No.78『白い日記』

佐原「ものぐさな根岸くんに朗報!」


根岸「どちらかというと博士の方がものぐさでしょう。ちゃんと毎日研究室の掃除してください」


佐原「根岸くんが掃除してくれるから、儂の研究室はいつでもピッカピカじゃよ。やりすぎなくらい白い」


根岸「髪の毛一つ残しません」


佐原「白すぎて眩しいくらいじゃよ。なにこの白い研究室」


根岸「博士が掃除しないからです。嫌なら自分で掃除してください」


佐原「えー、まーじでー」


根岸「まじです」


佐原「いや科学者の本分とはね、そういう「別に自分がやらなくてもいいんじゃねコレ」って感じの作業とか仕事を、いかに短縮し、簡略化し、作業効率をよくするかを考え生み出すことにあってだね」


根岸「その結果が「助手を雇う」ですか」


佐原「さらにその結果としての真っ白な研究室なんだけどね」


根岸「いいじゃないですか、白い研究室」


佐原「清い発明しかできなさそう」


根岸「なんだ清い発明って」


佐原「……まあ、自分でやらなくていいことを他人に任せちゃうのも科学者ゆえにだよね」


根岸「開き直りですか」


佐原「というわけで、だ」


根岸「というわけで」


佐原「そんなお掃除がめんどくさい根岸くんに朗報!」


根岸「……それが今回の発明ですか」


佐原「そう、これぞ、名づけて「楽チン日記」じゃよ!」


根岸「……日記?」


佐原「日記って、毎日書くの面倒じゃろ? それを、なんと自動でやってくれちゃう素敵で便利で未来な日記!」


根岸「博士、質問が」


佐原「そうじゃろそうじゃろ、聞きたいことはいっぱいあるじゃろ、さあこい、どんとこい!」


根岸「掃除と何の関係があるんですか」


佐原「ない!」


根岸「ないんだ……」


佐原「この日記は、あくまでも日記を毎日書くのが面倒な人向けのアイテムなのじゃよ」


根岸「そうですか」


佐原「まあ物は試しじゃ、このコードを根岸くんの耳に差し込んで……」


根岸「うわぁ気持ち悪い」


佐原「ほい、セット完了じゃ。日付を昨日に合わせて、と」


根岸「……」


佐原「……ん?」


根岸「動かないじゃないですか」


佐原「いや、電源はたしかに、んー?」


根岸「失敗ですか」


佐原「あ、いや違う。……根岸くん、キミ、昨日はどんな一日を過ごしたかね」


根岸「いえ、特には。ふつうでしたよ?」


佐原「それじゃダメじゃ! ダメじゃぁ~」


根岸「ダメですか」


佐原「日記に書くことがあるような一日を過ごしなさい!」


根岸「SNS映えしそうなお店に行ったりしなきゃいけないんですか。 日記に書くために」


佐原「そんな順序が逆になっちゃったようなことはしなくてよろしい」


根岸「しかしただの日常に、日記に書くようなことなんて」


佐原「やれやれじゃ。 やれやれじゃよ根岸くん」


根岸「そうですか」


佐原「いいかね根岸くん、昨日とまったく同じ今日など存在しないんじゃよ。 問題は、その小さな「昨日との差」を感じ取り、何を想うか、じゃ。 気をつけて生きないと、すぐに老衰じゃよ」


根岸「なんかまともっぽいことを。いや老衰て」


佐原「日々に忙殺されてはいかん。心のアンテナを広げて、感受性を高め、今にときめくのじゃよ。これさえできればキミはいつだって誰かのヒーローじゃ! そう、たとえおじいちゃんになってもな!」


根岸「なるほど。 では博士の昨日の日記に興味があります」


佐原「おう、どんとこい」


根岸「まずこのコードを耳の中に……」


佐原「うわぁ気持ち悪い」


根岸「で、このスイッチですか?」


佐原「そうそれ」


根岸「オン」


佐原「ぽちっとな」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「ほら、ちゃんと書かれるじゃろ?」


『日記、フルオートだったら楽じゃね?』


根岸「一行じゃないですか、割と偉そうにまともなこと言ってたのに」


佐原「何もない根岸くんとは雲泥の差じゃな。記憶にも記録にも残せない毎日を過ごしてはいないわけじゃよ、儂は」


根岸「さいですか」


佐原「そこで、次の発明品はコレじゃ! ででーん!」


根岸「一回に二つも発明品があるとは……」


佐原「お得じゃろ? これでお値段そのままなんだからもう大変!」


根岸「で、それは?」


佐原「楽チン未来日記~」


根岸「たまにのぶ代声を真似するのなんなんですか、似てないし」


佐原「特に意味はないぞ」


根岸「そうですか」


佐原「さてさて、このアイテムにも質問とかあるじゃろ? あるじゃろ?」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「掃除との関係は?」


佐原「ない!」


根岸「そりゃそうか」


佐原「これは、未来から情報を収集することによって、未来の日記を書いてくれるスグレモノじゃよ。しかもちょっと脚色してくれるから、実際の明日はこの日記に沿って動けば素敵な毎日が過ごせるってわけじゃ!」


根岸「……ある意味ではタイムマシンじゃないですか」


佐原「情報の、過去への逆行現象じゃな。この発明があるということは、未来が既に存在するということじゃな」


根岸「割とすごい発明じゃないですか、一体どうやって」


佐原「原理は予知夢とかと一緒じゃよ」


根岸「というと?」


佐原「人間の脳って、すげー! ということじゃな」


根岸「さっぱりだ」


佐原「さてでは、この楽チン未来日記のコードを根岸くんの耳の中に……」


根岸「うわぁ気持ち悪い」


佐原「スイッチオーン! おしおきだべぇ~」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……?」


根岸「動かないじゃないですか」


佐原「どれだけ……、どれだけ退屈で平凡で感奮興起することのない毎日を送っておるんじゃ! このあほー!」


根岸「そんなこと言われましても」


佐原「一緒に居る儂が悲しいわ! なんじゃ、こんなにトラブデントな毎日を送っているというのに、日記は白紙か!」


根岸「トラブデント?」


佐原「トラブル&アクシデントの略じゃ!」


根岸「えぇ……」


佐原「そ、そうじゃ、今日!」


根岸「今日?」


佐原「今日の日記を今書かせればさすがに何かあるじゃろ! それ楽チン日記のコードを!」


根岸「うわぁ気持ち悪い」


佐原「ポチっとな!」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……白紙、か……、この現代っ子! さとり世代!」


根岸「いいじゃないですか博士」


佐原「うぅ……儂は割としょんぼりじゃよ……」


根岸「未来は、いつだって白紙なんですよ」


佐原「お……おぉ! そうか、未来は誰にもわからず、いつだって―――」


根岸「まあ今回は過去も白紙だったわけですけど」


佐原「おぉぉ……」




閉幕

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