第1章第1話 南星高校入学

僕は 伊藤 雄図 17歳。杉中と知り合ったのは高校に入学してからだった。自分も杉中も同じ1年5組に入学した。彼はサッカーが大好きで、中学時代もサッカー部に所属していた。一方の自分はバレーボールでのメンバーだった。そこまで上手くなかったので大会でもベンチに居るようなことが多いという若干苦めの中学時代を過ごし、新たな高校デビューを迎えることになった。彼の出身中学校は富山市の中でも1番2番を競うぐらいにサッカーが強い強豪校だった。だから彼の体型もいかにも真の運動部みたいになっていた。その彼と仲良くなるきっかけは入学後すぐ迎えることになった。

 2015年4月、担任の有川先生がこう言った「では、1年5組のホーム長と副ホーム長を決めましょう。」 つまり学級代表を決める場面の時である。まだ入学後3日目なのでお互いに深く知り合っていない中で杉中がこう声を上げた。「伊藤君がいいと思います。」彼からの声に僕は驚くだけだったが、素直に存在感があることが嬉しかった。それに続いて中川君や、前田君などいろんな男子が自分の名前を出してくるので自分は一番最初に僕の名前を出した杉中君にこう言った。「なら、杉中君が副ホーム長になって欲しいなぁ」すると彼は意外にもあっさりと了承して「これで決まりだな。よろしく伊藤」と言われた。本当に意外すぎる出来事だったので戸惑ったが、1年5組の前期のホーム長と副ホーム長はわずか5分足らずで決まった。

 このことに有川先生も安心されたようだ。有川先生は国語の先生で、5組では現代文の先生だった。でも隣の4組では古典の先生であるのでどちらも教えているのである。いつも優しそうなお母さん的な感じで自分も、そしてクラスのみんな合わせて40人も馴染みやすい先生であった。

 このホームルームが終わると最初にレクリエーションとして誕生日順に並ぶゲームがあった。僕は2000年の1月28日生まれ、杉中君は2000年の2月10日生まれだった。なので僕と杉中君が続いて並ぶ形になるかと思ったら、有川先生が2月8日生まれだったので順として「ホーム長、担任、副ホーム長」となった。僕の予想では有川先生は2月生まれではなく、10月だと思っていたので意外だった。

 一番先頭に立った島内さんはなんと1月1日生まれというすごい誕生日の持ち主だった。僕の前にも何人か並んでいたが、最後も最後で竹内君が12月24日というクリスマスイヴボーイだったのであった。竹内君はスポーツ系ではなくインテリ系という感じが醸し出していた。メガネはかけていなかったけど、とても頭が賢そうだった。そしてこれは自分の思っていた通りで、彼はその次の日にあった英語の新入生テストで96点を叩き出すだけでなく、国語のテストも93点というスーパーエリートと言っても過言ではない程に頭がよかった。数学は彼が隠していたが、後に100点だったことが判明した。これには正直驚いた。

 え? 僕ですか?僕のテストの点数なんか聞かないでくださいよ。唯一自慢できる英語のテストで77点だったんですから他の教科はダメですよ。

 しかし有川先生はよく褒めてくれたのだった。なぜかと言うと僕の国語の点数は69点だったが、最後に書く作文のところにホーム長になってからの抱負を書いたことで褒められたのだった。この作文は「高校生活で頑張りたいこと」というテーマのもとで自由に書く作文だったので僕は取り敢えずホーム長になったことを書いた。これが正しかったか間違っていたかはわからないけどとても先生は僕の作文を褒めてくれた。

 杉中君は特に英語に長けていたので点数は高かった。しかし数学がとても悪かったので彼は追試験を受けることになったのだ。

「まさか杉中が追試験受けることになるとは思ってなかったなぁ」と驚き半分とからかい半分で3限目と4限目の間の休み時間で杉中をいじる自分。それに対して「数学はもとから苦手だったんだよ。高校入試でミラクルが起きたからびっくりしたよ」と彼は返す。

