カレーライスは好きですか?




 食堂は案の定混んでいた。

 いつも一緒にお昼を食べている奈穂と里美に連絡しようとしたら、二人からメッセージが来ていた。どうやら二人も新しい英語のクラスの友達と食べるらしい。

 食券を買う自販機にやっと辿り着く。

 何にしようかな。まあ、悩んでもいつもカレーなんだけど。

 300円のカレー券を押す。食券をおばちゃんに渡し、カレーを受け取る。

 先に料理を受け取っていた栗色頭が席を取っておいてくれた。こっちに手を振っている。

「おっ、カレーにしたんだ」

「うん、船見さんは生姜焼き定食か」

 そういえば、 私はここの生姜焼きを一度も食べたことがない。カレーしか食べないんだから当たり前なんだけど。

 生姜焼きを突っつく栗色頭と目が合う。

 何だか気まづくて下を向く。

「あたしの名前、秋っていうの」

 突然、栗色頭が自分の名前を告げた。

 いや、名前はさっき英語の自己紹介で聞いたんだけど。

 それがどうしたのだろう。

「秋ってよんでよ」

 真っ直ぐに私を見て、満面の笑みで言ってくる。

 おうおうと、距離の縮め方が急で面食らう。

 名前呼びくらいで距離感どうこうって、中学生かよと自分に呆れる。

 しかし、私も下手に19年間生きてきたわけじゃない。こういう場面でどう返答すればいいかくらい分かっている。

「じゃあ私のことも名前で呼んで」

 これが正解か分からないけど、問題は無いだろう。

「うん、分かった、これから沙生って呼ぶね」

 嬉しそうに笑い、栗色頭がサラリと私の名前を呼ぶ。私が自己紹介している時眠そうにしていたのに、名前ちゃんと覚えてたんだと驚く。

 知りあって間もない人に名前で呼ばれると、多少なりともどきりとする。

 私が返事をする前に栗色頭がよいしょっと動いた。

「よし、じゃあ私行くね」

 いつの間にか、生姜焼き定食を食べ終えていた栗色頭が席をたつ。

 私、まだ食べ終わってないんだけど、先行っちゃうのね。まぁいいか、ご飯くらい一人で食べれるし。

 そうそう、言い忘れるところだった

「またね、秋」

 初めて名前で呼んでみる。

 呼ばれっぱなしっていうのは落ち着かないので、呼んでみた。

 秋は、一瞬少し驚いた様な顔をしたが、直ぐに笑顔になる。そして手を振ってくれる。

「またねー」

 去っていく後ろ姿を見ながら細いなあと思う。

 あの子は私を名前呼びしてどうしたかったのだろう。

 私と仲良くなりたいとか?

 ないわー、と否定する。

 多分あれだ、誰とでも仲良くしようとするタイプ。

 高校の時にもいたなあ、ああいう子。

 まぁ、男子だったんだけど。

 偽善を優しさだと勘違いしている人だった。

 いつもクラスの中心にいて、周りの人をよく笑わせていた。最初は、私もそんな彼に一目置いていた。

 でも、彼に優しくされた女の子達は勘違いし、告白をした。彼はそれを友人に大声で言いふらしていた。誰とでもフレンドリーに接するくせに、他人の感情には無関心で冷たい奴だった。結局、もてはやされている人気な自分が大好きなのだ。

 沢山の人と仲良くなっても、本当に心を通わせられなければ悲しいだけなのに。



 やっと3限。

 同じ授業を取っている里美と合流する。

 奈穂は今日の授業はもうないから、例の新しく出来た彼氏とデートだと言っていた。

 そんなんだから、英語のクラス落ちるんだよ。奈穂よりランクの落ちた私が言えることじゃないんだけどね。

「沙生いつの間に船見さんと仲良くなったの?」

「え?」

 フナミサン?ええっと、秋の事かと理解する。

 なんで秋の事を里美が知ってるのだろう。

「食堂で二人見かけたからびっくりしたよ」

「里美、あき…フナミさんの事知ってるの?」

 秋と里美の前で呼ぶのは何か違和感を感じて、フナミさんと言い直す。

「いやー、知ってるっていうか船見さん有名じゃん?」

「有名なの?知らなかった」

「沙奈まじで知らないの?船見さん入学式の時、代表で挨拶してたし、うちらと学科一緒だよ。あと、奨学金で学費無料とか、なんか頭いいらしい。」

 そりゃ、英語元S組だったら頭いいのは納得だ。

「へー全然知らなかった」

 同じ学科の人なら、何回か見かけたことがあっても不思議じゃ無いはずなのに、秋を知ったのは今日が初めてだった。

「あー、でも知らないのも仕方ないかも、船見さん入学してから二年まで留学してたらしいから。」

「よく知ってるね」

「沙生が情報に疎すぎるだけでしょ」

 まあ、確かに人より情報に疎い自覚はある。

「で、船見さんとどこで知り合ったの?」

「英語のクラスで席隣になったから、友達になった」

「英語のクラスって、え?船見さんC組なの?何で!!?」

 普段はあまり取り乱さない里美が、え?なんでなんで?と本気で謎がっている姿が面白く笑ってしまった。

「風邪ひいてて本気出せなかったって言ってた」

 もう少し不思議がっている里美を見ていたかったが、そろそろ答えないと壊れてしまいそうなので答えた。

「えーあらら、それなら仕方ないか、相当な風邪だったんだろうな」

 里美をここまで取り乱させる秋は、本当に凄い人なのかもしれない。でも、他人の評価なんて千差満別で、里美の中ではめちゃくちゃ凄い人でも、違う人から見れば普通の人ってこともある。

 そんな私にとって秋は猫っぽい栗色頭の女の子という印象で、凄いとかの評価対象ではないのだ。





この時は、秋も多くいる私の友人の一人でしかなかった。

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