No.91『カエルの常識、非常識』

佐原「胸がふるえるー」


根岸「ケロケロケロ」


佐原「淡くーゆれーてるー」


根岸「ケロケ……おい」


佐原「まわるこーのそーらーみず―――ん?」


根岸「おいってば」


佐原「気持ちよく歌ってるところを、なんですか先輩」


根岸「気持ちよく歌ってるところ悪いんだけどな」


佐原「うん」


根岸「ケロケロ歌え」


佐原「なんでですか」


根岸「カエルとして」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「ただの全身タイツじゃないですか!」


根岸「カエルなの」


佐原「えー」


根岸「カエルなの」


佐原「先輩はいいですよ、タイツ緑色だもん! なんで俺のは水色なんですか! これのどこがカエルですか! ぴちょんくんみたいだ!」


根岸「ドンキに緑のが2着なかったんだ!」


佐原「……えー」


根岸「まあ個性だよ個性」


佐原「ぴちょんくん……」


根岸「いや、水色のカエル。―――幸運を呼ぶらしいぞ」


佐原「むう、そういうことなら……」


根岸「カエル、オーケー? で、ケロケロ歌え。コンクールは近いんだ」


佐原「でもぉ」


根岸「でも?」


佐原「カエルだからってケロケロ歌うなんて、個性もなにも無い!」


根岸「えぇ……」


佐原「そんな縛られた世界はいやです! そもそもカエルは実際のところケロケロとは鳴かないじゃないですか! ケロケロケロッピ先輩はどこ行っちゃったんですか!」


根岸「……」


佐原「どこ行っちゃったんですか!」


根岸「あの先輩のことは忘れるんだ」


佐原「もう時代は平成も終わったっていうのに、ケロケロとしか歌えないこんな世の中じゃ! POISON!」


根岸「まあ、言わんとすることはわからなくもないけどさ」


佐原「わかってくれましたか」


根岸「個性の尊重はまあ、いいんだけど。みんながケロケロ歌ってるのに、一人だけ日本語で歌ってたら浮くだろう?」


佐原「浮かないと沈むじゃないですか。沈んだら溺れるじゃないですか。カエルは肺呼吸なんですよ? オタマジャクシじゃあるまいし」


根岸「ん? ああまあ、うん?」


佐原「そもそも、みんなケロケロ歌ってるけど、ケロケロの中身はバラバラじゃないですか」


根岸「……」


佐原「ちょっと歌ってみてくださいよ、さっきの」


根岸「ケロケロ♪」


佐原「ほら、燃えよドラゴンズだ。あっちのグループは六甲おろし歌ってるし、カエル語で全部ケロケロになるだけで、心はバラバラだ! そんなことでコンクール出場だなんて、喉が鳴るぜ! ケロケロ!」


根岸「……気づいていたのか」


佐原「だから、ひとりだけ美声でもいいじゃないですか! 俺の歌を聞けぇ!」


根岸「理屈がわからん。美声かどうかはともかく―――」


佐原「突撃ラブハー!」


根岸「痛ぇ!―――なんで頭突きだよ」


佐原「俺の美声で、コンクール優勝をもぎ取ってみせますよ先輩。先輩たちは後ろでケロケロしててください。あとは俺の独壇場だ」


根岸「えぇ……」


佐原「任せてくださいよ」


根岸「むむぅ……」


佐原「なんです?」


根岸「いや……井の中の蛙、ってヤツだろうか、と」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「ケロケロ」


根岸「あ、適当に誤魔化したなお前」


佐原「大丈夫っすよ先輩、そのコトワザの先を知ってますか?」


根岸「大海を知らず」


佐原「そう。でも大丈夫、俺は大会を知ってます。出場者数とか、審査員の数とかね。ネットで調べましたから」


根岸「……?」


佐原「20点が満点ですが、合格点に満たなくても演技終了後のトーク次第では合格点になったり満点になったりします。大事なのは笑いと涙です、エロスはいりません!」


根岸「なんか違う大会だそれ」


佐原「……?」


根岸「え、いや、海は?」


佐原「海ってなんですか。―――あ、熱い鉄板の上に落とした水滴は水蒸気の膜を作ることで一瞬では蒸発しなくなる現象のことだ!」


根岸「……いや、なんか知らんが違う」


佐原「えー」


根岸「知らんかったか、海」


佐原「まあそれはともかく。そのコトワザには更に続きがあるんですよ」


根岸「されど、空の青さを知る」


佐原「そうそれ。それそれぇ! 空は青かったってガガーリンも言ってた!」


根岸「地球……」


佐原「ガガーリンもカエルだったんですねぇ。空の青さを知ってたんだ」


根岸「なにその変な嘘事実……」


佐原「ネットで調べました」


根岸「偽情報じゃん……」


佐原「先輩、先輩が知ってることだけが世の中の全てじゃないんですよ? 自分の知ってることだけが真実ではないし、見えてる真実とは別のところに本当の真実があるかもしれないんです」


根岸「えぇ……」


佐原「先輩の、そういう状態をなんていうか知ってますか?」


根岸「……」


佐原「井の中の蛙大海を知らずっていうんですよ? 喉が鳴るぜ! ケロケロ!」


根岸「えぇ……」


佐原「もちろんユビキタス化の進んだカエルなので、空の青さも俺は知ってますよ!」


根岸「ユビキタスとか久々に聞いたぞ」


佐原「海藻です」


根岸「……うん?」


佐原「海藻ですよ? 知らないんですか?」


根岸「……あおさか」


佐原「そうそれ、先輩のタイツをミキサーにかけたようなやつ」


根岸「なんて表現だ。というかそれは、あおさだ。空の青さじゃない」


佐原「空の青さでしょ?」


根岸「いやいやいや。なんで海藻になっちゃったんだよ」


佐原「ネットで調べました!」


根岸「いいか、空の青さっていうのは、まあお前のタイツの色みたいな色だよ、色」


佐原「……んん?」


根岸「……」


佐原「これは水色です! 水の色! 海藻の色なわけないじゃないですか!」


根岸「……えーと」


佐原「井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る! ふふん!」


根岸「空って知ってる?」


佐原「空ってなんですか?」


根岸「そこから知らないのか!」




閉幕

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