第3話 第一章 闘う妖精(3/4)
【前話まで:
「裸なら、あなたは嬉しいんじゃない? 知っている誰かと似ているんなら、なおさら見たいんじゃないの?」
小百合さんが誘惑の声!
俺は脱いでいる途中なので、裏返ったTシャツのために視界がほどんどない。桜の姿は見えなかった。
「え? あっ、まあ、そう言われると、そうかも知れないけど、……。
うーーーーん、見たくないわけじゃないけど、俺は、女の子のかわいそうな姿は見たくないんだ! 笑顔をしている女の子の裸がいいんだ!
あ、いや! 変なことを言っちゃった! と、とにかくTシャツを脱がせてよ!」
ザッ! ブン!
俺はかがんでから、立ち上がりながら力強く押さえている手を振り払った。
小百合さんの手が外れたぞ!
俺は
見ると桜は地面に尻をつき、ローズの蹴りをひたすら防いでいる。桜の周りに、小さい薄ピンク色の花びらが、たくさん舞っている。
花びらが血飛沫なら危険だぞ!
尖った氷が俺の額を
俺は焦った!
「早くしないと!」
脱いだTシャツを桜へ投げようとした。
「ダーーーーメーーーー!」
俺が振りかぶった手に小百合さんが抱きついた!
そして、すぐさま、俺がつかんでいる手ごと、Tシャツを腹に抱えてしまった!
背中を丸めて包み込もうとする。
でも、Tシャツは完全に奪われていない。俺の手はTシャツをまだ握っている。
けど、引っ張り出せない!
「放してよ! これは俺のTシャツだ! 桜に渡すんだ!」
「いやーーーー! ローズ様が勝つのよ! これを渡さなきゃ、すぐに決着だわ!」
逆に、小百合さんは俺からTシャツを奪おうとさえする。
「俺だって、嫌だ! 俺は、あんなかわいそうな先輩を見たくないんだ!」
「かわいそうな女の子って、いいじゃない! かわいそうな子の裸って、いいじゃない! 男の子はそういうのが好きなんじゃないの? それに知っている女の子の裸なんじゃないの……。あ! もしかして、好きな女の子なんじゃない? その似ている子って!」
男子高校生の痛いところを突いてくる!
小百合さんさんも必死なんだ!
「もう、うるさいな! 早くTシャツを返してよ!」
「図星なんだ。好きな子なんだ。その似ている子! ほら見なさい! 君の好きな子がおっぱい出して、やられているわよ。萌えるでしょ! たまらないでしょ!」
男の本能を炊きつけようとする。
「嫌なんだ! 俺はかわいそうな女の子は見たくない! 俺は女の子の笑顔が好きなんだ!」
くそっ! こんな形で、足踏みなんて、やってられないよ!
俺は小百合さんからTシャツを引き抜こうと、腕に力を入れる。
でも、抜けない!
もどかしさに、小百合さんを見た。
涙を流しながら、必死にTシャツを抱えていた。
高校生の俺は声が出ない!
「アタシはかわいそうじゃないの?」
小百合さんが涙でぬれた顔を上げて、俺を見た。
ぬれた頬に多くの髪の毛が、まとわりつき、呪いの老婆のよう、化粧も崩れに崩れて、嘆く妖怪みたいだ。こんなにぐちゃぐちゃな女性の顔は、俺は初めてだった。
「あっ……」
俺は熱い涙で訴えてくる小百合さんに、うまく言い返せない。
「アタシだって、かわいそうなの! アタシも助けてよ。アタシも女よ! 助けて! 守って! 君が男ならアタシを守ってよ!」
「うっ、お、俺は……」
男女の修羅場で見るような女性の泣き顔!
強風に晒された旗のように、俺の心はバタバタと言っている!
風に震える旗の隅を、うまくつかめないような、焦りともどかしさが同居した感覚に、俺はTシャツを渡すという目的を見失いそうになる。
「下着をお願い!」
桜の声だ。
俺は反射的に見る!
細い背中が必死に防戦している! 地面は花びらで真っ白な程にピンク色だ。花びらが血飛沫の代わりなんだ、桜がもっと危ない!
