第二章 妖精と登校

第5話 第二章 妖精と登校(1/4)

【前話まで:葉波はなみ先輩に振られた華図樹かずきは、知らない公園で、その先輩にそっくりな顔をした桜と、金髪のローズとのバトルに遭遇し、巻き込まれる。華図樹は桜が先輩に似てるので、求められるままに、上着やTシャツを貸して桜を助ける。その甲斐あってか、桜が勝利。でも、桜達は人間ではなく、桃源郷から来た花の妖精だと言う。しかし、なぜ闘っていたかなどの疑問を残して、桜は日没と同時に消えてしまった。華図樹は一人、公園に取り残された】


   第二章 妖精と登校


「華図樹さん! 起きてください!」

「え! 何!」


 俺は薄目を開けた。

 いつも通りの壁が見える。俺の部屋だ。

 昨日、俺は夜道を歩いて、なんとか家にたどり着き、飯を食って早めに寝た。


 そして、今、ベッドの上で起こされて壁を見てる。でも、壁はよく見えない。

 まだ、薄暗いな。こんな時間に誰が起こすんだ? それとも夢?

「誰かいるの?」

 壁を向いたまま、寝ぼけて聞く。


「わたしです。桃郷桜です」

 女の子の声? 桃郷……? 桜……? 桜!

「そうか! 昨日、公園にいた花の妖精!」

「はい」

 ゴロンッ!

 俺は逆、部屋の広い方を向く。そっち側から俺を覗き込んでいる女の子!


「あれ? 先輩?」

 葉波先輩の顔が、そこにある?

「あの……」


 先輩の顔がちょっと首をかしげた、その仕草がかわいい。年下に見えるくらいに、かわいい! あどけない疑問符を掲げてるなんて、部活じゃ見たことないよ。……部活?


 でも、ここは……。

「葉波先輩が俺の部屋に!」

 なぜ部屋に先輩がいるか、なんて分かんないけど、先輩を前に寝てなんて、いられない!

 バッと布団を跳ね上げ、俺は体を起こした!


「すいません。違います。桜です。人違いです。一度、気が付いたじゃないですか?」

 先輩は首をすくめてベッドから身を引いた。どうやら、高さ的に床に膝立ちをしているようだ。


 そして、先輩が柔道着を着ている? 先輩じゃない!

