3章 夢のような現実
わたしの中のこどもたち
自分の感情に囚われることがよくある。
一度囚われると、寝るまで囚われ続ける。
息をどんなに深く吸っても消えないもやもや。
これはなんなのだろう。
夜になると一人暮らし特有の寂しさが襲ってくる。その度に思い出すのは沙生のことだった。
沙生のことを考えると落ち着く。でも、それ以上に胸が締め付けられ苦しくなる。
分からない。
この気持ちが何を意味しているのか。
いや、本当は分かっているのかもしれない。
けれど今夜もわたしはそこに蓋をする。決してそれを覗こうとは思わない。
電気を消した部屋に星は見えなかった。
船見秋にとって月曜日の二限は、このつまらない学校生活の中で唯一の楽しみだった。
でも、今は少し憂鬱だ。
文化祭で合唱を発表することになった秋達は授業中ずっと合唱練習をさせられていた。
これでは沙生と話すことが出来ない。
唯一の楽しみを奪ったベンのことを嫌いになりそうだったが、沙生は歌が苦手ということを知り、彼女と放課後定期的にカラオケに行く約束をすることが出来た。それについてベンには感謝しなければならない。
-まぁ、沙生は喉が弱いから遠分カラオケはお預けなんだけどね。
実際、秋にとってカラオケなんてどうでも良かった。
沙生と少しでも一緒に居たい、それだけが秋の本心だ。
先週、沙生は秋の家にきた。秋は彼女が泊まっていくものだと思っていたが、彼女はアルバイトに行ってしまった。
外もすっかり暗くなっていたため、車でアルバイト先まで送って行こうと思ったが、歩いて行きたいという彼女に合わせ自転車にした。
あの時、秋は分かっていた。彼女が歩いて行きたいのではなく、一人になりたいのだろうということは。それでも秋は少しでも彼女と一緒にいたかったのだ。 それに、あの道は街灯も少なく、一人で歩かせる気にはどうしてもなれなかった。
沙生を送っている途中、星を見上げた彼女は言った。
「星、久々にみたかも」
同じように空を見上げた。いつもそこにあるはずの星なのに、どうしようもなく美しいものに思えた。
「あたしも、こんな綺麗だったっけ」
心が生あたたかいもので満たされる。
美しいものを心から美しいと思える、脳と心臓がやっと同じ感覚になれた気がした。
秋は今までどんなに美しいものを見ても心から美しいと思ったことは一度もなかった。
小学生の時、初めて行った夕焼けの海を見て母は綺麗だねと言った。秋も綺麗だねと返した。でも、秋の心は夕焼けの海を見ても、家でテレビを見ている時と何ら変わりは無かった。
頭では分かっていた、これは綺麗なものなのだろうと。しかし、心は一切動かなかった。あれから秋はずっと探していた、自分の心を動かしてくれるなにかを。
そして今やっと、秋は星空を美しいものだと初めて知った。
なんでもないようなこの空間全てが愛おしく、美しく思えた。
それから秋は沙生に抱きしめられた。意味が分からなかったが嫌では無かった。
いや、むしろ嬉しかった。
秋はそこでやっと自分の変化の理由を理解した。
あぁ、そうか、沙生なんだ。
ただの星空を、この世界の全てだと思わせてしまうくらい美しく変えたのは。この子なんだ。
あの日から秋は必ず夜、あの日の星空を思い出すようになっていた。星空を見上げる秋の隣にはもちろん沙生がいる。
一人ぼっちの夜も目を閉じ、あの時のことを思い出すと不思議なことに心があの時と同じ気持ちになれた。この気持ちが秋は好きだった。
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