「俺は桜を助けたいんだ!」
俺は目的を取り戻した!
でも、Tシャツは抜けない! なんとか、Tシャツを引っ張り出したい!
俺は小百合さんに言い返す!
「お姉さんは暴力を振るうローズの味方をしている。かわいそうな顔に見えるけど、暴力の擁護者だ!」
俺は高校生だ! こんな風にしか言えなかった。
「君がTシャツを渡そうとしている子も、暴力で、ほら、君の嫌いな暴力で、ローズ様に対抗しようとしているのよ。一緒よ! 君も暴力の擁護者になるのよ!」
小百合さんは、泣き顔を奮い立たせている。
俺だって、負けてなんていらない!
「違う! 桜はお姉さんに手を出していないけど、俺はローズにやられたんだ。関係ないのに俺は蹴られたんだ!」
「関係あるわよ! パートナーでしょ!」
小百合さんからも出たぞ、パートナーと言う言葉が!
でも、今は言葉の意味なんてどうでもいい!
「し、知らないよ! パートナーなんて! そんなことより、Tシャツを放せ!」
俺はもう一方の手で小百合さんの腕をつかみ、Tシャツから外そうと力を入れる。
「ローズ様! 早く勝って!」
小百合さんがローズへ叫んだ!
ローズが俺達の攻防に気付いた!
Tシャツを取り戻せないでいる俺に気付いた!
「うらー、オレの下僕に手を出すなー!」
ローズが桜の攻撃を放って、こっちへ走ってくる!
「ま、また、来た!」
背中の痛みが蘇る!
俺はTシャツをつかんだまま、ローズの反対側へ逃げようとする。
必然的に小百合さんがローズ側になった。ローズの攻撃が小百合さんに当たってしまう。
ドンッ!
「きゃー!」
Tシャツから小百合さんの手が放れた。
「やったー!」
俺は少し離れてから、Tシャツを渡そうと、俺は桜がいた方向を見る。
「いない! 桜はどこへ行ったんだ?」
キョロキョロと見回す。
「助けに来たのに、なんでお前が邪魔すんだ!」
ローズが座りこんでしまった小百合さんを蹴っている!
防衛本能のためか、小百合さんの手が反射的に出てる。その上からローズは小百合さんを蹴っている!
味方を蹴っている!
ローズは、自分の行動が分かってないかのようだ。
「やめろ! 仲間じゃないのか!」
「っんだと! こらー!」
わがままなガキ大将の目を向ける!
こっちへ来るぞ! ローズは怒りの塊と化している。
「こっちです!」
後ろから桜の声!
でも、ローズが近い、目を離すと危ない! けど、俺はチラッと声の方を見た。
2つの白いふくらみ!
「やべっ!」
見ちゃいけない!
俺は目をローズに戻し、Tシャツを自らの真横に突き出した!
「ほら! これ!」
すぐにTシャツがもぎ取られた。
ローズは、もう目の前!
ズガンッ!
ローズが体当たり!
ダン! ゴロゴロ
「いってーーーーーー!」
また、俺は地面に転がされた。
「ローズ! こっちです!」
這いつくばりながら、俺は見た!
もう桜はTシャツを着ている。
桜に向かって走っていくローズ!
最小限の動きでローズの攻撃をかわす桜! 同時にローズへカウンター!
桜の重そうなパンチが、ローズのボディにヒット!
腹をえぐる!
ヴォグゥーーーーーーーッ!
間欠泉のような勢いで、ローズの口から勢いよく、大き目の黄色い花びらが大量に噴き出す!
辺りに、
その花びらが、見る見る目の前の空間を埋めていく。
大量だ! 思った以上に大量だ!
桜とローズの姿を飲み込んで、花びらが空中に濃密に充満していく。
大晦日にやる紅白のトリを勤める演歌歌手に撒かれる紙吹雪以上に、大量の花びらが宙を舞っている!