「あっ、桜! 桜か! 目が覚めた! 花の妖精! 桜だ! 桃源郷から来た桜だ!」

 俺はベッドの上に座り直した。


 暗いのでベッドのライトをつける。

 俺の部屋は一戸建て住宅の2階にある。フローリングで四畳半くらいの広さ、勉強机と本棚とベッドがあるので、結構狭く感じる部屋だ。


 そのフローリングスペースに、その桜が座っていた。昨日と同じ柔道着に黒いスパッツ姿をしてる。


「お目覚めのようですね」

「ああ、でも、まだ暗いよ。今、何時なの?」

 目は覚めたが、まだ本調子がでない。眠気眼ねむけまなこで目覚まし時計を見た。


「げっ、4時半過ぎ!」

「日の出の時刻を過ぎたので実体化しました」

 朝に似合う、すがすがしい顔の桜。実体化って、……そうか、昨日俺の中に入るって言ってたな。太陽が昇ったから元に戻ったのか。


 にしても、4時半かよ。

「早いよ。もう少し寝かせて欲しいな」

「伝えたいことがたくさんあります。華図樹さんも知りたいことがあると思います」

「そりゃ、あるけど……」

 朝早いんだよなあ。


「今は安心して話せる時間があります。それに学校へいらっしゃる頃になると、お話もできなくなると思いますよ」

 にこやかな桜だ。でも、俺には葉波先輩の笑顔に見えてしまう。


 振られたばかりなので思いは複雑だ。この子は先輩本人じゃない、顔が似ているだけだ、と自分自身に言い聞かせる。


 そう考えてたら、先輩じゃないけど、朝から先輩の顔を見れるのは、得なんじゃないかと思えてきた。


「時間が早いけど、先輩の顔をした桜がいるんだ。寝ているより顔を見ながら、話をした方がいいな。分かったよ。話を聞くよ」

「ありがとうございます」


「ん?」

 俺は違和感に気付いた。

「何ですか?」

「家の中では靴を脱いでよ!」

「あっ、そうでした。すいません」

 桜は靴を脱いで部屋の出口であるドアの近くに置いた。


「大丈夫です。靴は汚れていません。ご安心を!」

 少々慌て気味に俺をなだめるかのよう、別に、俺は怒ってなんてないよ。

「分かればいいって、でも、なんで、靴が汚れてないの? 昨日は公園にいたよね」

 夕方は屋外にいた。


「靴は妖精の一部なので、汚れないんです」

 妖精は汚れない? 俺は昨日の様子を思い出した。


「そう言えば、昨日も激しく闘っていたのに体や服、靴は汚れていないみたいだったね」

「はい、妖精の姿は変わりません。つまり、汚れませんし、ケガもしません」

「そうだった、顔にもローズのパンチが当たっていたみたいだったけど、きれいなままだったな」


 攻撃がヒットしていても、ケガもアザもなかったし、汚れてもいなかった。


「妖精は人間界では特別なことがない限り、容姿は変わりません。だから、妖精は汚れませんし、付属している服や靴も汚れません。ですが、付属物は脱げますので、安心してください」

 昨日は服も体に一部の様に振る舞うとも言ってたな。


 にしても、服は付属物なのね。でも、服が脱げたら危ないだろう。

「靴は脱げて安心と言ってもいいけど、服が脱げることで、安心と言えるようなことはないよ」


「あります! 妖精はパートナーの服を着る必要があるんです。自分の服を脱がないと着られません。着れなくはないですが、脱いだ方がいいんです!」

 案外と強い口調だけど……、パートナー!


「そうだ、服を着るとかも聞きたいけど、まずは、そのパートナーって何なの?」

「わたしの言うパートナーは、闘いの時に力を与えてくれる存在です。わたしは華図樹さんの上着とTシャツから力を与えてもらいました」


 力か、上着やTシャツを着てから桜が優勢になったような気がするな。

「パートナーは闘う力のみなもとなの?」


「そうです。でも誰でもよいわけではありません。その時の人間が置かれている状態にもよりますし、人間個人が持つ力の大きさもありますし、妖精との相性もあります。それらを総合して、妖精がパートナーを選びます」

 なんか、難しそうだな。


「妖精が選んだってことは、桜が俺をパートナーとして選んだの?」

「はい!」

 自信に裏づけされた勢いある返事。


「俺には、ただ、ぶつかっただけのように思うけど……」

 ぶつかってきて、乗っかられたのが始まりだった。

「ぶつかったのが出会いでしたが、わたしはその時、ビビビと来たんです」

 確信めいた微笑み。


「ビビビ、ねー……?」

 感覚的過ぎるような……。


「そうです! ビビビです! この人は最適なパートナーと感じました。パートナーになっていただけますよね。と言うより、なっていただくしかありません!」

 グイッと顔を突き出すし、有無を言わせない感じ。


「わ、分かったよ。パートナになるよ。服を貸すくらいならいいよ」

「あと、夜には妖精はパートナーの中に入ります」

 控えめな感じで付け加えた。


「もう、すでに入ったから、それもOKだよ」

「ありがとうございます。華図樹さんは、わたしにとって最適なパートナーです。でも最適過ぎて、今のわたしに余る力をお持ちでした。わたしに制御ができるか、不安です……」

 元気よく一礼したものの、最後に少々目を伏せた。


 俺には、力の自覚なんてない。

「力とかは全く実感ないな。それで、どうして、服が必要なの?」


「わたし達はパートナーが身につけている物を、自分自身にを身につけることによって、力を与えられます。わたし達にとってはパートナーがいつも着ている服が一番いいんです!」


「服が力を与えてくれるの?」

「パートナーが身につけている物に、闘いに必要な力が宿ります。そして、パートナーが長く身につけていると、力は蓄積します。さらに、パートナーの肌に近いほど、力はより強く宿ると感じるんです」