 県立高校入試は1教科40点満点の5教科で計200点満点で計算される。たしかにこの学校では数学の入試でどんなに少なくとも25点はないと合格が難しくなる自称進学校であるが、彼には英語という武器がある。自分には理科という武器があるのでまさに文系・理系で分かれるものだと思っていた。実際に高校に入学する前に僕は自分自身の入試の点数の開示をしてきた。その時の結果は{国語33点、数学30点、社会28点、理科37点、英語27点}の合計155点で合格した。まだ杉中君は点数開示はしてないらしいがどうやら英語はとても高いという確信を持っている様子だった。

 そして昼休み。この学校には以前食堂があったのだが、その食堂はいまでは吹奏楽部の練習場所へと変化している。なので今は各自がお弁当を持つか、パンを売りに来る業者さんがいらっしゃるのでそこでパンを買うの二択がある。自分の前に座っている安藤さんが島内さんに「一緒にご飯食べよう」と誘い、自分の前の席が空いたと途端に杉中が座ってきて「よぉ、伊藤。一緒にご飯食べよう」と声をかけてきた。僕には断る理由など何一つもない。それよりもクラス形成3日目でこんなに声をかけられること自体がうれしくて今後の生活が楽しいものに思えてきた。

「あぁ、もちろんいいよ」 と自分が言い終わる前に彼は安藤さんの机と自分の机をくっつけて一緒にご飯を食べることとなった。安藤さんは杉中君が私の机を動かしていることに気付いていたが、なんとも思わなかったのだろう。


「今後さ、クラスみんなで仲良くしていきたいよなぁ」と彼が言う。「そんなこと当たり前だろ。何言ってるんだよ」と返しあう。あぁそうかという顔をして彼はお弁当の中に入っていた卵焼きを食べた。

「ところで、杉中ってなんでおれを学級代表にふさわしいって言ったわけ?」と訊く。すると彼は「なんとなくだけど、入学式の日に顔を合わせた時に{伊藤って見た目がしっかり者だな}って思ったからだよ」と返してきた。おれの見た目はそんなにしっかりとしているものなのだろうかと思いながら自分の弁当のからあげを食べる。

 初めて務めるホーム長。その仕事に対しての責任と不安を感じながら過ごすことになった。

 

 この日は放課後に生徒議会があり、各クラスのホーム長と副ホーム長が出席することとなっていた。なので僕と杉中はたわいもない会話をしながら会議室へと向かった。ここでは1年1ホームから3年5ホームまでの計15ホームが集まり、今後の活動方針に対しての賛同や意見を求めることをしているのだった。今日は入学後3日目ということがあるので1年の他のホーム長達はぎこちない感じで副ホーム長の隣に座っていたが、僕と杉中はもうお互いに話もし合っているので一年の中で一番程よく砕けた感じの雰囲気を出していた。そんな中で生徒議会は始まり、30分程度で終わった。この次に待ち構えているのは来週月曜から1泊2日で行われる1年生の特別学習会。この学習会で今後の学校での学習方法を全体で学ぶという恒例の行事があるらしい。その準備をしてゆっくり休もうと思っていた。

 

 生徒議会が終わり時計を見ると4時少し前を指していたので僕は駅へと向かい、電車に乗ることにした。学校を出ると桜が散り始めている光景を目にする。もう桜は散ってしまうのか。と、しみじみ思いながら学校から駅までの間を歩く。すると後ろから僕を呼ぶ声がする。振り向くとそこにいたのは杉中だった。「よぉ、雄図って電車通学だったのか。」と彼が声をかけてくる。ここで初めての苗字読みではなく、名前読み。なので恐る恐る自分も「それ言ったら拓也も電車通学だったのか」と言ってみた。彼はそうだよと普通に返すが、すごくにこやかだった。


 程なくして電車はやってきた。向かう方向は共に一緒だったので一緒の電車に乗ることとなった。「そういやSTRINGやってる?やってるならQRコードで交換しようよ」と言われた。ちょうど自分もその話を切り出すところだったので好都合ですぐスマホからSTRINGを開き、連絡先交換をした。これで杉中と連絡を取ることができると思い、素直に喜んだ。彼もおそらく素直に喜んだだろう。そのあともたわいもない話をしながら僕の降りる駅に電車が到着することろだった。「じゃあおれここで降りるから。またな」と言って僕は電車が停車するのを待った。そして彼とハイタッチをして帰路へとついた。彼と話すだけでも今日一日の大きな成果は得られた気がした。僕はそこからバスに乗り、家へと帰った。明日は中学時代の友達と遊ぼうかなと頭の中に浮かべている中、STRINGの通知が鳴った。相手は杉中。メッセージには「雄図、これからもよろしくな」と来ていた。「こちらこそよろしく」と返事を送っておいた。


 家についてからお風呂に入り、ご飯を食べてからテレビを見ていると通知が鳴った。やはり杉中からだった。メッセージには「明日暇かな? 暇だったら一緒に遊びたいんだけどどう?」と来ていた。ちょうど明日はすることがなかったので僕はその返事にオッケーを出した。すると彼から「じゃ10時に富山駅のカフェで」というメッセージが来た。僕は月曜からのの学習会の荷物の支度をして寝たのだった。


 翌朝は7時頃に目が覚めた。というのも彼からの通知で目が覚めたのだった。「おはよう。今日大丈夫だよね?」というメッセージだった。もちろん約束したのだから「大丈夫だよ。10時前に着くから待ってる」と送った。朝食を食べ、着替えと身支度をして家の近くのバス停に向かった。バスがやってくるまでの5分は長いようで短かった。僕はそのままバスに乗り、終点の富山駅前で下車した。その時9時50分。割と田舎のほうに住む僕にとって1時間に多くて2本しかバスがないのはちょっぴり不便だった。待ち合わせ場所に設定されたのは富山駅の隣にある商業施設にある2階のカフェ。そこに着いてから自分は彼に「いまもう着いたよ」とメッセージを送った。その3分後に彼は現れた。「おはよー雄図。ってなかなかのファッションセンスだな」と称賛されたのか馬鹿にされたのかはわからないけど一応ありがたく言葉を頂戴する。この時来ていたのはキャメル色のアウターに中が白黒のゼブラ柄のTシャツと黒の迷彩柄のスキニーパンツ。それから赤色のハイカットスニーカーを履いていた。いくら春とはいえども14度なのでまだ薄手のアウターが必要だった。

「まぁ、とりあえず中に入ろうか」という彼の声に従って店の中に入る。そこはとても落ち着きやすい空間でたわいもない話をするには適した場所だった。まるでその店内の空気の中に溶けていくように。まず彼と僕が席に着くと若い女性の店員さんが水を持ってきて、「注文の品が決まりましたら声をおかけください」と言って去っていった。彼はメニューを、僕はおしゃれにも水の中にレモンの入ったかすかに柑橘系の香る水を飲んだ。彼は木の椅子におしゃれにまたがりながらメニューを見ている。この店内の雰囲気にとても似合うから常連の客とでも思えるぐらいだった。「なぁ拓也、いつまでそれ眺めてるんだ・・・?」「あっ、いやー、甘いものには目がなくてね」という辺り、見た目と中身がよくわからないものだなと自分で思ってしまう。

 とりあえず彼はいちごのパフェと抹茶ラテを、僕はハイビスカスティーを頼んだ。「雄図、ハイビスカスティーとか飲むんだ。意外だなぁ。」と言ってくる。やはりあっちもあっちで見た目と中身がよくわからないものだと思っているだろう。ここで話題はお互いのことを話し始める。「おれんちは一人っ子で、普通の家庭だと思うよ。父親も母親もいるし。そうそう、前田君とおれ同じ学校出身なんだよな。彼はかなりゲームが好きでさ、おれん家によく遊びに来てたなー。」そっか、前田君も拓也と同じ中学出身だっけ。「で、雄図のところはどんな感じなの?」と訊いてくる。

