No.87『守破離』
佐原「まあそこに座りたまえ根岸くん」
根岸「何を―――」
佐原「いいから」
根岸「……」
佐原「座りなさい」
根岸「はぁ、まあいいけど」
佐原「根岸くん」
根岸「はいはい」
佐原「はい、は一回」
根岸「はい。―――というかなんでそんな偉そうなんだ」
佐原「だまらっしゃい!」
根岸「はぁ」
佐原「守破離、というものを知っているかね」
根岸「……」
佐原「しゅはり」
根岸「知りません」
佐原「修行や成長における考え方だよ。武道や茶道や、最近では人材育成などでもこの考え方が使われるようになったな」
根岸「へぇ」
佐原「ひよっこはまず、先輩を倣い、型を覚える。型を徹底的に守ることにより、ようやく一人前だ。まずはマニュアルに従えということだな」
根岸「なるほど」
佐原「これが守破離の、守」
根岸「ふむ」
佐原「そしてその伝統的、慣習的な型を完璧にこなすことができるようになったら、それをよりよく改善できるようになったり―――」
根岸「他の型を取り入れることもできるようになる、のか?」
佐原「そう、飲み込みがいいね」
根岸「なんで上から目線なのか」
佐原「それが、守破離の破だ。既存の型を破る。バージョンアップだ」
根岸「ふむ」
佐原「そして最後、多くの知識や経験を取り入れ、教わった型にも他の型にも精通した先で、自分オリジナルの型を作ることができるようになる」
根岸「ふむ」
佐原「既存の型を、離れるときだ。巣立ちだね」
根岸「なんで柑橘類が出てきたんだ」
佐原「巣立ち! 巣を離れるんだよ、自分で作り出す世界に羽ばたいていくのさ」
根岸「ああ、巣立ちか」
佐原「まったく、そうやってすぐ話の腰を折るのは根岸くんの悪いところだぞ。矯正したほうがいい」
根岸「はぁ」
佐原「これが、守破離というものだ、わかったかね?」
根岸「ええ、まあ」
佐原「よろしい」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「佐原、ちょっと質問いいか」
佐原「どうぞ」
根岸「今の話は、今回お前が取ったひどい点数のテストと何か関係があるのか?」
佐原「……んもー、先生もわっかんない人だなー」
根岸「すまんな、先生飲み込みが悪くてな」
佐原「いい? つまり俺は、もうこのテストの型はとっくなの、とっく」
根岸「とっく」
佐原「そう、もう俺はこの型を守る時期は過ぎたの、もはや破るときといってもいいレベル」
根岸「……んー」
佐原「俺ぐらいになるとまあ、そういうレベルってことだよ、先生」
根岸「ちょっと座りなさい」
佐原「あ、はい」
根岸「ちょっとまず、立場を確認しようか。―――俺は先生で」
佐原「ぼくは生徒です先生」
根岸「そうだね」
佐原「そうです」
根岸「で、今回呼び出された、というか居残りさせられてる理由はわかるな?」
佐原「型にはまらぬアウトローな生き方が、型にはまったつまらない大人たちには面白くなかったのだと思います」
根岸「……うん。そうだな、テストの点がひどかったからだな」
佐原「わかりやすく言うとそうです」
根岸「あのな佐原」
佐原「はい」
根岸「漢字テストっていうのは、型からはみ出しちゃダメなんだよ」
佐原「……えぇ……」
根岸「えぇじゃないよ。型を守るルールなんだよ、漢字テストっていうのは」
佐原「そ、それじゃあぼくの発明した漢字たちはどうなるんですか!」
根岸「まあバツだわな」
佐原「罰が! ひどすぎる!」
根岸「というかお前、そもそもだ、そもそも、型をわかってないだろ」
佐原「そんなことないですよ、型を忠実に守り、その先のステージにいるだけです」
根岸「お前ここ、『馬の耳に○○』」
佐原「答えは知っています。その上で型を破ったのです」
根岸「言ってみ、正しい答え」
佐原「ぐぬ!」
根岸「ぐぬじゃないよ、なんだよぐぬって」
佐原「う、馬の耳に―――」
根岸「馬の耳に?」
佐原「草原の風を感じ、脳裏に広がるその草海原に永遠と悠久を想う。ああこの道なき平原の先に待つのは暖かい家庭などではなく無限の孤独であろうことは確かであり、願うならば戻りたい過去は既に去り、前を向くしかないことを否応無しに思い起こさせるのである」
根岸「おお」
佐原「ふふん」
根岸「慣用句って知ってるか?」
佐原「ギターざむらい」
根岸「うん違う」
佐原「残念!」
根岸「念仏な」
佐原「何が」
根岸「いや、馬の耳に」
佐原「とろろとか?」
根岸「んあ? ……ああいや、違う、粘物じゃない。念仏」
佐原「なむー?」
根岸「そう、なむー」
佐原「わかるわけないじゃないですか! 馬に!」
根岸「いやだから、そういう慣用句なんだってば」
佐原「わけのわからないことを」
根岸「いや佐原な、とりあえずテストに出てるのは、全部授業でやったことだから」
佐原「それが型だというのですか」
根岸「そうだね、型だね。そんでその型を守れてるか確認するのが、テストだ」
佐原「破るのは?」
根岸「はい?」
佐原「型を、破るテストはないんですか?」
根岸「とりあえず学校では無いかなぁ」
佐原「えー」
根岸「えー、っていうか、まず授業ちゃんと聞いとけ」
佐原「馬の耳にとろろ」
根岸「とりあえず、嫌がるだろそれ、馬も」
佐原「そういう慣用句ですよ!」
根岸「ねぇよ!」
閉幕
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