「それで下着と言っていたんだね」

 Tシャツだったけど。


「そうです。上着より下着の方がより強い力が宿っているんです。だから、道着を脱いで素肌に着ました」


 桜はそうだったけど、……。

「でも、鮫島さんは服じゃなかったよ。鮫島さんはトゲのついた紐を体に巻きつけられてたぞ」

 服の上からグルグルと巻きついていただけだ。


「そうです。ローズの紐はローズの付属物、桃源郷から持ち込んだ紐です。桃源郷の物を介すると、より力が妖精に伝わりやすいんです。

 短い時間でもパートナーの力が多く宿ります。

 相性があまりよくない場合に有効ですし、服を使いつくした時の手段にもなります。それにローズは自分が身につけたい付属物を、パートナーにつけるように強要したのでしょう」


 ローズと鮫島さんは相性が悪いか、渡す服がなくなったのか。

 それに、トゲの紐は赤っぽくて、黒ビキニとはデザイン的に合ってたな。

「桜はローズみたいに、俺に『服とは別に何か身につけろ』とは言わないの?」


「わたしには特にこれと言うものがありませんし、華図樹さんとの相性もいいので、わたしの方から身につける物を指定することはありません」


 柔道着を着て欲しいってことはないんだな。力の受け渡しは、妖精それぞれか。


「その辺は個性があるんだね。でも、ローズの紐は鮫島さんの服の上からだから、力が少なかったのかな?」


「あながち、そうと言うわけではありません。わたしが肌に近い方がいいと感じるだけです。他の妖精は違う感覚を持っているのかも知れません」

「そこも個性があるんだ」


 そもそも、女の子同士が闘うなんて、よくない気がするな。

「なあ、どうして、妖精は闘いたがるの?」


 桜は改めて姿勢を正して、床に座り直す。

「わたしは誇りをかけて闘っています」


「この闘いは、誇りのためなの? それにしてはローズは俺を襲ったり、鮫島さんをトゲの付いた紐で縛ったりして、あまり、誇りというような感じに見えなかったな」

 ただの暴れん坊のようだった。


「誇りとは、わたしの個人的な心構えです。他の妖精は種をく場所を決めるためです」


「種? 花の妖精だから、種なの?」

「はい、仲間を増やすための種です。種、もしくは苗です。桃源郷と言っても、どこでも同じように草木が育つわけではありません。普通に育つ場所の他に、特育地とくいくちと呼ばれる非常によく育つ場所があります。その特育地が勝者に与えられるんです。この闘いを特育地大会と呼んだ人間もいたそうです」


「特育地大会か、育ちのよい特育地に種や苗を植えたいから闘っているの?」

「はい、多くの参加者は、特育地に種を植えるために闘っています」


 軽く答えてるけど、……。

「種のために、格闘とか、力ずくみたいで、おかしくないか?」

「妖精にとって、格闘の強さは生命力の強さなんです。生命力が強い妖精に特育地が与えられるんです」

 妖精の女の子が格闘なんて変だけど、生命力が関わっているのか。


「それで昨日、一回戦を勝ったってことか」

「わたしは一回目の闘いでしたが、一回戦ではありません。トーナメントや総当り戦ではありません」


「違うの? 大会とか言うから、トーナメント戦と思ったよ」

「違います。バトルロイヤル形式で、大勢の参加者が1つの特育地を目指しています。出会って、闘ったり、逃げたりして、最後に残った者が勝者です」


 そういえば、昨日のローズも6人目とか言ってたような気がする。生き残りのバトルロイヤルか……。


「生き残った勝者は、生命力が強いから特育地が与えられて、そこへ種を蒔くのか」

「そんな感じです。他の妖精達は、それが目的です」

 でも、桜はそうじゃないって言ってたな。


「どうして、桜は種のためでなく、誇りのためなの?」

「わたしは格闘家です! 格闘家としての誇りのためです!」


 か、格闘家! 柔道着を着ているし、気合と叫んだり、それらしかったなあ。


 でも、妖精だろう。

「妖精にも格闘家がいるの?」

「います、というより、人間の影響で好きになりました」

 人間?



■【第五話、ここまで、142段落】




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