 「うちも3人で、ペットで犬のヨークシャテリアがいるよ。うちは離婚家庭で母親が義理なんだ。」と、話すと「離婚家庭なの・・・?大丈夫?」と思いもよらぬ声が彼から出てきた。正直それには驚いたものの「あぁ、これも慣れだからなー」と受け止めて流す。そうこう話しているうちに頼んでいたものが届く。おれはハイビスカスティーがとても綺麗なポットとカップと共に、彼のいちごパフェは中くらいの容器に入った、少し洒落たパフェだった。そして抹茶ラテはこれもまた洒落たカップに入ってやってくる。ここでいったん話をやめてお互い頼んだものを楽しみあう。そして彼がいちごパフェを3口したところで右手に持っていたスプーンを置いて話し始める。

 「なぁ、雄図。」と言ってきたので「どうした?」と訊き返す。すると彼は顔は自分のほうに向けているが、目線は逸れている。彼の眼の先にいたのはある一人の高校生だった。「あの人さ、かの有名な石橋第二高校の制服着ているんじゃない?」と言ってきた。自分は石橋第二高校の制服を知らなかったのでスマートフォンで「石橋第二高校」と調べるとその人が着ている制服と同じものが出てきたのだった。「ってことはあの人はすごい頭がいいってことなんだろうな。」と彼が言うけど「でもこっちの南星高校も県内トップ5ぐらいの頭じゃない」と言い、この話は終わらせる。

 そのあとも適当に話をし、帰ろうとした時に、彼が「いまからうちにくる?親も歓迎してくれるよ」と言ってきた。時間は11時ちょっと過ぎだったし、行く当てもなかったので彼の家へと向かっていった。彼の家は富山市呉羽にあった。そこにある7階建てのマンションの6階に住んでいた。駅からは少し遠かったものの、決して立地は悪くなかった。むしろいい方だった。

 「ただいまー」と言う彼の声に続いて「お邪魔しますー」と言った。そこに出てきたのは彼のお母さんだった。「あら、いらっしゃい。拓也、高校でのかっこいいホーム長ってこの人?」と言ってくるものだから杉中家で僕の話が3日間でどれだけ広まったかは未知数であった。「そうだよ。いった通りでしょ」と彼は答えるが、自分は自分でカッコいいと言ってしまうとナルシストになることぐらい百も承知だったので軽く苦笑いすることとなった。

時間はまもなく12時になろうとしていた。すると彼のお母さんが「今ちょうどご飯を作っているところなの。よかったら食べていかない?」と言われた。これはさすがに初めてお邪魔してこのような食事までいただくわけにもいかないと思っていたが、お昼はオムライスと聞いて「では、遠慮なくいただいていいですか」と言ってしまった。昨日の昼ご飯の時に彼に好物を聞かれて自分はすかさず「オムライスがすごい大好き」と答えていた。だからこれは彼の策略に一杯食わされたということなのだろうか。と変なことが頭の中によぎったが考えないことにした。

 すると彼のお母さんが「オムライスできたわよ」と声をかけてくださったので自分はそれをいただくことにした。彼のお母さんは推定で40歳前後。明るくて彼に結構似ている。とても優しそうで元気もある。自分の義理の母とは大違いだなとしみじみ思いながら目の前にあるケチャップソースのかかった中くらいのオムライスに手をつけた。

 すると彼も、彼のお母さんも僕が左利きだということに気が付く。「あら、伊藤君って左利きなのね。珍しいわ。」とお母さんが言ってくるのでそうですか?と聞き返してしまう。これは右ハンドルの車を運転している人が、左ハンドルの車を見て珍しいと言うのと同じ感覚なのだろうかと。そこには軽く触れる程度であとは最近の話題なりいろんな話をして3人でランチを楽しんだ。そのあとは彼の部屋に行き、今流行っているゲームを協力プレイで楽しんだところで勉強の話になった。

