茜色の落ち葉



 秋の家に着いたのは七時過ぎだった。


 里美のメッセが気になったが、まあ明日でいいだろう。


「夕飯、カレーでいい?」

「やった!カレー好き」

「良かった、ちょっと待ってて」


 部屋にカレーの匂いが充満する。いい匂いだ。


「はい、おまたせ」

 サラダとカレーがテーブルに並ぶ。二人で手を合わせ、カレーを食べる。

 …辛い。


 カレーは甘口派の私だが、秋のカレーは中辛だった。半分ほど食べた所で水を飲み干してしまい、汗が湧き出た。


「沙生は辛いの苦手?」

「甘口が好きだけど、辛いのも食べれるよ」

「甘口にすれば良かったなあ」

「秋の好きなので良いよ、美味しいし」


 それに、秋の家だし。

 他人の家に行ってまで自分の好みを押し付ける趣味は私には無い。



「沙生、今日泊まってく?」

「あぁー、この後バイトなんだよね」

「うそ、何時から?」

「十時」

「あと二時間しか無いじゃん。そう言えば何のバイトしてるの?」

「ココ〇のウェイトレス」

「あのドラキャラのレストランか」

「そうそう」

「何時まで?」

「一時、ラストまで」

「遅いね」


 高校生の頃は十時までだったアルバイトも大学生になれば制限がない。


 深夜帯は眠いが時給がいい為、辞めるわけにはいかない。

「沙生って一人暮らし?」

「ううん、実家だよ」

「そうなんだ、何人家族?」

 自然に家族の話題になる。

 私は家族の話が苦手だ。

 どうしても身内の話になると心がもやもやする。


 自分自身のことを話す以上に身内のことを話すのが苦痛に感じてしまう。


「三人だよ、私と両親」

「そうなんだ」

「秋は?姉妹とかいるの?」


 自分の家族の話から秋の家の話にシフトチェンジさせる。


「うちも同じだよ」

「そっか、よく一人っ子で一人暮らし許してもらえたね」

「まぁね、親あたしに興味無いし」

「どういうこと?」

「あー、うちお父さんが再婚してんだ。お母さんは違う人なの」


 あまりにもサラリとそんな事を言うから流してしまいそうになった。


 こういう時、どういう反応をしたら良いのか分からない。混乱してしまう。


「あき…」

「あはは、ごめん、そんな重い話じゃないから気にしないで!」


 秋があまりにも明るく笑うから、本当の気持ちが分からなくなってしまう。


 あまりにも唐突に、彼女の秘密のようなモノを手に入れてしまい、持て余してしまった。そんなに軽く笑える話じゃないだろうに。どうしてそんなに明るく話せるのか。

 私にない強さを持つ秋に、少し嫉妬した。


 アルバイトまであと一時間になり、帰りの仕度をする。

「バイト先まで送るよ」

 秋が車の鍵をクルクルと回す。


「ありがとう、でも歩いて行きたい気分だから大丈夫だよ」

「そう?じゃあこっちにしよう」


 秋は車の鍵をしまい、自転車の鍵らしきものを取り出した。

「そういうことじゃ…ま、いっか」


 外に出ると空気が冷たかった。


 夏が終わったばかりだと思っていたのに、案外時間が過ぎるのは速い。


 秋が自転車引いて近づいてくる。どうやら本当に送ってくれるらしい。


「寒いねえ」

 少し身震いする。

「沙生、薄着過ぎ」

 秋が上着を貸してくれた。暖かい。

「ありがとう」

 カラカラと自転車のチェーンが巻く音がする。

 少ない街灯の下、自転車の灯を頼りに歩く。


 ふと、空を見上げた。


 星が頭上に煌めく。あぁ、と溜息が漏れた。



「星、久々にみたかも」



 秋を見ると同じように星を見上げていた。


「あたしも、こんな綺麗だったっけ」


 星を見上げる秋の横顔はなんだか儚く見えた。

 さっき家に居た時の秋とは別人のように思えてしまう。

 同じ人なのに、場所とか表情でこんなにも違うのかと驚く。


 ただ、変わらないのは秋は美しいということだ。どこにいても彼女は美しい。それだけが事実な気がした。



『船見さんとあんまり深く関わらない方がいいよ』



 里美のメッセを思い出す。

 里美は秋の何を知っていて、私にそんな事を伝えたのだろう。

 私の知らない秋。

 多分、知らない事の方が多いだろう、お互いに。



 これから私はどんな秋を知っていくのだろう。そして、私はどれくらい秋に自分を見せられるだろうか。


「沙生?どうしたの?」

 秋が止まり、自転車の音と、ライトが消える。周りはほぼ真っ暗だ。

 でも、これくらいが丁度いい。余計なものは見えない方がいい時もある。


 秋の手を握った。

 彼女の両親の話を聞いた時に出来なかったことを時間遅れで試すことにした。

 そして抱きしめる。


「さな?本当にどうしたの?」



 ぎゅっと抱きつく私を、秋が困ったようにトントンと背中を叩いてくる。



 この瞬間、なにもかもどうでも良いように思えた。 様々な柵とか、人の評価とか、そういうの全部。



 ただ、秋の温もりを感じていたかった。それだけで良いような気がした。


 結局、目の前にいる秋の事を知っていくしかないのだ。彼女のことを本当に知りたければ、こうやって触れ合っていくしかない。



 私たちはどこまで知ることが出来るのだろう。どこまで知りたいと想いあえるのだろう。



 体を離す。秋は今どんな表情をしているのか、星の明かりだけでは見えなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る