第4話 第一章 闘う妖精(4/4)
【前話まで:
「わたし達は人間ではありません。花の妖精です」
そう、言い終えた桜は、唇を真一文字の結んだ。
俺には岩のように力強く、そして、誇らしげな大輪のように美しく見えた。
「妖精? 花の?」
俺は想像する。
透明な羽、虫に生えているような透明な羽を背中につけた、身長が10数センチくらいしかない女の子を想像する。
花の模型が先っぽに付いたステッキを持って、花から花へとひらひらと蝶のように飛び回る、いかにも、という西洋の妖精だ。
そんな想像図をたずさえて、俺は桜を見る。
汚れた俺のTシャツを着て、スパッツを履いた姿。
「イメージと違うな。人間サイズだし……」
「そうなんですか? 桃源郷の妖精は、みんな人間と同じ大きさです」
そう言う桜が、何かよそよそしいというか、俺から一歩引いている気がしてならない。
「ねえ、勝って、嬉しくないの?」
「勝てば嬉しいです。嬉しいですが、……」
「何かあるの? 何か嬉しくなさそうだし、俺を嫌いになったみたいな感じがするんだけど」
「怖いんです。あなたの力が」
「俺には力なんて全然ないよ。さっきもこんなにやられたんだ」
俺はローズにやられた背中を指差した。口にするとズキズキと痛みが息を吹き返す。
「妖精による傷は妖精が治せます」
桜は俺の後ろに回り、背中に手を当てた。
ジーーーーーーンッ!
背中の奥にまで菌糸を伸ばしていた痛みが、溶けるように消えて、代わりに陽射しを受けたような暖かさが湧いてくる。
「あーーーー、癒える、癒えるなあ! もう、全然痛くないよ! さすが妖精ってわけか! ありがとう!」
「どういたしまして」
「でもさ! 何で俺の力が怖いなんて言うんだよ」
「あなたの服に宿るあなたの力です。パートナーにふさわしいと思ったのですが、わたしには過ぎる力のような気がしてきました。あのローズが1発でやられる力、あんなに強さが高まっていたローズを一撃で倒してしまった、その力です」
そうか、俺から距離を置いてるのは、力を感じた畏怖か。
でも、俺には力とか、畏怖とかって、気持ちはさらさら無い。
「俺は、Tシャツに、何もしてないよ」
渡したのは、ただの汗ばんだTシャツだ。
「ひどいわ!」
小百合さんが会話に乱入してきた! 近づいてくるぞ。グチャグチャだった顔は拭いたみたいだ。俺は小百合さんがローズに蹴られていたのを思い出した。
「お姉さんは、ケガはなかったの?」
「ケガ? もし、ケガをしたとすれば、君のせいよ!」
小百合さんは恋人の
俺に、そんな言われは無い。
「俺は何も暴力を働いていないよ。Tシャツを取り返しただけだ!」
「同じことよ。Tシャツを取り戻されたからローズ様が怒ったのよ」
「逆恨みだよ! それは」
「君がTシャツを、そいつに渡さなければ、ローズ様が勝っていたのよ! 悔しいわ!」
プイッと向こうを向く。
「あのまま、あのローズというやつが勝っていれば、お姉さんも暴力を振るわれていたんじゃないの?」
「それでもよかったのよ! アタシはそれでもよかった。……もう何も希望がなかったから。ローズ様にすがるしかなかったから……」
神に見放された子羊のように夕暮れの空を見上げる。
俺だって、さっき、振られたばかりだ。なんか、重なっちゃうじゃないか……。
「希望がないなんて、……」
「ないのよ! アタシは就職浪人よ。短大を出ても働く所がないのよ。どの会社も受け入れてくれない。面接すら受けられないわ。そんな時にローズ様に希望をもらったのよ。救いだったわ!」
人生が変わった瞬間が、顔に映り込んでる。でも、いい方向へ変わってないぞ!
「暴力を振るう人が救いのわけないじゃないか!」
俺の言葉に、小百合さんは落ち着いた表情。
「君は何も知らないのね。この闘いの全てをローズ様が制すれば、パートナーであるアタシが桃源郷へ行けたのよ。何の不自由もない理想郷へ行って一生過ごせたのよ。何の不安も、何の苦しみもない世界よ。……でも、もうダメよ。これからアタシは、どうすればいいのか、分からないわ。君がアタシの希望をつぶしたのよ!」
涙目になって訴えてくる!