花びらが舞うエリアの外から見ている俺からは、二人の姿はもう、かすかにも見えない。
噴き上がる黄色い花びらが丸いドームを作り、ヒラヒラと落ちていく。
あたかも、花びらを貼り付けて作った丸い屋根の小屋が、出来たかのようだ。でも、花びらはゆっくりと、どれも同じ速さで地面に落ちていく。
幻想的だ。
花びらだけを見ていると、美しい花びらの海を上へと進む小船に乗って、ゆっくりと自分が空へと向かっていると、錯覚を起こすほどだ。
俺は、立ち上がるのも忘れて、はらはらと舞い落ちる花びらに、見とれていた。
でも、花びらにだって限りはある。少しずつ視界が晴れ上がってくる。
最後の1枚が地面に落ちた。全ての花びらが地面に落ち切った。見ると、積もった花びらの真ん中で桜がしゃがんでいた。
ズン!
桜の腕と上半身が動いた。
倒れたローズに突きを1発入れたようだ。
俺が立ち上がった頃には、ローズは黄色い花びらに埋もれ、もう動いていなかった。
「ローズ様ーーーーっ!」
小百合さんが泣きながら、積もった花びらを蹴り飛ばしながら、倒れているローズのもとへ走っていく! 誰はばかることなく、すがりついた!
俺も、スネの半分から下が埋まるほどに、積もった花びらを踏みしめて、桜の所へたどり着き、聞く。
「倒したの?」
「・は・い・」
短い答えだが、なぜか桜の声は震えている。
桜は嬉しそうじゃない。俺は悪い方に思考が向いた。
「も、もしかして、ローズは死んじゃったの?」
桜は責任に背中を押された顔を俺に見せる。
「いいえ、これから消します」
「け、消すって! どう言うこと!」
桜は俺の言葉には答えず、ローズの傍らにしゃがむと、ローズの腹に手を乗せた。
スッと、ローズの体が消えた。
大きめの黄色い花びらと入れ替わったように、消えてしまった。
ブフッ!
小百合さんが、その花びらに顔をつっこんだ! ローズの胸に顔を乗せて泣いていたところへ、体が消えたから必然的に落っこちたのだ。
「人が消えた?」
花びらと入れ替わったように見えたが、消えたというのが一番のインパクトだ。
桜は立ち上がって俺を見た。
きれいな先輩の顔、きれいと言うのは傷も汚れも無いって意味だ。Tシャツの袖から出ている腕にも、ローズの攻撃を防いだ時の傷やアザなんて見えない。きれいな、お風呂上りの腕に見える。
桜は義務であるかのように、俺の問いに遅れて答える。
「大丈夫です。ローズはわたしの配下に入りました。死んではいません。死んでませんが、もう生きて故郷には帰れないでしょう」
死んでないと言いながら、知り合いの死を受け入れたような面持ちだ。俺は蹴られたけど、ローズが心配になる。
「そんな、死んじゃうの?」
「わたし達は死にません。今までのローズでは、故郷に入れないんです」
「死なないって? それに、故郷? 故郷ってどこ? 君達はどこから来たの?」
人が消えるなんて変だ!
尋常じゃない!
俺は桜の故郷に、その理由があると直感した。
「桃源郷です」
どんな外国かと思ったが、思いもよらない答えが出た。
「桃源郷?」
「はい」
桜の返事ははっきり聞こえるが、俺から距離をおいてるような声に感じる。それでも、俺は桃源郷の名前は聞いたことがあった。同じか確かめよう。
「桃源郷って、桃の花が1年中咲き乱れる、理想郷のこと?」
「はい」
最大の問いが俺の手元にやってきた。
「き、君達は人間なの?」
ローズは消えたし、死なないと言うし、あんなに激しく闘ったのに、きれいな顔のままの桜も不思議な感じだ。
俺が貸したTシャツだけが汗ばんでいて、桜の体はスパッツや靴も含めて汚れていないように見える。
きれい過ぎる。
「わたし達は人間ではありません。花の妖精です」
言い終えた桜は、唇を真一文字の結んだ。
俺には岩のように力強く、そして、誇らしげな大輪のように美しく見えた。
■【第三話、ここまで、180段落】
【桜の正体が明かされました。やっぱりですね】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます