第13話 「夕陽を見て気づいたこと」

 午後六時少し前。


 本来ならば大学の図書館は夜九時まで開いているのだが、夏休み真っ只中のこの時期はそれも変則的で、五時で閉館となるらしい。これだけ利用者が少なければ、それも当然だろう。


 周と月子は閉館時間まで図書館にいた後、今はきた道を戻っているところだった。尤も、周は暑さで意識が飛んでいたので、きたときのことなど覚えていないが。


 夕日が傾きつつあった。


 が、あまり暑さが和らいだようには思えなかった。熱帯夜を予感させる暑さの残滓の中、ふたりは帰路を往く。


「月子さんさ――」


 あいかわらず暑さにだらけた周は、間延びした調子で口を開いた。


「部活とかやらないの?」

「いえ、特には。そういう余裕もありませんから」


 月子はさらりと言った。


「もしかして、俺のせい?」

「そうとも言えますが、周様のお世話は私の意思で旦那様から引き受けたことですから」

「……そっか」


 引き受けた時点でこうなることは予想できたし納得ずみだ、ということなのだろう。それでもやっぱり周は、自分のせいで月子の大学生活に制限を課していることを申し訳ないと思う。


 そして、もうひとつ聞いてみたいことがあった。今日、大学生・藤堂月子の一端を垣間見てから、ずっと気になっていたことだ。


「男とつき合うとか、そういうのは?」

「……」

「あ、いや、月子さんって、けっこう男から声をかけられるって……」

「スズメさんですね、そういうことを言うのは」


 月子は嘆息した。


「彼女がどう言ったかは知りませんが、話に誇張があると思ってください」

「あ、そうなんだ」


 でも、それは少なからず真実を含んでいるということでもある。


 周は不意に息苦しさを覚えた。


「いちおう言っておきますと、その方面でも特に予定はありません」

「って、それもやっぱり俺のせい?」

「いえ」


 と、月子。


「単に私がお付き合いしてもよいと思える男性がいないだけです」

「そ、そか。なるほど」


 それならば周の世話がどうこう以前の問題だ。


 周は心の中で胸を撫で下ろした。

 つかえていたものが取れたような、ほっとした気持ちで顔を上げる。と、そこに沈みかけた夕日が目に飛び込んできた。


 ――瞬間。


「ぁ……」


 周は小さく声を上げた。


 それは身体を貫いた衝撃の大きさとは裏腹に、小さな小さな声だった。


「どうかしましたか?」


 気がつけば月子が少し先で、こちらを振り返っていた。いつの間にか足を止めていたらしい。


「あ、いや……何でも、ない……」


 絞り出すようにして紡いだ言葉で誤魔化して、すぐにまた歩を進める。


 頭の中を得体の知れない何かがぐるぐると駆け巡っているようだった。

 脈拍が上がっている。それに合わせて心臓が、重低音を響かせる楽器のように身体を打っていた。


 うちより出でた『それ』は、周の心を静かに掻き乱す。


 周は動揺していた。


 たった今唐突に気づいてしまったもの。

 それが周にはあまりにも都合の悪いものに思えたのだ――。

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