「俺がお姉さんの希望をつぶしたって? そんなこと知らないよ!」
他人の事情なんて知るはずが無い。
「君は必死になっていたアタシを見たはずよ。それを見ても、君は自分の思うようにしたわ。知らないってことなんて、ないのよ!」
「それはそうかも知れないけど、あのローズに俺は痛めつけられたんだぞ」
もう痛くないけど、桜に治療してもらうまでは痛かった。
「だから逃げればよかったのよ。遠くへ行けばローズ様も、しつこく追わなかったわ。君はアタシの邪魔をしてまで、そいつを助けたかったんでしょ。好きな子に似ているから。自分の欲望に従ったのよ!」
小百合さんは桜を見た。
痛いところを突かれた。
「欲望って、そんなのは……」
うまく言い返せない。
「好きな子に似た、その子によく思われたかったんでしょ! そのためにアタシが希望を失ったのよ。どう考えても君のせいじゃない!」
そう思えるが、なにか違う!
「俺はお姉さんの事情も知らなかったし、桜の事情も知らなかった。お姉さんの言うように、先輩に似た桜を助けたいだけだった。でも俺はそれが悪いとは思わない。逃げたら一生後悔しそうだった。かわいそうな桜を見殺しにできなかったんだ!」
精一杯に想いをぶつける!
「それって、思いっきり自分のためでしょ。自分が後悔したくないためでしょ」
「そうだけど、俺は後ろを向いて走れなかったんだ。うまく言えないけど、一人のために、他の誰かが思い通りにいかなくなることはあると思う。
うーーん、俺は高校生だから入学試験を受けた。合格したくて勉強をした。そして今、志望校の生徒だよ。でも俺が受かったから、知らない誰かが不合格になったと思う。でも、それは俺のせいじゃないよ」
我ながら、うまい答えを見つけたぞ。
「みんな同じにやっているから、やっていいってわけね。そりゃアタシも高校、短大と受験して合格したわ。そのために落ちた人もいるでしょうね。でも、その人達は努力が足りなかったのよ。力が足りなかったんだわ。だけど、今のアタシは君に阻まれたのよ」
涙目で睨みつける!
「ただ相手が分かるだけだよ。お姉さんの言い方を借りれば、必死になっていたかも知れないけど、必死さが足りなかったことになるんじゃないの? 必死になる努力が足りなかったんじゃないのかな?」
俺だって必死だった。必死と必死のぶつかり合いだ。
「うるさいわね。必死なアタシを見ても、君は譲らなかったと言っているのよ」
「俺はお姉さんより桜の方を助けたかっただけだ。それだけだよ。お姉さんの人生はお姉さんのものだ。俺なんかがどうにもできないよ」
俺はこんな言い方しかできない。くそっ!
「そうよ。また、希望がない生活に逆戻りよ」
俺との言い合いを
人生を悲観する小百合さんをこのままにできない。少しでも何かしてあげたいな。
「高校生の俺が大人の人にうまく言えないけど、必死にTシャツを持っていたお姉さんは、泣きながら訴えるお姉さんは、かわいかったです。心が動きました。つかみ取れないくらいに、心がバタバタと暴れました」
特に飾り付けてなんていない。俺の本トだった。
「でも、君はそいつの方を選んだでしょ」
小百合さんはTシャツを着ている桜を見た。
「それは先輩に似ていたからです。先輩の苦しむ顔は見たくないんです。でも、お姉さんがかわいく見えて、
ハ、ハズイな。
俺の目線は小百合さんから逃げた。
「な、何、
でも、なんか、お姉さんは照れてる。本トは嬉しいんだけど、素直になっちゃいけないような、同級生と同じくらい親しみやすい顔になった。
「これ以上、俺も気の利いたことは言えないけど、今後のヒントになると思います」
「泣き顔がかわいいのがヒントね。なんにもならない気がするけど、まあ、いいわ、もう。……でも、人と話すっていいことね。生活状況は全然変わらないけど、気持ちが少し上を向いた気がするわ。……そうだ! また会ってよ。携帯の番号とか、メアドを教えてよ」
話しながら小百合さんの顔は晴れやかになっていった。ギュッと握ったスポンジが、開いた
「すいません。俺は携帯もスマホも持っていないんです。親が許してくれなくて」
マジで俺は持ってない。
「そう、厳しいのね。じゃ、家の番号でもいいわ。教えてよ」
「家のですか? かかってきたら、親になんて言えば……」
女からの電話なんて、小学校の連絡網でかかって以来、ないよ。
「友達と言えばいいじゃない。女友達よ」
小百合さんは、絵本を買ってもらった女の子のように嬉しそう。
「小学生以来、女友達なんて、いたことないですよ!」
「今日からできたことにすればいいでしょ。また、話し相手になってよ」
もっと絵本が欲しいと、おねだりするかのよう。こんな顔なんて、受けとめたことなんてないよ。そうだ、俺なんかより……。
「彼氏はいないんですか?」
「いれば苦労しないわよ!」
しゃーないってところか。
「はあ、分かりました。家の電話番号は○○‐××××‐○○○○です。でも必ず先に親が出ると思いますよ」
