No.96『本棚がどんどん充実していくんだ!』
佐原「子供が産まれたんだ」
根岸「……それはおめでとう。というか、佐原、相手いたっけ?」
佐原「オレじゃない。家族に、だ」
根岸「……弟か妹の子?」
佐原「強いて言えば、俺の子の子だ」
根岸「うん、話が飲み込めない。お前にまず子供がいたのか?」
佐原「俺に子供はいない」
根岸「どういうことだよ」
佐原「俺のペットが、子を産んだんだ」
根岸「ああ、そういう」
佐原「で、引き取らないか?」
根岸「ペットなんか飼ってたっけ。ワンルームだろおまえんち」
佐原「犬猫じゃないから大丈夫。吠えないし、鳴かないし、暴れない」
根岸「ハムスターとか?」
佐原「ズカン」
根岸「ズカン?」
佐原「そう」
根岸「ミカンみたいな?」
佐原「植物じゃん。あとイントネーションが違う」
根岸「……うん。何、ズカンって。なんとなくイタチ科っぽいような」
佐原「お母さんが魚」
根岸「―――ああ魚か、アクアリウムはちょっと興味あるにはある―――」
佐原「お父さんはヒャッカジテン」
根岸「聞いたことない生き物だ」
佐原「俺も何だかよくわかってないんだけどね」
根岸「謎の生き物……?」
佐原「あー、海水魚だな。お母さん」
根岸「……なにその」
佐原「かわいいんだぞ」
根岸「ちょ、ちょっと待とう」
佐原「待った」
根岸「え、ズカンって生き物はなんだ、キメラなのか?」
佐原「NO。俺に彼女がいないのは喋る犬をつくったからじゃありません」
根岸「怖いよ」
佐原「もともと彼女なんていないんだよ!」
根岸「お、おおう……」
佐原「ペットだけが、俺の心の癒しなのさ……」
根岸「そ、そうか……」
佐原「この癒しを、ぼっちで孤独でロンリーな根岸にもおすそわけしようってわけだ」
根岸「うん、なるほどお気遣いありがとう。―――で、そのズカンってのは何なんだ」
佐原「いや、まだ白紙だ。これからどんな図鑑に育つのか……」
根岸「……」
佐原「未知数だな。何かしらの図鑑にはなるんだろうけど」
根岸「図鑑?」
佐原「図鑑」
根岸「図鑑って、本?」
佐原「ブック」
根岸「……図鑑って、子供産むの?」
佐原「その生き物のオスとメスがいたら、そりゃあ繁殖するだろう」
根岸「ヒャッカジテンって百科事典か!」
佐原「そう言ったじゃん」
根岸「じゃあ魚も魚の図鑑か。―――というか図鑑にオスメスがあるのか」
佐原「そりゃああるよ、生き物だぞ?」
根岸「……ん、おー、おおう?」
佐原「というわけでどうだ、里親を探してるんだが」
根岸「図鑑の」
佐原「そう、子図鑑の。―――かわいいぞ、まだハードカバーにもなってない。ちっちゃくてふにふにだ」
根岸「本って成長するとハードカバーになるのか。知らなかった」
佐原「まだポケット図鑑てとこだな。キーホルダーサイズの」
根岸「あったなあ小学校の頃、クイズとかのやつだろ」
佐原「図鑑だから、クイズの本には育たないと思うぞ」
根岸「そういうものなのか」
佐原「なんだ、何もしらないんだな。大丈夫かそんなんで、里親」
根岸「いやまだ飼うとは」
佐原「いいから飼ってみろって、世界が変わるぞ。―――植物図鑑とかいいぞ、飼いやすいし、道端の植物の名前も知れる」
根岸「飼いやすさとかもあるのか?」
佐原「そりゃそうだ。夏に毛が抜けるタイプのは掃除が割と大変だな」
根岸「……毛? 図鑑に毛が生えるのか」
佐原「そういうのもある」
根岸「マジか、こわいな」
佐原「日本人形みたいなもんだよ」
根岸「日本人形より怖い気がするんだけど、毛本」
佐原「夏だからな、いいんだよそのくらいで、涼しくなるだろ? まあ毛がある間は暑苦しいんだけど。そのうち全部抜け落ちるから大丈夫」
根岸「へぇ」
佐原「ちょうど一冊持ってきてるんだ」
根岸「持ってきてるのか」
佐原「ポケットサイズだからな。―――ほら」
根岸「……ほう、これが」
佐原「まだ飛べないから本棚も必要ないしな。持ってみるか?」
根岸「……飛ぶのか、図鑑って」
佐原「根岸はほんと何も知らないな。もっと図鑑とか読んだほうがいい」
根岸「そういうもんか……。―――てか動かないけど?」
佐原「―――図鑑だもんなぁ」
根岸「うん?」
佐原「いやうん、なんでもない」
根岸「ああ、割と動かない系の生き物なのか。なるほどなぁ」
佐原「なついてるっぽいし、根岸、そのまま飼え」
根岸「マジか、何がどうなついてるのかさっぱりわからんけど」
佐原「もう親は根岸だからな、責任持って育てるんだぞ!」
根岸「ああうん、そうか、わかった。がんばる」
佐原「じゃあ、俺は帰るから!」
根岸「待て待て、普段は図鑑って何を食べるんだ?」
佐原「もう根岸にあげたんだ! 俺は関係ない!」
根岸「なんだおい、なにをそんな帰りたがってるんだ」
佐原「じゃあな!」
根岸「待てってば。なんで逃げるんだ」
佐原「はな、はーなーせーよー!」
根岸「……何かあるのか」
佐原「……」
根岸「言えよ。何かあるのか?」
佐原「……ひゃく」
根岸「ひゃく?」
佐原「……怖いんだよ」
根岸「何が。……まさかこいつ、毛が生えるタイプの図鑑か!」
佐原「違う」
根岸「じゃあなんだっていうんだ。他に何かあるのか」
佐原「ふつう、図鑑は子供を産まないだろう!」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……えぇ……」
佐原「増えるんだよ、そいつら……。日本人形の髪が伸びるのなんか目じゃねぇ……、どんどん増えていくんだ……」
根岸「えぇぇ……」
佐原「朝起きたら、増えてるんだ。植物図鑑、乗り物図鑑、きのこ図鑑、世界のうんこ」
根岸「ホラー、なのか?」
佐原「本棚がどんどん充実していくんだ!」
根岸「いいことのような気もする……、嬉しい人もいるだろそれ」
佐原「まだ増えるのがわかってるんだ……。うちの本棚はもう限界だ。……もううちじゃ飼えないんだ! わかってくれ!」
根岸「どれだけ増えるんだよ……」
佐原「さっき答えただろう」
根岸「聞いたっけ」
佐原「さっき何科あるのか聞いてきたじゃないか」
閉幕
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