ゆるやかに : BPM279
リズムは流れる
ゆるやかに拙く
目にもとまらないよ
張り詰めた鼓動で逆巻く
動的な停滞が乱雑につんざいて
あふれては
電光石火のスローテンポで
静止に似たBPM279を
刻んだりしてくれるな
刺してしまえよ
光の速さで
時を止めながら
熱狂の渦に気持ちを撥ねのけられないように必死になって、結果的にチケットのことを思った。ドリンク代別と書かれている紙きれのことを。こうして客席に場所を得ようとすれば、何かしらの飲み物を注文する必要がある。たいていの場合、小規模なライブハウスは飲食店として届け出をしているから、必然、そうなる。何も注文をしないで座っていられるレストランはない。店内でクラシックを流していたりするレストランと同等のところに私はいて、しかしながらこうして、何も満ちず、削られ、失うことでしか命を全うできないでいる。ステージの側に立たなくなって何ヶ月だったか、半年には及んでいないはずで、もはや思い知るばかりとなれば、生きざまに誇りを持とうとすることをやめてしまいたくなる。ねえ、代わってよ、私と代わってよ、目の前にマイクスタンドがあるその位置を。声を出して、歌って、煽って、命を奪う役目を、今すぐに私と代わってよ。
それじゃ足りないよ。奪いきれないよ。
つまらない
だから全部、私なら、余さず、ねえ、代わって。
つまらない滓を集めすぎて少しばかり
もう一度って
思えば脅えるよ
静的な恐慌のうちにあって
歌える気がする
何だって歌える気がしてしまうよ
ロンドン橋で溺れてしまえるような
そんな根拠のなさで
結局は
受付でドリンクチケットを買ったよ
ロンドン橋が
濡れた瞳で
コーラ?
ジンジャーエール?
カシスオレンジ?
煙草が吸いたきゃ隅で見てろ!
五条大橋だってたまには
メロンソーダがいいよ
だからってさあ
喉を飲むために使うなんて!
ステージの真ん前に灰皿はねえよ!
砂糖水だろうが焼酎だろうが
喉を飲むために使うなんて!
リズムが震える
行き場なんて最初からないのは
BPM279をゆるやかに歌う私がいるから
けれど今ここにはいないから
いっそ刺してくれよ
足りないんだよ
代わって
光の速さで
時を止められないんなら
そこをどけよ
リズムは流れる
ゆるやかに拙く
目にもとまらないよ
強欲なフロアタムが秩序を守っても
調和こそが不道徳だと喚き立てる
間違いだらけだと
そんな正解のあふれかたをしていると
喉を飲むために使うって?
わからなかったのか?
かまいやしなかったんだ
命を奪ったぶんだけ命を失えるような
事実そうだったとしても
その損耗を照らし出す光さえ
ロンドン橋と一緒に落とせる
かまいやしなかった
唯一のルールは別にあった
音が光を
超えてしまう
音が光を超えてしまうということ
そうだ
光速で時を止めるより早く
音速で撃てばよかったんだ
だからなんだって話さ
電光石火のスローテンポで
ドリンク代別の叫喚のうち
どちら側にいるのだとしても
どうして声を出そうとしない?
メロンソーダなんて
実のところ
無傷でトイレに流してしまったんだよ
不調和な生きざまに溺れてみせるなら
もう一度も
もう二度とも
選び取ることが何を生むでもなくて
ジンジャーエールを?
あるいはカシスオレンジを?
もう一度?
もう二度と?
ふと
自分が歌っている気がして
本当に声が出ているのかどうかなんて
気にならなくなっていて
ロンドン橋は
なおのこと淫らで
心も体も
音に濡れる
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