 そう、彼は数学が苦手なのだった。追試験の対策としてまず彼が解けていない部分をしっかりと教えてあげた。「つまりこの等式はこれとこれを足して・・・」と教えているうちに時計の針は2時を指していたので一度休憩を入れてからもう一回教えてあげたのだった。そして3時すぎに自分は彼のお母さんと彼に感謝を述べて帰宅の途に着いた。この時期にしては珍しく冷えており、帰りは北風が強かった。

 といっても冷たいものは風だけではなかった。僕は富山駅まで電車に乗り、そこからバスで帰宅した。そのとき既に4時を回ろうとしていたところだった。「ただいま」を言い家の中に入ると、母親が仕事の準備をしていた。自分の実の父親は夜間勤務のIT企業勤めで、母親も週に数回夕勤と夜勤の時間帯にコンビニのアルバイトを入れている。だからこの時間になると誰もいなくなることは週に何度かある。その時に母親はご飯を作っていってくれる時と作ってくれない時がある。だから週に数回は自分一人でご飯を食べるなんてことも普通になりつつあった。

 自分が帰ってきてから20分もしないうちに「じゃあ、仕事に行ってくるわね」と言い、自分一人だけが残る形となった。一人には慣れているけどどうせなら3人そろって一緒にご飯を食べたい。 朝起きても母親は寝ていることが多いし、父親は完全に朝帰り。だから家の掃除とかもだんだん手抜きになってきている。その部分を補うのが自分の仕事でもある。自分の誕生日の日は一人でご飯を食べていた。そのときは本当に自分のことを心から愛してくれていないのかとでも思ったぐらいだった。でも自分が高校入試で合格した時はお父さんもお母さんも休みを取って美味しい洋食のレストランでご飯を食べた。やはり同じものでも誰と一緒に食べるかによって本当にすべてが変わってくる。だから自分はより一層杉中家のように暖かい家庭が欲しいと切望していた。でもいまになってそれを思ってもどうしようもない。

 6時過ぎになってお風呂にお湯を沸かし、その間に少し勉強をする。お風呂のなかではゆっくりと湯船につかって体を癒し、7時過ぎにご飯を食べる。ちょうどこの日は面白いテレビ番組も入っていないのでニュースを見ていた。「今年の桜ももう最後かぁ」と、ふと声を出したときに通知が鳴った。杉中からだった。「今日は家に来てくれてありがとうな。本当に楽しかったよ」と書いてあった。こっちもあんなに楽しい思い出ができたことがとても嬉しかった。

 夕食を食べ終え、紅茶をいれようとしていたときにインターホンが鳴った。誰だろうと思いながらドアを開けるとそこには中学時代の友達の青山だった。「あれ、青山じゃん。どうしたん?こんな時間に。」と言ったその瞬間に彼は「あの、相談があるんだ。」と切り出してきた。玄関先で話すのもどうかと思ったので取り敢えずリビングに青山を通した。


 「何か飲み物いる?いまちょうど紅茶を淹れようとしていたんだけど」と言うと彼は「じゃあ紅茶もらうね」と言った。今は夜の8時過ぎ。こんな時間に何の用事があるっていうのだろうか・・・。僕はもともと飲もうとしていたセイロンティーではなくダージリンティを淹れて彼に差し出した。なんか申し訳ないな。というのが彼の口から発せられる前に感じられた。これはきっと大きな問題だろうと僕は悟った。

 「で、相談とは?」と訊く。「実は、おれの高校に入ってきた生徒がいるんだけど・・・」と彼が言うと「その生徒がどうかしたの?」と訊いた。すると彼は続けて「非常に{南星高校に行きたかった}って嘆いているんだよ。彼も彼なりにこっちでの学校生活を楽しめば良いのに。」と言い出す。この時点で僕はふぅんと声を出すことしかできなかった。

