第7話 「買いものに行こう」(中編)

「カレールーってーと、このへんだな。じゃ、これで」


 周は数あるカレールーの中からテキトーに気に入った商品名のものを手に取った。


「ダメです」

「痛っ」


 それを買いものカゴに入れようとしたところで、月子の手刀が飛んできて手首を打った。非常に痛い。


「世の中、高級なだけが売りの、中身が伴っていないものがたくさんあります。これはその典型例です」


 月子はそう言って別の商品を取る。


「こちらの方が安くて美味しいです」

「意義あり。美味い不味いは多分に個人の味覚に依るところが多いと思うが、如何か?」

「私は毎日、周様の食事とお弁当を作っていますが、その私が信じられないと言いますか」

「ぐ……」


 それを言われると辛い。

 その無言を反論なしの意思表示と見做し、月子は周の持つカゴに商品を放り込んだ。


「では、次です」


 月子は次の目的地に足を向けた。


 やってきたのは野菜のコーナー。


「大根は……これでいいかな」

「ダメです」

「ぐわっ」


 再び手刀。


 それにしても正確無比に同じ箇所を打つとはいかな技か。


「野菜を見た目で、しかもきれいかどうかで判断するのは以ての外です」

「……」


 さすがにもう周は反論しなかった。


 そして、これ以上口を出すのはやめようと思った。このままでは着実にダメージが蓄積し、帰るころには手首が腫れてしまう。最悪、ちぎれているかもしれない。


 月子は大根をいくつか手に取って見比べ、そして、選んだ一本をカゴに入れた。確かな重みが周の腕に加わる。


「では、参りましょう」

「うぃ」


 しかし、次に月子が足を止めたのは、予定とは違ってお菓子のコーナーだった。


 そこで月子は黙って考え込む。

 それからおもむろにひとつの商品に手を伸ばした。


 ちょっと高い、そのわりには中身の少ないクッキー。

 それを月子はそっと、しかも、なぜか周の顔を見ないようにしながら、カゴに入れた。


「……えっと、月子さん」

「はい。何でしょう?」


 月子は落ち着き払った声で返事をした。ただし、体は周の方を向いているものの、顔だけが視線を合わせないように横を向いていた。


 挙動不審である。


「これ……何?」

「私の好きなクッキーです」


 対して意外にも言動は明快だった。


「それを入れる、と?」

「まぁ、いつも食べている定番のものですから、よろしいかと」

「へ?」


 と、周。


「いや、俺、食べたことないけど?」

「……」


 そして、黙る月子。


 ふたりの認識にズレがあるようだ。


 いつも食べていると主張する月子。

 食べたことがないと訴える周。


 これを総合して導き出される答えは単純だ。どうやらこのメイドさんは見ていないところで、ずいぶんとくつろいでいらっしゃるらしい。


 月子がゆっくりと顔を戻し、周を見据えた。ちょっと怖い。


 手が手刀を形作る。


 目が剃刀の輝きを宿した。『知られた以上、生きて帰すわけにはいかない』とか『とりあえず当て身を喰らわせて一度黙らそう』とか『私の愛馬は凶暴です』とか、そんなバイオレンスな意図がその目から読み取れる。


「おけ。わかった。これは見なかったことにしよう」

「……」

「いや、マジでマジで。うん。俺、何も見てないから」


 周がそこまで言って、やっと月子は手刀を解いた。


 それからおもむろに同じクッキーをもうひと箱手に取って――、


「……」

「……」


 カゴに入れかけて、やめた。

 何だか名残惜しそうな顔だ。一個は買うのだから、もう好きにすればよさそうなものだが。


 しかし、月子はすぐに気を引き締め、顔を引き締め、


「では、次です」


 そう言って改めて歩を進めた。

 周もその後ろをついていく。


 が、周はその前に例のクッキーをもうひとつと、自分用に別のお菓子をひとつ、カゴにこっそり入れておいた。

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