煙に濁る



 煙草を喫して吐き出すという行為に何らの泡沫も見出せはしないのであるが、それでも息が続くというなら、そこの水域を少しばかり煙で汚したくなる、であれば、幾許かは意味を見出せよう。それが命の色を濁らせるだけのものだったとしても。


 寒天かんてんに向けて煙草を吐き出すよりも、籠もった部屋で煙を濁らせたいと思うのは、いささかの逆心であるのかもしれないし、ではそれは世の中に向けられたものか、あるいは自分の怠惰たいだな生に――あえて甘えるという形で、裏返そうというのか、見当はつかずとも、夢見がちな鮟鱇あんこうは、部屋の壁紙とともに、煙に濁る。


 上向かぬ心を投げ出して、差し出して、煙草を喫することに倦怠けんたいを委ねて、それでなお上を見やれば海面、光の差す気配はないのだが、それを自嘲と捉えても愚かしさがおぞましく、やれ立ち上がれだのと自分に言い聞かせてみても、答えなど明白で、ただ水面を見る。


 ああ、どこに向けて煙を吐け出せばいいのか、そのくらいのことさえわからぬものを、前に進む意思があろうとて、どうして、一歩よりも、一℃よりも、ぬくもりなどとうに意味はなく、安穏はあふれれば役を失い、まさか、どうして、ただひとつ吐く煙の行方だけを気にして!


 魔法は解ける、息を枯らして。


 命よりも答えよりも今日の今が絶え間なく、煙草を喫してもいつかの今に吸い尽くすならば、おそらくコーヒーのそれもそうなのであろうし、果ては自分の命もそうなのであろうから、絡繰からくりに溺れてみるとしても今は怠惰とともに連続し、煙草のそれもコーヒーのそれも、今に溺れて、顧みず、また今に溺れる。


 煙草を喫する、命に溺れて、今を枯らして。


 喫するよりも、いくらでも今はあろうものを、もはや海面さえろくに見やることなく、煙の行方を気にして、人と人を継いで、絡繰りの中で、やはり生きている。




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