夜明けの続きで



夜更けと夜明けの続きに生きて

言葉を探している


きみとは誰であるのか

その回答を得たとしても

それがどれほど正答に近しくとも

どうしたって堂々巡りの

夜更けと夜明けの続きに映る

自分の生きざまが

滑稽な悲劇であることを

感涙をこらえきれない喜劇であることを

程よく祈っているよ

言葉などで

追いつかない


暮れるばかりでは足りないと

一夜いちやは沈む

幾度だって憂悶ゆうもんに溺れさせてやろうと

そう思えばこそ

一夜は旗を巻く

どうせ夜は明ける

次の一夜が

手ぐすねを引きながら

ただの例え話だよ

もとよりが

この渦巻きのほとんど全ては

真っ暗でできている

そうでも思わなきゃ

暗夜に祈れない

程よく

言葉では

半夜にも負ける



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 ディレクターと僕と後輩のプランナー、三人そろってビルの駐車場に降りてきたのは、煙草を吸って休憩をするためではなかった。煙草を喫しながらの会議を行うためだった。普段から熱心に煙草を吸うではないディレクターの今野こんの陽南ひなみ女史のために、セブンスターを一本渡した。陽南女史にとっては重すぎる一本なのだろうが、後輩のプランナー、浅子あさご暢成のぶなりが持っていたのはリトルシガーで、それでは話にならなかった。

 夏が澱んだビルの駐車場に、一階、玄関フロアからの冷気がわずかに漏れてきていた。駐まっている車はすぐに数えきれる。指を折るとして、片手で事が済む。深夜の二時を過ぎていることを考えれば、当然のこと、もとよりこの駐車場は、猫の額をふたつ繋げた程度の広さしか持たない。

 いったい何に迷ったのか、僕にまとわりつこうと飛んできた蛾を、煙草を持っていない左手で払った。それでいったいどれほどの鱗粉が僕にふりかかったのか、見当はつかなかった。

 当然と言うべきか、僕と暢成は待っていたと言うべきか、まず話の発端を掴み、喋り始めたのは陽南女史だった。女史は二、三、喫しただけで、後は煙草を口にくわえないでいた。やはり女史の口に合わなかったのだろう。

「開発を請け負ったのは我々、先方は無茶なリクエストをする。できないものはできない、が、本当にできないのかどうか、検証はしなくちゃならない」

 どうしてか、払ったはずの蛾が舞い戻る。ふと右手が出そうになりつつも、改めて左手を振り、僕の視界から追いやったところで良しとした。

「もっとも難しい難易度を、今からひとつ追加しろと先方は言う。先方はただ敵のパラメータを強くすればいいと思っているが、そう易いものでもないだろう。後進育成のためにまず暢成に聞きたいところだが、時間がない。景一けいいち、問題点を並べて言ってくれ」

 そもそもが、納期を間近にした追い込みの状態だったのだ。このに及んで、教育に時間を割く余裕など、あろうはずもない。問われ、僕は思いつく限りを述べた。

「人が人に溺れること、夜が世に浸ること、言語というもの自体が持つ限界、そして、求めることを求めてしまうこと、以上の四点です」

 どうしてか、何が気に入り、何を求めているのか、蛾はまた僕のところに舞い戻ってくる。ふらふらと惑うようでいて、それでいて途切れなく近づく、僕が陽南女史に対して抱く恋慕のようだと、そう思わないでもなかった。煙草を持っている右手を差し向けたなら、この蛾はどうするだろう。鱗粉は焦げるといったい何になるのだろう。

 やはり女史は煙草を指で挟むままにしながら、僕に問いを向けた。

「現状、エンジニアは追加の人員を頼んでいるくらいだ。それを計算するものをこしらえる余裕はないな。景一が表計算エクセルでどうにかするとして、少なくとも致命的な不具合にはならないと確認できるまで、どれくらいかかる?」

 僕は煙草をひと吸いして、体面のうえで悩むふりをするが、答えは明白に過ぎるものだった。

「ちっとも。何をどう計算してみても、言葉が祈りを超える瞬間なんてやってきませんし、その祈りが、人を、夜を、ねじ伏せるなんて、かなうことではありません。ましてや、求めたいと求めてしまうことを捨てるなんて、おおよそ、根底のうえでは、人が人である限りは」

 聞きながら、女史は工数を見積もっていたのだろう。さして間を置かず、暢成に指示を出した。

「いくらか、暢成には、景一がやるはずだった分のタスクを肩代わりしてもらう。今は別チームの作業も兼任しているだろう? そっちから離れるよう、ディレクター間で交渉する。その分をあてるんだ。見切り発車でかまわない、責任は私が持つから、今からすぐにやってくれ」

 本来なら僕がこなす予定だった作業、すなわち、まだまだルーキーである暢成には荷が勝つ仕事ということ。それでも暢成は気丈に、そして神妙に頷いた。それを確認すると、女史は僕に向き直る。いつもはわざと戯けているようなのに、今は真剣な面持ちを隠さずに、言う。

「景一、諸々、頼む。これは私の切なる願いで、いつも感じていることだが、くれぐれも完璧を望むな。致命的な不具合にはならない、それが計算上で確認できればそれでいい。そこですぐにやめるんだ」

 ディレクターである、ということ以上に、女史は僕のことを見てくれている。おそらくは人として。人が人に求めることを求めたゆえの、結実として、それはあるのだろう。

「ええ、ちっとも。とうに答えなんて出ています。人は人に溺れますし、夜は世に浸ることをやめません。言語はそれそのものの限界を破れず、それと、やはり、僕はあなたを抱きたいと思ってしまうんです。心はもちろんですが、結局は、その体も」

 次に蛾が戻ってきたら、火の点った煙草を向けてやろうと待ちかまえていたのに、ついとどこかへ行ってしまって、煙草の火は、フィルターを溶かしかねないところまで至っていた。



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夜が育む命に

敗れるものとは何ですか

夜が迫る煩悶を

砕くことに意義がありますか

答えられますか

求めることはやめられるかもしれない

それでは

求めることを求めたいという願いは

消し去れるものでしょうか

答えていただけませんか


どうぞ厭ってください

胸奥きょうおう嫌忌けんきで満たし

魂の内側のけがれとみなして

塵芥じんかいとして払ってしまいたいと

どうぞ望んでください

あなたがあなたである限り

わたしは内側にあり続けます

あなたが淫らにも霰灰あらればいになるというなら

いくらか話は違いますが


ゆめゆめ、誤解なきよう

灰などと、とんでもない

どうぞ厭ってください

けがれとみなして


答えてください

夜が育む命が

求めることを求めて

かつえるゆえに欲しがったがために

すがれぬ涙をごまかそうとしたゆえに

あなたが手にした

そこにあるものは?

かつてあったものは?

そして、これからのそこには?


どうぞ厭ってください

わたしはあり続けます

あなたが消し去りたくないと願うものと

ほとんど同じに



////////////////////////////////////////////////



程よく祈るばかりだよ

崩したくない積み木を

勤勉に間引いていくような

笑止千万の悲劇

涙の甚雨じんうを誘う喜劇

また一夜が訪れる


程よく祈るばかりだよ

きみがいてくれてよかったと

そう思うほどに

答えられなくなる




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