No.97『苗字が違う』
佐原「ああ、今日は死ぬにはいい日だ……」
根岸「待て」
佐原「根岸……。止めないでくれ、俺はもう、生きる気力もない。このビルから飛び降りることで、俺はこの生涯を閉じようと思う」
根岸「女にフラレたくらいで、何も死ななくてもいいだろう。諦めずにアタックするなり、次の恋を探すなり、いろいろあるだろ!」
佐原「……まじ? 未来に希望、ある?」
根岸「もう揺らいだ。割と弱い決意だな」
佐原「飛ぶわ!」
根岸「ああ待て待て待て、ごめん失言だった。 あるよ! 未来に希望ありまくりだよ!」
佐原「ありまくり?」
根岸「ありまくり」
佐原「期待しちゃっていい?」
根岸「いいよ、大丈夫だよ。未来の可能性は無限大だよ!」
佐原「宝くじ当たって、女にモテまくりで、世界が俺のものになる?」
根岸「欲深すぎる」
佐原「ないのか……、じゃあ飛ぶわ」
根岸「待て待て待て。もうちょっとユルい感じの未来を望もう。ちょっとハードルが高すぎる」
佐原「そうめんがおいしい」
根岸「うん、そのくらいならOK」
佐原「やった! じゃあ生きる!」
根岸「そうめんに負けるくらいの失恋ダメージだったんだな……」
佐原「女なんて星の数だよ! 手が届かないところも含めて星みたいなもんだよ!」
根岸「うんまあ、開き直ったってことでいいのかな」
佐原「無敵だよもう! スター状態です! いまなら飛べる!」
根岸「落ち着け。飛んだら死ぬ」
佐原「たしかに、無敵でも穴に落ちたら死ぬもんなマリオ」
根岸「うん、そう。あってる」
佐原「すー、はー」
根岸「落ち着いた?」
佐原「無敵切れた」
根岸「そう、ならよかった。とりあえず自殺は思いとどまったんだな」
佐原「まあ、飛んで彼女ができるわけじゃないし。とりあえず生きてみるよ」
根岸「まあ正しい」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「はい」
根岸「うん」
佐原「とまあ、こんな感じだな」
根岸「こんな感じでいいのか」
佐原「俺がフラレたら、ちゃんと自殺を止めてくれよ。今の感じでだいたいOKだから」
根岸「止めたというか、喋ってたら止まったというか」
佐原「よしじゃあ、行ってくる!」
根岸「事前に保険かけまくりだな」
佐原「一世一代のことだからな!」
根岸「……自殺するとこまでシミュレーションしなくても」
佐原「武者震いしてきたぜ……。楽しみだなぁ」
根岸「……」
佐原「楽しみだわぁ、合コン」
根岸「まあ、出会いを楽しんで来い」
佐原「ああ、数年後には子供が二人いて、俺は年収3億円で、愛人も2億人は居るなんて、楽しみだなぁ」
根岸「日本の人口より愛人の数が多い」
佐原「ふふふ、ああ、楽しみだなぁ合コン」
根岸「まだ出会ってもないのに、相手はすごいプレッシャーだな。どんな人が来るかもわかってないんだろ?」
佐原「さっぱり。それこそ相手が人間の女性かどうかすら不明」
根岸「人間の女性以外の可能性がある合コンってなんだ……」
佐原「行ってくるぜ!」
根岸「ああうん、楽しんでこい」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「はい」
根岸「うん」
佐原「とまあ、こんな感じで、勢いよく送り出してくれ」
根岸「勢いが大事なのか」
佐原「ああ、恋も出会いも勢いがすべてだ。 食パンくわえた美少女とぶつかる時も、時速60キロは出すように心がけたほうがいい」
根岸「事故だな」
佐原「そう、恋は事故みたいなものなんだよ」
根岸「事故そのものなんだけども」
佐原「ああ、楽しみだなぁ。いつ誘われるかなぁ、合コン」
根岸「お酒飲める年齢になってからじゃないかな、たぶん」
佐原「まだか」
根岸「まだ子供だからね」
佐原「幼稚園児がお酒のんじゃダメか」
根岸「ダメだね。積み木でもしてよう」
佐原「どんぐり拾いに熱中するわ」
根岸「OK」
佐原「でもむしろ、今合コンに参加したほうがモテそうじゃない? 若さは武器だよ?」
根岸「まあ、合コン中はモテるかもしれないけど」
佐原「けど?」
根岸「その後は、収入もなく定職にもついてない男はダメじゃないかな。恋人対象にはならないでしょ」
佐原「どんぐりならある!」
根岸「どんぐりは通貨じゃない」
佐原「じゃあヒモでいい。ゴムひも」
根岸「ゴムひもて。そんな宣言を幼稚園児にされたら親が泣くわ」
佐原「ダメか」
根岸「ダメだね。もうちょっと健全に未来を考えよう」
佐原「あー、しょうらいのゆめとか、ああいうの?」
根岸「そう、ああいうの。警察官になりたいとか、先生になりたいとか」
佐原「ゴムひものような、伸びのある人生を送りたいです」
根岸「元の長さに戻る前提なのか」
佐原「老いたら戻る」
根岸「……なるほど?」
佐原「というわけで、どんぐり拾ってくる!」
根岸「なんで」
佐原「今は夢より、女より、どんぐりなんだ!」
根岸「そうか、なるほど」
佐原「根岸も一緒に行こう!」
根岸「まあいいけど」
佐原「けど?」
根岸「俺は松ぼっくり派なんだよ」
佐原「OK、松ぼっくりは根岸のものだ。どんぐりは俺のな」
根岸「OK」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「はい」
根岸「うん」
佐原「とまあ、どんぐりに情熱を傾ける青春を送るわけだよ」
根岸「何かに熱中するのはいいことだな」
佐原「そんときは一緒に拾いに行こうぜ!」
根岸「OK」
佐原「ああ、楽しみだなぁ、どんぐり拾い。早くここから出られないかな」
根岸「……」
佐原「産まれたら、夢と希望とどんぐりと合コンにまみれた世界が待ってるぜ!」
根岸「すごい世界だなそれ」
佐原「根岸も楽しみだろ?」
根岸「ああ、まあ?」
佐原「なんだよ、根岸は産まれるの楽しみじゃないのか? あと数週間だぞ? 大丈夫かそんなことで?」
根岸「ああ、うん。いやあのさ、ここってさ……」
佐原「ここ? 俺の母さんのお腹の中だな。羊水で満たされてびちゃびちゃだ!」
根岸「……」
佐原「俺が産まれるまで、あと数週間!」
根岸「俺は誰なんだよ……」
閉幕
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