 しかし自分はただ単にその言葉を流したわけではなかった。彼がこのことを言うなら僕よりも親しい中川に言えばいいのに。青山とは仲が良かったが、それ以上に幼馴染である中川のほうが僕よりもずっと仲が良いはずなのに。でもひょっとしたら青山は中川にもこのことを言ったかもしれない。この話の後に連絡を取り合うためにSTRINGを使って連絡先を交換し、何かあったらまた話そうということで彼は帰っていった。そのあと僕は洗濯物を洗濯機にかけて、部屋に干した。

 「彼が僕に直接言ってくるからには何か理由があるだろう」と思っていたその時に杉内から電話がかかってきた。僕はすぐに電話に出た。「もしもし?」「ねぇね、明日そっち来てもいい?やっぱりまだ勉強教えてもらいたいからさ」と彼が言ってきた。明日は父親は会社泊まり、母親は朝から友達の家に行くはずだったから家には誰もいない。「じゃあうちに来なよ。場所はわかる?」と訊いたりしながらその日は12時に寝た。


 翌朝は8時頃に目が覚めた。母親はちょうど出かけに行くところだった。そしてまたいつもの常用句である「なら、行ってくるわね」を言って出かけに行った。

彼が来たのは10時ちょっと前だった。インターホンの音が鳴り「はーい」と声をかける。ドアを開けると昨日とはまた一風変わったファッションをした彼がやってきた。「よぉ久しぶり」などと変なことを言い出すからこれにはさすがに自分も「いや、拓也と昨日会ったぞ」と笑い話をする。日曜の午前に誰も家にいない光景は拓也にとって珍しかったのか思わず「あれ、誰もいないの?」と訊いてきた。

 「これが普通というわけではないんだけどね」と返す。すると彼はまずうちのヨークシャテリアになでなでしていた。これも見かけによらない行動の一つだった。「何飲む?一応飲み物はある程度そろっているよ」と声をかけると「じゃあコーヒーちょうだい」という声が響く。僕はすぐさまお湯を沸かす。

 「うちって多分標準家庭ではない気がするんだよね。父も母も夜勤型だしさ。」などとつぶやきと「ふぅん、ということはご飯も一緒じゃないってこと?」と訊いてくる。「そうだよ。それが僕にとっての普通になってるかな」と言いながらコーヒーを淹れる。自分の分のコーヒーも淹れた。まずは一服する。そこから数学を教えてあげたのだった。彼の数学の力は昨日と今日だけでも随分違う。だから正直言うと1時間と少しで教える役目は終わった。すると時間は11時半を過ぎていたので「どうする?何か作ろうか?」と訊いてみた。すると彼は「じゃあ、雄図に任せる」と返事が返ってきたのでせっかくならたこ焼き作ろうという話になった。母親がタコを買ってきていてちょうど使い道に悩んでいたところだったのだ。

 僕はたこ焼き器を持ってきてセットした。2人きりでたこ焼きを楽しむのも少し不思議だったが、1人よりかは2人の方がより楽しいのでよかった。「どうせなら音楽も流そう」と言うことなので僕はオーディオをつけてJ-ロックを流した。

 たこ焼きの時にJ-ロックというあまり合わなさそうな感じの空気だったが、それも馴染んできた。そして焼き始めてから20分でたこ焼きはたくさん出来上がった。それを2人で分け合う。やっぱり1人より2人のほうが楽しいと思えたのだった。「しかし雄図は大変だな。本当によく1人で出来るよな。」「まぁな。これも慣れだよ。慣れてしまえば普通にそして段々と早く物事をこなせるようにもなるし」そしてたこ焼きを食べ終えた僕たちはしばらくテレビを見続けた。こうして土日共に杉中と過ごしたのであった。明日からまた学校が始まる楽しみを抱えながら。


それが恐怖であるということを気付かないまま。

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