日から誰か来ていたかしら? ……そうね。いたわ。ローズちゃんね」


 般若の面が清流に流された! ご機嫌な母さんになっている。


「え? ええっっ!」

 狐につままれたとは、まさに、このこと! 俺は言葉が出ない。


 ローズは母さんに微笑の光を、優しく照らす。

「そうですよ。叔母様」


「だけど、ローズちゃんでも朝から抱き合ってはいけませんよ。もう子供じゃないんだし、しかもそんな姿で……」

 ローズは黒ビキニだ。下着姿と変わらない。こんな姿は、大人の女性に好感度が高いはずがない。父さんならともかく、……。


「これはワタクシの国では普通のパジャマですのよ」

「パジャマ? ……パジャマね、ならいいわ」


 パジャマならいいのかよ! 俺には母さんの基準が理解できないよ。


 ローズは俺をチラッと見ると、したり顔でウインクをした。


 母さんが俺に視線を送る。

「まだ早いけど、朝食の用意はできているわよ。せっかく早起きしたんだから、早く食べなさい」

「はい、叔母様、ありがとうございます」


 母さんは再びローズの姿を見る。目線の高さには、大きな胸の黒ビキニ……。

「でも、そのパジャマは着替えてから、降りてきてくださいね! 刺激が強過ぎるわ!」


「分かっていますわ。叔母様」

 ローズの笑顔に安心したのか、母さんは足取りも軽く、1階へ降りて行った。


 フーッ!

 俺は一息つく。


「ねー、ローズ! どういうことなの?」

「オレ達、妖精の術だよ。香りの術だ」


 香り? クンクン ニオイを探してみる。

「そう言えば、いつの間にか、花のニオイがするな」

「人間に不快感を与えない術の応用なんだぞ」

 なんか、自慢げ。


「母さんを騙したの?」

「人間から見ればそうかな。でも、叔母様は快く受け入れてくれただろう」

「そうかも知れないけど、騙すなんて、……」


「それでうまくいくんなら、いいじゃないか」

「いいのかな? ……もしかして、その術で学校へも行くの?」


「そうだよ。今日は華図樹からは離れないからな。惚れた男を守るなんて、最後にいい人生が送れそうだよ」

 使命感がみなぎっている!


「なんだか大分キャラが、よくなっている気がするぞ! ツンデレみたいだ」

「これが負けを受け入れるってことだよ。人生の終わりって、もっと寂しいものと思っていたけど、終焉を目の前にして充実した時間になりそうだ」


 ローズは目をつぶり胸を張った。大きな胸が誇らしげに上を向いた。

 かわいそうにも思えたが、目をつぶっているローズは希望に満ちてるように見えた。


 最後なんて言ったから、心配したけど、ローズは大丈夫そうだ。なら、着替えるか、俺はパジャマのボタンに手がいった。


 ちょい待ち! ローズがいる。


「俺は学校の制服に着替えるから、ちょっと廊下に出てよ」

 俺はいつも着替えてから朝食の流れだ。普段は時間に追われるからだけど、今日は早いのでパジャマのままでも、よさそうだ。でも、この流れは習慣化していた。変える気にならなかった。


「いいじゃないか? 見られて減るもんじゃなし」


「こっちは嫌だよ、減るわけじゃないけど。ローズの方こそ、そのカッコで学校へ行くんじゃないだろうな!」

「これが動きやすいんだ。守るにはいいんだよ」


 形は下着なんだ、動きやすいのは当然だろう。

「ダメだよ! それじゃ目立ち過ぎるし、学校へ行くカッコじゃないよ。それにパジャマは着替えろって、母さんに言われただろう」

 言われた時は、ローズも納得していたよ。


「そうだったな。じゃあ、華図樹はどんな服装が好みなんだ?」

「どんなって、いきなり口で説明できないよ。俺は女の子のファッションなんて、知らないんだ。それより、ちょっと出て行ってよ!」


「離れないぞ!」

 ローズが華図樹の体にピタリと体を寄せる。女の子って、体全体が柔らかい。

「く、くっついたら、着替えられないよ!」

 困り顔の目を向ける。


「それじゃ、回りに気を配る力が落ちるけど、一旦華図樹の中に入ってやるよ」

「妖精が二人で俺の中に入ることができるの?」


「できるさ。オレも桜も昨日の夕方から入っていたんだ。でもさっきも言ったように、回りに気が配れないから、他の妖精が近くに来るまで気が付かないかも知れないぞ!」


 脅かしてくる。でも、着替える時には、いて欲しくない。

「じゃ、急いで着替えるよ。早く俺の中に入って、さあ!」

「分かったって! 華図樹も急げよ」

 ローズがフッと消えた。上級忍者のように鮮やかに姿を消えた。


 やっぱ人間じゃないんだな。

「はあ、朝から結構疲れるな」


 俺は学校の制服に着替えた。


 昨日の制服は泥で汚れていたので、夜のうちに洗濯機の所に置いてきた。もう一揃えの洗濯済みの制服を着た。

 今日も汚れたらどうしよう。男の俺が服の心配なんて初めてだな。


「着替え終わったよ。ローズ」

 俺は自分の中にいるローズを呼んだ。

「あぁ、やっぱり外はいいなぁ」

 ワンピースのお嬢様が、俺の部屋に現れた。



■【第七話、ここまで、205段落】



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