第7話 「買いものに行こう」(後編)
買いものは続く。
周はもう月子に任せようと思いながらも、生来の地雷踏みの性格のせいか、わざわざ口を出し手を出しては月子の手刀を喰らっていた。
そうしてダメージを着実に蓄積しながら買いものは続いていく。
と、その最中――、
「あれ、鷹尾じゃね?」
名を呼ばれて振り返れば、そこにいたのはクラスメイトのひとり。
彼は私服だった。一度帰ってから用があってここにきたのだろう。親に頼まれた買いものだろうか。ひとり暮らしだという話は聞いたことがなかったはずだ。
「よ、よぉ……」
周はぎこちなく応える。
あまり見られたくない状況なのだ。人に見られた場合、説明が面倒というか、体裁を取り繕うのに手間がかかるというか。
「そっちのお姉さん、誰よ?」
クラスメイトは小声で聞く。
案の定、突っ込まれた。
「変な勘繰りすんなよ。姉貴だよ、姉貴。買いものにつき合わされてんの」
周は手っ取り早く嘘で誤魔化した。幸い一度経験済みだった。
すると後ろからくいくいと袖を引っ張られた。月子だ。
「周様。お姉様がおられたとは初耳です」
「そんなボケはいらんっ!」
幼いころから一緒にいて、周がひとりっ子なのは知っているだろうに。
周は月子の手を引き、クラスメイトから少し離れた。
「前と同じように月子さんは俺の姉貴で通す。いいな?」
「……またですか?」
月子の顔が緊張でわずかに強張る。
「まただ。メイドと言えない以上、怪しまれないためにはそうするしかない」
離れて密談している時点で十分に怪しいのだが。
「兎に角、俺が月子さんを紹介したら、月子さんはとっとと買いものの続きにいってくれ。いいな?」
「わ、わかりました」
方針を決定した後、クラスメイトのところに戻るふたり。
そのとき月子の右手と右足が同時に出ているのを見て、周は頭を抱えそうになった。
が――、
「はじめまして。シュウの姉です。いつも弟がお世話になっています」
追い込まれれば、それなりに何とかなるものである。
その月子の様子を見て、周はほっとすると同時に少し落ち着かない気分になった。いつもの無表情メイドの姿を見慣れているせいだろう。この女の子らしい笑顔を振りまく月子を見ていると、どうにも居心地が悪くなる。
「あ。お、お姉さんでしたか。こ、こちらこそお世話になってます」
応じるクラスメイト。
別に丁寧な挨拶を心得ているわけではなく、ただ単にしどろもどろになって年不相応の返事をしているだけである。落ち着かなくなるのは周だけではないらしい。
「まさか鷹尾にこんな美人のお姉さんがいるとは思いませんでした」
「へ? 美人? 誰が? ……ぅぐわっ!」
言っている途中で月子の
「もちろん、わたしのことよね? お世辞でも嬉しいわ」
やわらかく微笑みながら月子が応える。だんだん興が乗ってきたようだ。
「つ、月姉……」
「じゃあ、わたしは続きを回ってくるから」
理不尽な手刀に対する抗議を軽くあしらい、月子が歩き出す
「なぁなぁ、鷹尾」
買いものを続ける月子を見ながらクラスメイトが口を開く。
「鷹尾ってひとり暮らしじゃなかったっけ?」
「そうだけど?」
相手の言いたいことはすぐにわかった。
「姉貴の通ってる大学が近くてさ、だからたまに見にきやがるんだ。お節介なことに」
「なるほどな。にしても似てない姉弟だな」
「そんなん珍しくもないだろ。多いとも言わんけどさ」
そこでクラスメイトはしばし考える。
「でも、あれだな――」
今度は何だよ、と気づかれないように悪態をつく周。
「姉弟というよりは……」
「な、なんだよ……」
周の顔に警戒の色が浮かぶ。
「新婚夫婦?」
「ぶ……っ」
どしゃあ――
突然、近くのオレンジの山が派手に崩れた。そばに月子が立っている。手に取ろうとして崩してしまったのだろうか。
「大丈夫か、月姉」
「し、心配は無用です。周様」
周が駆け寄ると、なぜか月子はメイドモードに戻っていた。そして、身体が硬直していて、顔も赤い。湯気を噴き出しそうだ。
いったい何があったのか聞く間もなく、続いて店員が駆け寄ってきた。「申し訳ありません、お客様。陳列の仕方が悪かったようです」とか何とか。こういう場合は得てして客に悪い印象を与えないように、店側が悪いという前提で対処するのがベストである。よくできた店員だった。
月子も謝り、後は店員に任せてその場を離れていった。
「おいおい……」
周は再び不安に駆られた。
月子はまたも同じ側の手と足が同時に出ていたからだ。
クラスメイトには何とか嘘を吐き通し、無事別れたその帰り道。
「周様」
メイドの顔で月子は言った。
もちろん、荷物は大学での勉強道具を入れたバッグだけ。スーパーで買ったものはすべて周が持っている。……いちおう指さし確認をしておくと、月子がメイドで、荷物を持たされている周が主人である。
「なに?」
「さっき買ったものの中に身に覚えのないものが入っていました。これです」
と、それを差し出した。いつの間にか抜き取っていたらしい。
キャラメルだった。ただし、あまり高校生が手に取るものとは思えない、もっと子ども向けの商品だ。
周はそれを月子から受け取った。
「バレたか。……懐かしいだろ? 昔、月子さんとよく食べたなと思ってさ」
「……そうですね」
少しだけ月子の声のトーンが落ちる。
「食べる?」
「……いただきます」
さっそく周は包装を開けようとした。が、しかし、持っている荷物が多いので、片手では上手く開けられない。
「私が」
「ん。頼む」
再びキャラメルは月子の手に渡り、開封された。
「どうぞ」
月子は中の一個を周に差し出した。
「サンキュー。そう言えば、昔もこうして月子さんから一個ずつもらってたな」
「……」
「チープな味だけど旨いな。変わってない」
横で月子も食べていた。懐かしさに頬がほんの少しだけ緩む。果たして懐かしかったのは味か、それとも幼いころの想い出か。
「まあ、俺はずいぶん変わったけど」
「私は――」
「ん?」
「私は変わっていません。ずっと前から……」
「……」
「……」
そして、沈黙。
夕刻の住宅街は人の姿も少ない。車の騒音も遠く――静寂。
待っても月子の口から次の言葉は出てこない。
「そっか。変わらないことはいいことだ。うん」
そうして周は話を締めくくった。
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