むしくいだらけの日常




「ん…」

 朝起きると声が出なかった。喉も痛い。

 あぁ、と思い出す。原因はきっと昨日のカラオケだろう。結局、昨日は秋と三時間カラオケにいた。

 あんなに歌ったのは生まれて初めてかもしれない。ちょっと疲れた。

 今日はバイトも無いし、声が出なくても問題はないだろう。そのまま大学へ行く準備をした。



 一限

 大学に着くと里美が席を取っておいてくれていた。声が出ないため里美の肩を叩く。

「おっ、沙生じゃん、おはよ」

「……」

 声が出ないことを身振り手振りでアピールする。

「なに?声でないの?」

 こくこく頷く。実際、声を出そうとすれば出ないことも無いが、おばあちゃんみたいなかすれ声になってしまう。

「なんで?風邪でもひいた?」

 次はぶんぶんと首を横にふる。

「じゃあどうして?大丈夫なの?」

 声が出せないのでスマホから里美にメッセを送った。

『昨日カラオケに行ったの』

「あれ?沙生カラオケ苦手じゃなかった?」

『歌の練習をしに行った』

「練習?」

『文化祭、C組で合唱やるから、その練習』

「なにそれ?そんなのあるんだ、面倒くさそう」

 面倒くさそう、か。確かにそうだ。でも、秋がいることによって、今は面倒くさよりも楽しいの方が上回っている気がする。

『面倒くさいけど、友達居るから楽しいよ』

 そう打って里美に送る。

「…ねぇ、その友達って船見さん?」

 一瞬、里美の顔が曇ったように見えた気がした。

『そうだよ』

「ふーん、カラオケも二人で行ったの?」

『うん』

「そっか」

 里美がこちらをみない。それに違和感を覚える。こんな里美初めてで、どう接すれば良いのか分からなかった。少し焦る。

『どうしたの?』

「あー、どうもしないよ」

 再び里美を見るといつもと同じ表情に戻っていた。さっきのは何だったのだろう。


 結局、このやり取り以降、授業が終わって奈穂が合流するまで私たちは一言も交わさなかった。


 二限

 秋に昨日のカラオケで声が出なくなった事を伝えると、大笑いしてきた。

「あはは、ごめんごめん、まさかあれくらいで声がでなくなるとは思ってなくて」

 涙を流しながら笑う彼女はいつも通りの声だった。どうやら、私の喉が弱すぎるようだ。

「じゃあ、今日は練習出来ないね」

 仕方ないね、と言う彼女はまだ目に涙を浮かべていた。そんな秋に少しムッとしたため、服を引っ張ってやった。

「なーに怒ってんの?」

「あき、の、せい、でしょ」

 ガラガラ声で反論してみる。喉が痛い。

「なんだ、声出るじゃん。でも、その声なら出さない方がいいかもね。喉痛めそう」

 頷く。

「でも、残念だなあ。今日も沙生とカラオケ行けると思ってたのに」

 それについては、私も残念だった。

 カラオケは楽しみではなかったが、秋と一緒に居られる時間が増えるのはとても嬉しかったから、本当に残念だ。

「じゃあさ、うち来ない?」

「え?」

「カラオケは声治ってからにして、うちで遊ぼう」

 予想外の誘いに混乱する。嬉しさと戸惑いが入り交じる。

「あ、もしかして何か予定あった?」

「ない、いく」

「よかった、そしたら放課後ね」

「うん」



 全部の授業が終わったのは18時だった。この時間になると流石に声の調子が戻ってきた。最後の授業が同じだった奈穂と別れる。

 秋に連絡しようとスマホを取り出す。

「ん?」

 里美からメッセがきていた。

『船見さんとあんまり深く関わらない方がいいよ』

 それだけ打たれた文面が私を不愉快な気分にさせる。

「どういうこと…?」




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