夕焼けの秋


 長かった文化祭準備期間を終え、秋たちは大学の文化祭当日を迎えていた。

「今日は、今まで練習した成果を存分に発揮し楽しみましょう」

 ワックスで固めた髪がベンのやる気を物語っていた。ベンと生徒の温度差がすごい。

 秋はこれでやっと英語という名の音楽の授業期間が終わるのかと、内心ほっとしていた。

「秋、今日までありがとね」

 紗生が上目遣いで少し照れたように秋を見る。そして感謝の言葉を秋に渡した。目が合い少し照れながら。

「ん?なにが?」

 秋にはお礼を言われるような心当たりが無かった。

「いろいろと」

「よく分かんないけど、どーいたしまして」

 秋は何でもないようにそれを流した。本当は上目遣いをされた時点で沙生を抱きしめたかったが、我慢した。


「どう?ちゃんと歌えた?」

「最初の時よりね」

 C組の合唱発表が終わり、今は二人で文化祭を回っているところだ。

「最初、沙生口パクだったからなぁー」

「ふふ、成長したでしょー!」

 沙生がドヤ顔をきめる。

「あーはいはい」

「うわー、冷たい、つめたいよ!秋最近つめたい!」

「愛情表現だよ」

「えぇー」

 不服そうに頬を膨らます。凄くかわいい。

「まぁまぁ、気にしないで。ほら、たこ焼き食べな」

 そう言って沙生の口にたこ焼きを放り込む。美味しそうに食べた。

 食べてる姿が可愛くて、残っているたこ焼きをどんどん沙生の口に入れる。

「ちょ、秋もう入んない!」

「アハハ、ごめんごめん。かわいくて」

 沙生の顔がタコみたいに真っ赤になった。何かまずい事でも言ってしまったのだろうか。

 謝ろうと思ったその時だった。

「さな!ここに居たのね!さっきから何度も電話したのに!」

 ベンチに座っていた秋と沙生の目の前で、40代位の女の人が二人を見下ろしていた。手には薔薇の花束を抱えている。

 女性に抱えられた薔薇は不自然なくらい紅かった。

「え、誰?沙生の知り合い?」

 隣の沙生を見ると、さっきよりタコっぽい顔色になっていた。



「えっと、沙生のお母さんで合ってますか?」

「はーい!さなの母です」

「うん、ごめん、私のお母さん」

「ごめんて何よ!ごめんて!」

 どうやら沙生のお母さんは、娘の合唱を見に来たらしい。

「で、何の用?」

「そうそう!これを渡すために探してたのよ!はい、お疲れ様!」

 真っ赤な薔薇の花束が娘に渡された。

「えぇ、ありがとう」

 困ったように沙生が受け取る。その顔は嬉しさというより、焦燥とかそういう類のものに見えた。

「それで、あなたはさなのお友達?」

「え、はい」

「そっかー、てっきりさなの彼氏かと思ったわ」

「お母さん、秋は女の子だから」

「ええええ!何それ反則、イケメンすぎるでしょ。ごめんなさいね」

「あはは、よく間違われるんで」

 目鼻立ちがハッキリしているせいか、中性的な顔立ちの秋は昔からよく男の子と間違えられた。しかも今日C組は、白シャツにジーパン指定だったため、尚更秋の男っぽさを引き立ててしまっていた。

 だから別に、気にしてない。

「もう、お母さん早く帰ってよ」

「相変わらずツンデレねぇ」

「ツンデレじゃない」

「まぁいいわ、じゃあね二人共」

 一つに纏めた髪を馬のように揺らしながら、行ってしまった。

本当に花束を渡すだけのために探していたんだなあと感心する。

「本当、ごめんねお母さんが」

「いいって、言われ慣れてるし」

「秋はちゃんと女の子だよ」

「ん、ありがと」

 沙生の方に肩を寄せる。体温が伝わり、心が柔らかくなった。

「というか、花束凄いね」

「あぁ、コレね。何かの行事がある度に薔薇の花束渡してくるの」

「意味とかあるの?」

「無いと思う。ただ、お母さんが薔薇好きなだけじゃないかな」

「へー」

 沙生のお母さんを単純に凄いと思った。娘の行事のためだけに、わざわざ薔薇の花束を用意して出向くなんて。秋の家庭環境では有り得ないことだった。

 そもそも、最後に親が学校行事に来たのはいつだったろうか。もう、思い出せなかった。


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