No.98『派遣忍者クチダケ』
佐原「シュババババ!」
根岸「今日から派遣社員が来るっていうから、どんなのかと思ったら……」
佐原「シュバババッ!」
根岸「割と優秀だ、なんの仕事かはわからんが、シュババと仕事をしている」
佐原「これぞ忍法、雰囲気の術!」
根岸「ああ、やっぱり口で言ってただけなのか……」
佐原「仕事の速さは人並みです」
根岸「そうなのか」
佐原「僕が忍者だからって、そうそう魔法みたいになんでもできるわけないじゃないですか」
根岸「……うん、忍者っぽい覆面に違和感はあったよ。忍者なの?」
佐原「忍者ですよ?」
根岸「派遣社員じゃないの?」
佐原「副業の術! いや、というか現代社会に、職業忍者なんて数える程ですよ?」
根岸「そうなの? というか数えるくらいはいるんだ、職業忍者」
佐原「最近は諸外国のおかげでどんどんハードル上がっちゃって、なかなか」
根岸「ハードルって、忍者の?」
佐原「ええ、なんというか、本来忍者って地味なもんなんですけどね。ニンジャのイメージが強くなってきてまして、それこそ魔法みたいな、人の域を超越したようなパフォーマンスが求められるんですよ」
根岸「あー、まあ、わからなくはない」
佐原「デカイ蛙を召喚したりとか、水上を歩いたりだとか、ねぇ……。魔法じゃないんだから」
根岸「ゲームとか漫画とか、フィクションのイメージに引っ張られてるんだ?」
佐原「え?」
根岸「ん?」
佐原「いや、フィクションじゃないですよ。できる人もいます」
根岸「え、いるの? 蛙召喚できるの?」
佐原「あー、巨大ガマガエルとかになってくると僕はできませんけど」
根岸「え、できるの?」
佐原「できますよ? やってもいいですけど、ちゃんと蛙の面倒みてくれます?」
根岸「え、育てるの? お世話が必要なの?」
佐原「そりゃそうですよ、生き物ですから」
根岸「一休さんの虎の屏風の話みたいだな……。じゃあ、蛙はやめとこう」
佐原「はい」
根岸「……忍術ってさ」
佐原「はい」
根岸「フィクションじゃないんだ?」
佐原「まあ、プロの方ならだいたいは。―――魔法かよ!ってレベルのはさすがに無理ですけど」
根岸「ううむ、線引きがわからん。蛙は出せるのに……」
佐原「シュババババ!」
根岸「それも忍法なんでしょ?」
佐原「そうですよ? 雰囲気の術」
根岸「ピンキリだなぁ」
佐原「忍者っぽい術って、あんまり社会生活する上で実用性ないんですよ」
根岸「……あー、まあ、たしかに?」
佐原「火遁の術なんて火事になるし、土遁の術なんてコンクリートジャングルでは役立たずです。土が無いんだよ土が」
根岸「身代わりの術とかは?」
佐原「大学時代によく使いました」
根岸「代返か……。俺でもできるやつだ……」
佐原「根岸さんも忍者だったんですか?」
根岸「いや違う。ふつう」
佐原「ふつう」
根岸「あれは? 分身の術は?」
佐原「できますよ?」
根岸「マジか」
佐原「たまに失敗しますけど」
根岸「失敗するとどうなるんだ?」
佐原「仕事が増えたりとかします」
根岸「えぇ……」
佐原「やってみましょう」
根岸「やってみるのか」
佐原「ぽんぽこりーん、ぽんぽこりーん、インチキおじさんぽんぽこりーん!」
根岸「……魔法の呪文?」
佐原「忍者の術文です」
根岸「……じゅつもん?」
佐原「ぽんぽこりーん、えいっ!」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「……ぬぅ」
根岸「失敗?」
佐原「失敗しました」
根岸「なにか増えたの? それとも何も増えなかったの?」
佐原「宇宙ごと増えちゃいました」
根岸「……うん?」
佐原「てへぺろ」
根岸「スケールが大きすぎて把握できないんだけど」
佐原「ええと、要するに……」
根岸「要するに?」
佐原「えーと、宇宙の塊といいますかそのまとまりが、ええと増えるというか重ならないようにですね、重なるとぶつかりますから、ぶつからないようにですね、増えたって感じです」
根岸「うん、もうちょっと要して」
佐原「宇宙ごと分身しました」
根岸「……なにそれ」
佐原「このボールペンから、僕から、根岸さんから、この職場から、日本、地球、太陽系、銀河系、ってなんかもう全部が、分身しちゃいました。二個ずつあります」
根岸「魔法かよ! いや魔法でも規模がやべえよ!」
佐原「忍術ですよ」
根岸「忍者やべえな」
佐原「シュババババ!」
根岸「というか……」
佐原「はい」
根岸「本当に忍者なの?」
佐原「えぇ……」
根岸「いやだって、実際に何も起きてないじゃない」
佐原「まあ、プロじゃないんで、素人ですけど」
根岸「ん……?」
佐原「?」
根岸「……」
佐原「どうしました?」
根岸「いや、なんか音が……?」
ごごごごごご……
佐原「あ!」
根岸「何?」
佐原「やばい! まじやばいかも!」
根岸「何? 何なんだこの音?」
佐原「分身の術です! やばい! どうしよう!」
根岸「分身って、宇宙ごと増えたとかいう……」
佐原「地球単位で考えてもいいです! 地球のすぐ横に地球が増えたら、どうなりますか!」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「え、ぶつかるの?」
佐原「たぶん宇宙ごとぶつかってるんです! やばい、どうしよう!」
根岸「本物かよ忍術! というかスケールがやばすぎる! 宇宙の危機って!」
佐原「な、なんとかしなきゃ……」
根岸「なんとかなるのか?」
佐原「忍術で!」
根岸「おぉ……」
佐原「ぽんぽこぽんぽこ、えいっ!」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「音が、止んだ?」
佐原「……ふぅ、忍術のおかげで助かりましたね」
根岸「……」
佐原「僕が忍者だって、信じてもらえましたか? いやあ危なかったなぁ」
根岸「お前、さっきのごごごごご……って口で言ってたろ?」
佐原「ぬぬぅっ!」
根岸「……」
佐原「雰囲気の術が破られるとは……、不覚っ」
根岸「佐原、まだまだ未熟よのぅ。ベリベリ……」
佐原「覆面……、変装だったのか! ……というかその声は!」
根岸「……」
佐原「根岸さんのままじゃないですか」
根岸「ベリベリって言っただけだもん」
佐原「ぬぬぅっ!」
閉幕
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