No.85『地球平面論』
佐原「世の中さ、知らないことっていっぱいあるじゃん?」
根岸「この箱の外の世界とか?」
佐原「そう、そういうの。俺らはパンダでさ、こうやってただのんびり笹食べてればいいわけだよ。それをお客さんに見せるっていうショーなわけだよ」
根岸「うん」
佐原「あのずーっとこっち見てる少年はさ、俺らがこうやって、他愛ない会話をしてるなんて、思いもよらないわけだよ」
根岸「しかも日本語でな」
佐原「そう少年は知らないんだ、目の前にあるガラスの中で、どんな話がされているかなんて。―――同時に俺たちも、ガラスの外の世界がどうなっているかは、知らないわけだ」
根岸「まあ、ねえ」
佐原「ところで、地球って丸いらしいけど、根岸知ってた?」
根岸「へえ、丸いんだ。―――ところで地球って何?」
佐原「それがわからないんだよなぁ。飼育員のさ、メガネのおにーちゃんいるじゃん。アイツが言ってたんだよ。地球は丸いって」
根岸「へぇ、地球って丸いのかぁ。―――ところでメガネって何?」
佐原「それがわからないんだよなぁ。お、この笹うめぇ」
根岸「マジかよ俺の笹もちょー美味しいけど」
佐原「もぐもぐ」
根岸「もぐもぐ」
佐原「あ、ひらめいた」
根岸「ん?」
佐原「この箱から出てみればいいんじゃね?」
根岸「どうやって」
佐原「そりゃもう、バーン!って感じで」
根岸「なるほどなぁ。そりゃああの少年は大喜びだろうなぁ」
佐原「朝からずっと居るよな、あの少年。パンダ大好きなんだな」
根岸「で、この箱を出て、どうするのさ」
佐原「世界を知る」
根岸「お、かっこいい。かっこいいけど、箱の外には、飼育員のおにーちゃんも、笹も無いかもしれないぞ」
佐原「あるかもしれない」
根岸「たしかに。知らないものな」
佐原「そう、知らないんだよ。世界がどんなところなのか。端っこがどうなってるのか、とかさ」
根岸「端っこ!」
佐原「そう、こんなちっぽけな箱じゃあないからな、世界は広いに違いないぜ」
根岸「世界のはじっこもトイレなのかなぁ」
佐原「間違いないね、すっげーでかいトイレがあってさ」
根岸「すっげーでかいパンダがウンチするのか!」
佐原「怖ぇー! 世界怖ぇー!」
根岸「俺らなんか小物だよ小物。木彫りの熊みたいなもんさ」
佐原「やべー、木彫りの熊やべー」
根岸「でもさ」
佐原「うん」
根岸「もしかしたら逆かもよ?」
佐原「逆?」
根岸「すっごい、世界は狭いかもしれない」
佐原「この箱より?」
根岸「あのボールくらいかも。あっちのほら、転がってるやつ」
佐原「丸い! 世界丸い!」
根岸「丸さより、大きさね」
佐原「入らないじゃん、俺ら」
根岸「さっきの話」
佐原「ん? ―――根岸の嫁候補が俺になりそうって話?」
根岸「なにそれこわい。―――いや違う。でっけーパンダの話」
佐原「ほう」
根岸「もし世界が、このボールくらいだったら、俺たちはどうなる?」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「笹を取り合う」
根岸「いつもどおりじゃないか。違うだろ、世界がちっちゃいってことは、俺たちがそのでっかいパンダってことだよ」
佐原「でっけーウンチするやつか!」
根岸「そうそれ」
佐原「大怪獣じゃん! がおー!」
根岸「なんかもう、規模が怪獣って感じじゃないけどな。大きすぎる」
佐原「だから大怪獣なんだって。おっきな、怪獣!」
根岸「大怪獣かぁ」
佐原「……でもさ、その考えでいくと、世界っていうのがボールじゃん? で、それよりおっきいこの箱があって、更に外には世界が広がってるわけだろ?」
根岸「それがまたボールで」
佐原「その外にパンダがいて」
根岸「その外に箱があって」
佐原「やばい、こんがらがってきた! 俺たちはどこにいるんだ!」
根岸「まあ、この箱の中だろうなぁ」
佐原「世界は狭いなぁ」
根岸「出られないものなぁ」
佐原「お、逆転の発想」
根岸「なに?」
佐原「こっちが外なんじゃないかな」
根岸「……なるほど」
佐原「あの少年が、外に出たがってるんだよ。世界の全てはここにあるんだ」
根岸「なるほど。たしかに、水も、トイレも、笹もあるものな。全部あるわ」
佐原「だろ? 世界は全てここにあるんだよ!」
根岸「……ごそごそ」
佐原「どったの?」
根岸「ちょっとこれ見てみろ。世界地図だ」
佐原「なにそれ」
根岸「この前メガネのおにーちゃんに貰ったんだ。世界の全てが記してあるらしい」
佐原「メガネってなに?」
根岸「わかんない。―――でな? これがあの小高い山だとすると……」
佐原「これが水辺か。はじっこも、たしかにトイレっぽい!」
根岸「だろ、つまり、ここが世界の、地球の全てだったんだ!」
佐原「地球って何?」
根岸「わかんない」
佐原「わかんないなぁ」
根岸「この笹へんな味する」
佐原「それ世界地図」
根岸「にがい。世界はにがい!」
佐原「笹うめぇ」
閉幕
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