アルトではないアルト



本当の意味で

僕が詩人だった試しなんて

本当にあったでしょうか

この世に詩人がいるとして

それはいったい

誰がふさわしいのでしょう


夢を積み上げて/もう一度、二度、三度

それが本当に夢と-呼ばれるものだったかなんて

わかりやしない≠さあ、テンポを上げて!

どのように/わかりやしなくても


時計を見れば

まだ日付が変わるまで少しあって

その少しとは

煙草を喫することを続けたとして

吸わない

コーヒーをひとくち

苦さが甘みに変わるよ


ねえ、自由に/言葉という囲いから

出ないことを是として/自由に≠自由

あきらかな失策で

そ知らぬふりで

どうこうしたって

テンポはいくらでも裏切るさ

間違えたな

少しばかり多く間違えたな

もう戻れやしなくても

テンポは時折

正しいだけのものになる

積み上げてみろよ/四度でも、五度も、六度も

何を積んでるのかなんて-わからなくても

時折はそれを

テンポが正しいものとしてくれる=間違い

積み上げるしかないんだろ/どれだけ積んでも

どうやって気の済みようがある?

僕はテンポにはなれない

詩人なんて

きっとなおさら


コーヒーをひとくち

苦さが甘みに

それが関の山


アルト

滑り落ちるアルト

いつぞやも会ったね

まだ歌っているのかい

ひとりきりで

もはや主題たるべき主題もなく

滑り落ちては滑落して呑まれ

憤りに似たそれで歌って

失意と失望を交互に重ねる

だって、ねえ

滑り落ちるアルト

きみのそれは

もはやとうに

歌声とは言えない

振り向かれないのが当たり前で

厭われるのが真っ当な反応で

必然に近しい帰結を確認するために

アルト

ひとりきりで

きみはまた歌うね


歌いたいのかい

歌うしか知らないのかい

滑り落ちるアルト

とうにアルトではないアルト


本当の意味で

僕が詩人だった試しなんて

アルトは他の何かで

この世に詩人がいるとして

それはいったい

アルトがアルトであったとしても


アルト

きみはやっぱり

歌うしかないゆえの歌を選ぶ

あるいは歌いたいがための

滑り落ちるアルト

歌ってよ

聞くから

悲鳴とも言いがたいその歌声を聞いて

心地良いなんてもちろん言えない

気分を害し

吐き気を催して

憎み

その喉を潰そうかとさえ思う

詩人になんて

なれないでいる

アルト

滑り落ちるアルト

歌ってくれよ

それでも


『空っぽの脳髄にコーヒーを流し込んで、言われたとおりに、主題たるべき主題もないままの、さあ、さあ、六本足で尻尾の長い亀だよ。尻尾が長く、切ってもすぐに再生する。首は引っ込めたまま、ただの一度も出さない。お前が嫌いだから、見たくないんだ』

滑り落ちるアルト

きみがそうでないように

ぼくもまた

なれない

『世界中の人間を前ならえの、勢揃いさせたいなんて思いやしなくとも、お前は憎むよ。お前に足りないものを、お前を超えてしまうものを、お前と全く違う何かでできていて、明白でなくとも、お前の精神にどんなささいなものであれ、その神域を冒すものを、お前は憎み、いっそ害したいと思い、勢揃いなどとくだらないと、否定しながら、否定するがゆえに、差異を肯定するゆえに、お前は傷つくさ。特に、お前の脆弱な精神の、脆弱であればこその、神域を冒す何ものかを、憎むよ。害したいと思うよ。揃わせようとさえ思わず、排除したいと思うだろうよ』

