No.88『爪を折っておけば防げたかもしれない』

『根岸根岸! へい! へいこっちだ! こっち見ろ!』


根岸「……えぇ……、何? 何撮ってんの?」


『時代はな、今ホームビデオなんだよ!』


根岸「ビデオカメラとか久々に見たよ。っていうかホームビデオが時代だったのはもう随分前の話だろ」


『いなくはない』


根岸「うん、まあ、小学校とか幼稚園のイベントには居るんだろう。ビデオカメラのお父さんお母さん」


『というわけで、時代は今、ホームビデオ』


根岸「ホームビデオって単語がなんとなく古めかしいんだけど」


『ビデオも、ビデオデッキも無いしな』


根岸「ホームDVDって言うのが正しいのかね、今は」


『いいんだよ、DVDだろうがブルーレイだろうが、広義のビデオだよ。ホームビデオなんだよ』


根岸「まあ、そういう単語か」


『そうそう。というわけで、根岸の日常をビデオに収めておくのだ』


根岸「おっさんの日常撮って何が楽しいんだよ」


『日常系ってやつだよ。流行り流行り。―――いいからなんか動け』


根岸「動けったって、なんだよ、やらせじゃないか」


『やらせじゃないぞ、根岸の日常だ。―――掃除とかするといいよ!』


根岸「掃除……」


『そう、掃除』


根岸「お前んちだろここ」


『うむ』


根岸「なんで俺がお前んちに遊びに来て、お前んちを掃除してやらねばならんのだ」


『そんなのいいから、掃除するといいよ』


根岸「なんだそりゃ」


『やらせ』


根岸「……うん、まあ、やらせだな」


『さぁ!』


根岸「はぁ……。―――掃除機どこだ?」


『根岸もつくづく付き合いがいいなあ』


根岸「だってお前、ビデオ回してる以上は引かないだろ?」


『よくご存知で』


根岸「掃除機かけるだけだからな。それ以上は掃除しないぞ?」


『オッケーオッケー。あ、掃除機はそこの押入れ』


根岸「はいはい。じゃあ、掃除しますかね」


『ハプニングの予感!』


根岸「掃除するだけだよ。ハプニングは起きない」


『何言ってんだ、ホームビデオが撮られてる中掃除するんだぞ?』


根岸「テレビの投稿動画とか見すぎだよ。そうそうハプニングは起きない」


『わくわく』


根岸「ほんと人の話を聞かないなぁ」


『……』


根岸「……」


『……』


根岸「おい」


『……』


根岸「おいこれ。押入れの中」


『ハプニング!』


根岸「なんだこの黒く変色した四角い存在は」


『食パンだったもの』


根岸「……」


『ハプニング!』


根岸「仕込みじゃないか。やらせでハプニングを起こすんじゃない」


『なんと4年前の食パンです』


根岸「これを4年前から仕込んでるお前の存在がハプニングだわ」


『しかも俺が引っ越してきたのは去年という』


根岸「ホラーじゃん。―――じゃあ何で4年前ってわかるんだよ」


『不動産屋さんが言ってた』


根岸「……いや捨てろよ」


『間取り図の、このSPってなんですかって聞いたら、食パンですって』


根岸「……へぇ」


『PSは、配管とかが通ってる所だってさ』


根岸「……へぇ」



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根岸「で」


『―――』


根岸「ざっくりだが、終わったぞ掃除機がけ」


『ノーハプニング!』


根岸「そうだな。ノーハプニングだ」


『えー、なにそれー、えー』


根岸「掃除してあげたのにえらく不満そうだ」


『もっとこうさ、棚の花瓶が落ちそうになったのをキャッチした拍子に食器棚をぶち抜いて隣の部屋に転げ込んだらゾンビだらけだった、みたいなこと起こしてよ』


根岸「花瓶も食器棚も無いだろがお前んち」


『一人暮らしの男の部屋にあるかい、そんなもん』


根岸「うん、じゃあ期待するなや」


『不満だわー。フマーン・カーンだわー』


根岸「なんじゃそりゃ」


『ホームビデオというものはだね、楽しいイベントが台無しになったり、何気ない日常が面白おかしくなったりするものなのですよ! えらい人にはわからんのですよ!』


根岸「とはいえ、なぁ」


『まだだ、まだ終わらんよ、ハプニング!』


根岸「オートフォーカス切ってるとか?」


『後で見返したらピントあってなくてぼけぼけなのかー。地味ぃ!』


根岸「地味だな」


『もっとこう! もっと! 隕石落ちてくるとか!』


根岸「ハプニングの域を超えてる。災害じゃん」


『大丈夫、落ちてくる隕石に爆弾をしかけに行くから。根岸が』


根岸「俺かい」


『それを、撮る』


根岸「映画じゃん」


『ホームビデオだよ』


根岸「規模がもうホームビデオじゃない」


『地球が俺たちのホームだろ? ならホームビデオだよ』


根岸「えぇ……」


『……む』


根岸「……どした」


『あ、いや、ふと』


根岸「ふと?」


『これ、後で見返したら、ひたすらに画面に向かって根岸が喋ってるだけの映像なんだな、と』


根岸「……そうだな」


『……地味ぃー』


根岸「だから言ったろうに。特に面白くならないって」


『そこをなんとかお願いしますよ!』


根岸「お願いされても―――」


『―――ん?』


根岸「あ?」


『―――帰ってきた』



--------------------------------------------------------------



根岸「……映像ここまで」


佐原「……えー」


根岸「な?」


佐原「どこからどう観ても俺の部屋じゃん?」


根岸「そう」


佐原「最後に帰ってきたのが、俺じゃん?」


根岸「そう」


佐原「……根岸が喋ってた、ビデオ撮ってた奴誰だよ……」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「○○だろ」


○○「じゃあ最後に帰ってきてた俺は誰なんだよ!」


根岸「○○だな」


○○「えぇ……」


根岸「……」


○○「ハプニングだわー」


根岸「いやホラーじゃないかな」




閉幕

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