No.92『なんもかんも平等パンチ』

佐原「差別を、なくすぞー! 世の中、びょうどーう!」


根岸「おー」


佐原「差別、はんたーい! たいらな、しゃかーい!」


根岸「おー」


―――


根岸「というわけで、用意しました」


佐原「おぉ……。でっかいなぁ……」


根岸「壁です」


佐原「これは、なんの壁なんですか?」


根岸「これは、言語の壁です」


佐原「これを壊せば、言葉の違いによる壁がなくなるんですね!」


根岸「そういうことです」


佐原「で、どうやって壊すんですか?」


根岸「そりゃあ……」


佐原「そりゃあ?」


根岸「拳で」


佐原「コブシで!? そうか、演歌の心は、音楽の心は世界共通! 言語の壁など無いに等しい!」


根岸「いやグーで」


佐原「グー!? パンチ?」


根岸「いえす、ぱんち」


佐原「……この壁に?」


根岸「この壁に。―――はいどうぞ、言語の壁を壊してください」


佐原「……えぇ……」


根岸「どうぞ?」


佐原「お……おー、がんばる」


根岸「平等な社会のために」


佐原「わ、わあああ! わあああ! わあああ! ダメだ、かたい!」


根岸「言語の壁とは、かくも硬いものです。それでも他の壁と比べれば柔らかいほうですよ」


佐原「もっとやわらかい平等を目指したいです」


根岸「では、こちらへ」


―――


佐原「この壁は?」


根岸「これは、人種の壁です」


佐原「……地域によっては言語の壁より硬そうなんだけど。壊せば、人種による差別がなくなるというわけですね」


根岸「では、壊してください」


佐原「どうやって?」


根岸「拳で」


佐原「コブシで!? やはり演歌の心は人の心、人種の壁など演歌の前にはなきにしもあらず!」


根岸「あるんですね」


佐原「歌は世界を救う、そういうことだったんだ……」


根岸「壊せるんですかね、歌で」


佐原「ジャイアンならあるいは……。あ、でもあれは演歌じゃないか」


根岸「そうですね」


佐原「じゃあやはり壁を壊すのは……」


根岸「拳で」


佐原「こぶし……」


根岸「なっくる」


佐原「KOBUSI……。はっ! そ、そうか、男の友情は拳と拳で語り合うという、そこに人種の差などないということか! いける、壊せるぞ!」


根岸「あ」


佐原「え?」


根岸「今、男の友情とおっしゃいました?」


佐原「言っちゃいました」


根岸「壁が、より硬く、厚くなりました」


佐原「え、なんで?」


根岸「人種の壁に加え、性別の壁までお作りになられたので」


佐原「マジかー」


根岸「まあ、では、どうぞ、壊してください」


佐原「お、おー……」


根岸「さあ」


佐原「わ、わあああ! わああああ! わああああああ! ……ダメだ、すごいかたい!」


根岸「人種の壁も、性別の壁も硬く、厚いのですね。なかなか一枚岩というわけにもいきません」


佐原「次いこう次、もっとかんたんな平等を目指そう」


根岸「わかりました、ではこちらへ」


―――


佐原「なかなか差別の無い社会を作るのは難しいなぁ」


根岸「何一つ壊せてませんしね、壁」


佐原「お、この壁は? なんか薄いし壊せそう!」


根岸「それは、海なし県と海あり県の、県民の意識の壁ですね」


佐原「微妙ぉ」


根岸「最近ではもう、壁と思ってない方も多いでしょうね。だから薄い」


佐原「でも平等な社会のためには、ありとあらゆる壁を壊したほうがいいのだろうか」


根岸「あ、やめたほうがいいですよ。土地関係の壁は」


佐原「どうなるんですか?」


根岸「県ごとに分裂して、まさに島国となります」


佐原「えらいこっちゃ。―――もうちょっと社会問題っぽい壁にしたほうがよさそうですね」


根岸「とおっしゃると思いまして、こちらを用意しました」


佐原「おお、これは! ―――何? でかくて硬そう」


根岸「貧富の壁です」


佐原「わああああ! わああああ! わああああ! ……知ってた!わかってた!」


根岸「では次へ」


―――


佐原「大きい社会問題の壁は、やっぱり硬いのかなぁ……」


根岸「そうでもありません。あちらをご覧ください」


佐原「あ、割と小さい。自分と同じくらいの高さですね。あれはなんの壁なんですか?」


根岸「ひとつの漫画の、同じキャラクターの、原作派とアニメ派の壁です」


佐原「……なんじゃそら」


根岸「仲良くすればいいのにねぇ」


佐原「……」


根岸「ああ、今、あれくらいの壁なら壊せてもよさそうなのになぁと思いましたね?」


佐原「あ、いえ」


根岸「やってみますか?」


佐原「あ、じゃあ一応……」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「さあ、拳で」


佐原「あの……、女の子の絵が描いてあって殴りにくいんですけど」


根岸「ちなみに裏面はアニメ版です」


佐原「……違いがわからないんですけど」


根岸「違いが無いなら、壁は生まれないんですよ。私にも違いがわかりませんが。―――では、まあ、どうぞ壊してください」


佐原「わ、わああああ! わああああ! わああああ! ……罪悪感がすごい!」


根岸「あの人、アニメの女の子が描かれた壁を殴り続けてる……」


佐原「なんか変質者っぽさもすごい!」


根岸「まあ、次いきましょうか、次」


―――


佐原「……いまさらな疑問なんですけど」


根岸「はい、なんなりと」


佐原「僕が、この拳だけで壊せる壁なんてあるんですかね」


根岸「無いでしょうねぇ」


佐原「あー、やっぱり」


根岸「壁は、こちら側が作らなくても、向こう側から作られますから」


佐原「こっち側をどれだけ殴っても大丈夫なのは……」


根岸「そう、あなたが平等を願っており、差別意識などほとんど持っていないからです。そのため、あなた側の壁はやわらかく、薄い。―――厚く、硬いのは相手側です」


佐原「なるほどなぁ……」


根岸「まあ、相手側の壁の大部分は『奇声をあげ殴りかかってくる人』に対する壁ですが」


佐原「―――。お、お前が拳で壊せって言ったんじゃないか! なんだよ、もっと他に方法あったんじゃないか!」


根岸「ふつう、対話と理解ですよね。殴りかかりはしませんよふつう」


佐原「だよね!? ふつうは拳じゃないよね!?」


根岸「怒りましたか?」


佐原「怒るよ!」


根岸「では、私を殴ってください。平等な社会のために」


佐原「意味がわからない!」


根岸「少なくとも、私とあなたの間に壁がないということを証明しましょう。……さあ。本気でどうぞ」


佐原「ああ、もう!」


根岸「―――っ!」


佐原「……殴ったぞ……。―――確かに。確かに壁はなかった」


根岸「はい」


佐原「でも、俺の手も痛い。これまでとは違う。壁が無いってことは……、平等ってことは、俺も痛みを伴うってことなのか―――」


根岸「いえ、違います」


佐原「え……」


根岸「私、ドMなんです。殴られると興奮します」


佐原「えぇぇ……」


―――


根岸「あ、壁が」




閉幕

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