詩人は世界を愛するか

詩人は世界を憎むのか

言葉で何を救おうと試みる

語と語を組み合わせて何を成す

誰かの苦笑が得られれば重畳として

それは真実には違いなくても

何も求めてはこなかったじゃないか

世界を愛さず

嫌うこともできず

救わず

成さず

『間違いなく言えることは、お前もそうやって思われてきた。勢揃いを望まぬものに、それゆえに憎まれ、勢揃いを望むものには、それゆえに、いっそ排除してしまいたいと』

わずかにも綻ばせたいのだと

それは真実には違いない

アルト

きみは僕なのだとは言わない

それでも限りなく僕に近しいよ

僕がきみに近しいよ

そっくりだよ

金切り声未満の歌で

何を成せると思うのか

誰かの心を掻き乱すことを

望んだ是だと言えるのか

教えてくれよ

頼むから

教えてくれ

悲鳴のがましだと思えるほど

そんな歌声じゃ

何もわかんねえよ


コーヒーなんて

飲み切ってしまったよ

日付なんて

とうに変わってしまったよ


日付が変わる

そうでなくとも時は過ぎる

忘れたくない景色がたくさんある

あるいは

アルトがアルトだった頃の

ソプラノや

テナーやバスに

もしかすればオーケストラが

きみは知っているのか

その景色を

覚えているか

覚えていたいと思っているのか

とうに忘れたか

思い出したいとは思わないか

もしくはそんな一瞬はどこにもなくて

望んでもおらず

ずっとひとりきりだったのか

かつてはアルトだったのか

それともずっと初めから

アルトではない別の何かだったのか

歌えよ

歌えよ

失ったと思えばこそ歌えよ

惜しくないと思えばこそ歌えよ

覚えていたってつらいさ

なくしていてもかなしいよ

歌えばいいじゃないか

どうせ何も変わりやしないのだから

書けというのか

忘れるために

コーヒーをもう一杯

冗談も休み休み言えよ

『強がるなよ/コーヒーなんて』

『苦さを甘みとして/事実そうでも/悪い冗談だ』

『麦茶がお前だよ/壊れた冷蔵庫でよく冷えた』

『麦茶が/ただのお前だよ』

『もし紅茶が詩人だと/もし/言うのならば』

『できないさ/なれやしない/やれやしない』

『壊れた冷蔵庫で/よく冷えたろう』

『お前はこれからも/忘れていく』

『得るものより多いか少ないか/数の問題じゃない』

『いや/あまり正しくない言い方だったな』

『お前はこれからも/忘れていく/そして』

『とっくのとうに/多くを/もう忘れているよ』

『もしお前が/お前のステージを/覚えているというなら』

『幻か/あるいは何か/とにかくそういうものだ』

『さあ、書けよ』

『もう決して、この世のどこにもない』

『嘘つきの嘘を』

『重ねてしまえよ』

『さあ、書け』

『冗談も休み休み』

『どこが似てるって』

『お前と何が近しいって』

『書くことしか知らない』

『書きたい』

『歌うことしか知らない』

『歌いたい』

『なるほど確かにそうかもしれないが』

『冗談も休み休み』

『お前はもしかしたら詩人でも』

『アルトじゃない』

『嘆くな』

『詩人のなり損ないなんかに』

『こんな特上の席、譲れるわけがない』

『お前がいるのはどこか/自分で知っているだろう』

『望みようのないものを望んで/嘆くな』

アルト

何を歌っている

耳が壊れそうだ

何もわからない

愛の歌か

悲痛を称えているのか

世界を壊そうとするゆえか

耳が壊れてしまいそうで

何もわからない

『亀は顔を出さない。お前が嫌いだから、見たくないんだ』

救わず

成さず


詩人であることを

いくらでも捨ててやろうと思うほどに

目前の侘しさのうちに

滑り落ちるアルト

決してアルトではないきみの

ひとりきりで歌う声の中に

答えを見たくなる

気分を害し

吐き気を催して

憎み

その喉を潰そうかとさえ思いながら

耳を塞ぐことをこらえて

失意と失望しか得られないと知りながら

もう半ば壊れてしまった耳で

そこに答えを求めたくなる

ずいぶんとずるい作法だ


歌いたいのかい

歌うしか知らないのかい

コーヒーは飲み切ってしまって

もうとうに

きみの歌は耐えがたいよ




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