C組と栗色頭



 バイトが終わったのは深夜一時だった。


 某飲食店のアルバイトを始めてから早一年。気がついたらアルバイトの中で一番古株になっていた。


 あー、疲れた。


 街頭のない夜道をスマホを弄りながら歩く。自分でも不用心だなあと、他人事のように思う。


 大学からメールが来ていた。どうやら、夏休み前に行われた英語のクラス分けテストの結果らしい。


 C組


 いよいよ落ちる所まで落ちたな。

 私の大学では英語のランクによりクラスが分けられる。


 上からS、AA、A、B、C、Dとなる。

 D組が一番下だが、D組になる人は殆ど学校に来ていない、と言うよりクラス分けのテストすら受けていない人ばかりだ。要するに実質の一番下はC組になる。


 大学生になると、学力が下がるというのはどうやら本当らしい。入学したての英語のクラスはA組だった。だが、どうした事かどんどんとランクが下がり、今では最下層の仲間入りを果たしてしまった。勉強の習慣が無くなると学力は下がっていく一方だ、怖いこわい。


 そう思いながらも、私は家に帰ってから直ぐにベッドにダイブした。

 勉強漬けの生活はもう少ししてからでいい。嫌でもその時は来るのだから。



 アルバイトの次の日の一限は地獄だ。

 眠い身体に鞭打ち、今に至る。

 おばさんの井戸端会議のように、奈穂と里美が話しかけてきた。


「ねぇええ!聞いて英語のクラスめっちゃ下がったあ!」


 朝から凄いテンションだ。奈穂が里美をバシバシ叩いている。


「クラス何になったの?」


 冷静に里美が奈穂に問う。こういう里美は好感が持てる。

「B…もぅ最悪だよ、Aだったのにぃ」


 おいおい、私なんかC組だぞ。白けそうだから言わないけど。


「あらら、えっと沙生は?」


 どうやら里美は奈穂の相手をギブアップしたようだ。



「C組」




 私に話を振ったことを後悔するがいい。

「えっ!?沙生どうした?」


 どうしたと言われても困る。私の英語力を大学がCと評価したのだ。それだけのこと。


「沙生可哀想!何かの間違えでしょ??!一緒に抗議しにいこうか?」


 奈穂が私の手を掴みぶんぶんとふる。

 私は別にC組を可哀想とは思わないのだけど。


「ありがとう、でも大丈夫だよ。」


 そう言って奈穂の手を握り返す。

 奈穂は私の反応に満足したのか手を離す。

「そっか、なら良かった」

 何が良いのか分からないまま、授業の始まりを告げるチャイムが会話を終わらせた。



 一限が終わり、二限の英語に向かう。

 英語のクラスに着くと席は殆ど埋まっていた。


 私に残された席は三択だった。


 選択一、一番前の席。席の隣には、真面目そうな女の子が居心地が悪そうに座っている。

 選択二、真ん中あたりの席。隣はチャラそうな頭をした人が突っ伏して寝ている。

 選択三、一番後ろの席。うるさそうな男達が群がっている隣に、ぽつんと一つ席が空いていた。


 あの中で一番無害そうなのは真ん中の席だろう。

 英語はペアワークが基本だから、隣の人はなかなか重要問題だ。正直、寝ている人が隣というのは不安だが一番前は出来れば避けたいし、一番後ろのうるさそうな人と比べると幾分ましだ。


 結局真ん中の席に座る。


 それと同時に英語の先生が教室に入ってきた。


「hello!このクラスを担当するベンです、宜しく。」


 先生は明るそうな長身男だった。


「このクラスではペアワークが基本です。早速ですが隣の人と英語で自己紹介をしてみましょう。」


 隣を見ると、栗色の髪をした人はまだ寝ている。


 困ったなあ、これなら一番前にしておけば良かった。

 仕方なく栗色頭の肩を叩く。三回。起きない。

 ベンが気づく前に早く起こさなければ。


「ちょっと」


 と言い、今度は少し強く揺さぶる。流石に気がついたのか、


「うーん…」


 だるそうに顔をあげた。

 短く切られた髪は軽くパーマが当てられているのかフワフワしている。

 眠そうにこちらを見つめる栗色頭は、少年のような端整な顔立ちをしていた。


「なに?」


 つい、見とれてしまった。

 栗色頭の声に違和感を覚える。


「英語のペアワーク、隣同士でって」


 珍しく吃ってしまった。


「あぁ、ごめん、何すればいいの?」

 ここで違和感に気づく。

 声が女の子みたいだ。そもそも、肩幅も狭い。

 栗色頭は男だと決めつけていた自分を恥じた。



 この子、女の子だったんだ。



 そう分かると何だか申し訳なくなったが、緊張が和らいだ。


「英語で自己紹介だって」

「なるほどじゃあ、お先にどうぞ」


 人より先に何かをやるのは得意ではない。でも振られたからには、やらない訳にはいかなかった。


 自己紹介位なら、先でも後でも変わらないか、そう自分を納得させる。やるしかない。


「my name is Sana Mizuno…」


 自己紹介を終えて息をふぅーと吐く。

 地味に緊張した。

「じゃあ、私の番だね。」

 にかっと歯を見せて栗色頭が笑う。なんだか、その笑顔がくすぐったくて、ゔってなった。



「hello my name is Aki Funami…」



 え?

 ちょっ、マジか。



 名前の後も何か言っていたが、全く聞き取れなかった。

 発音がネイティブだった。

 何でこの人Cここに居るの?

 疑問符が頭を飛び交う。


 周りの何人かも、このクラスに似合わない発音をする栗色頭に注目していた。


 本当に何なんだこの人は。


 栗色頭が手をスッと出してきた。初めはなにか分からなかったけど、あぁと理解する。


「宜しく」


 久々に握手をした。

 温かい手をきゅっと握り返す。


「宜しくね」



 英語の授業が終わった。

 栗色頭が何故ここに居るのかやっと聞ける。


「ねぇ、何でC組にいるの?もっと上に行けたんじゃない?」


「ん?あー、テストの日に風邪ひいちゃって、本気出せなかったからなあ」


「元々どこのクラスだったの?」


「S」


 こりゃまた凄い落ち方だ。

 大学側はここまでの転落具合いを可笑しいと思わなかったのだろうか。


「大学側に何か言われなかったの?」

「特に何も」


 そんなもんなのか、大学って冷たいな。


「それよりさ、お腹すかない?」


 それよりって、なんて自由な人なんだ。

 猫みたいに背伸びをして、こっちを見た。

 どうやら私に言っているみたいだ。


「うん、空いたね」


 少しこの自由人に付き合ってみるのも悪くないなと思った。

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