わっ! 番号を携帯に登録しているよ。
「構わないわ。アタシは
すっきりした顔になってる。
「そうか、名前はまだでしたね。俺は夢草華図樹です。………という漢字です」
また、携帯に登録してる。
「華図樹君か、よろしくね。アタシの番号も教えるわ」
「いいえ、結構です。自宅から女の人に電話なんて、かけられないし、わざわざ公衆電話まで行ってまでの用事もありそうもないので」
実際にそうだ。
「な~んだ! つまんないな! けど、なんか少しは気分がよくなったわ。ローズ様には悪かったけど、もう、どうしようもないしね。……あーあ、服が破けてるわ。ゲッ、下着が見えてる! 見たなー!」
おどけた怖い顔。
「見えませんよ。ここからは下着なんて、見えませんって!」
慌ててしまう。
「ハハハ……。かわいい! 年下の男の子か、なんか、いいわね」
期待が膨らんでるぞ。俺はそんなんじゃないよ。
「からかわないでください!」
「フフフ、やっぱり、かわいいわ。……服も破けているし、アタシはもう帰るわ。アタシも、男子高校生の裸を見れてよかったわ」
小百合さんはマジマジと俺の体を見つめてる。
俺はTシャツを桜に貸したままだ、上は何も着ていない。
「裸って、上だけですよ」
「フフフ……、また電話するから会ってよね」
もう友達気分を出している。
「はい、友達としてです」
「いいわよ、それで。じゃあね」
小百合さんは軽い足取りで行ってしまった。
「ごめん。二人だけで話をしてしまって」
俺は桜を向いた。公園には桜と俺が残されていた。
「いいえ、わたしも良くなりました。華図樹さんの力が、怖くなっていたんです。でも、それは華図樹さんのせいじゃないんです。
きっと、わたしとの相性もいいんです。そのことを思い出しましたし、他の女性と話していて、華図樹さん自身はちっとも怖くないことも分かりました。少し安心しました」
力とか、相性とかよく分からないけど、無用な畏怖が消えてよかったな。
でも、なぜか、俺の名前を知ってるぞ。
「どうして、俺の名前を知ってるの?」
「さっき、自己紹介を聞きました」
そうだった。小百合さんに言ったな。
「ああ、そうだったね。けど、俺はまだ何も聞いていないよ。君が桃源郷から来た花の妖精ということだけしか聞いてない。消えてしまったローズは、どこへ行ったのか? パートナーって何なのか? なぜ君達が闘っているのか? あの飛び散っている花びらは何なのか? そして最大の疑問は、……」
「最大の疑問ですか?」
「そう、なんで、桜、君が葉波先輩に似ているかと言うことだよ。偶然にしては似過ぎているんだ。そっくりと言うより、同じ顔なんだ。体形は少し違うかも知れないけど」
俺は自分のTシャツを着てる桜の胸を見る。柔道着の時には、同じくらいと思ったけど、Tシャツになると良く分かる。先輩よりも大きい!
「わたしには分かりません。華図樹さんの言う先輩も知りません。わたしは偶然と思います」
「偶然にしては似過ぎてるんだよ。でも知らないのなら仕方ないな。これ以上、どうこう言っても変わりそうもないか。それで、君達はなんで闘ってるの?」
「あのー、もう日が暮れそうです」
ここで、いきなり話を逸らす?
「そうだね。何かあるの?」
「わたし達は日が出ている時間だけしか、実体を持てません」
「日が暮れたら、どうなるの?」
「今はパートナーができたので、華図樹さんの中に入ります」
お、俺の中って!
「入るって、どういうこと?」
「特に何もないですよ。妖精の精神が人間の中に入るだけです。入っている間、華図樹さん自身には違いはないはずです。
わたし達妖精は、夜には意識がありません。眠っているのと同じです。日が昇れば再び出てきます。
わたしの服と靴は体の一部のように振る舞いますので、一緒に消えますが、借りた服は残ります。申し訳ありませんが、拾って回収してください。貸していただき、ありがとうございました。
あと、大量の花びらは日が暮れて、しばらくすると消えてしまいますので、掃除をしなくても大丈夫ですよ。
もう日が沈みます。朝まで一時のお別れです。詳しいことは明日説明します。しばしの間、さようなら」
ポッ!
「マジで消えたよ!」
桜の姿が消えた。
ポトンと俺のTシャツだけが地面に落ちた。
「なんだよ、何も分からずじまいかよ。でも、鮫島さんの話から、最後まで勝つと、パートナーは桃源郷へ行けるらしい。振られたから、逃げ場所にいいかも知れないけど、一生って言っていたし、全てを捨てて行くっていうのは、考えちゃうな……。
そんなことより、ここって、どこの公園なんだ? 帰り道はどっちだよ?」
ひっそりとした夕暮れの公園に、一人立っていた華図樹であった。
■【第四話、ここまで、165段落】
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