No.79『紫のバラの人リスペクト』
佐原「根岸、改まった話がある」
根岸「改まって話をするんじゃなくてか、改まった話があるのか」
佐原「あるんだよ、このどこにでもある焼肉屋で」
根岸「改まった話なのに、肉焼きながらでいいのか?」
佐原「むしろそれがいい。心地よい」
根岸「そうか、お前がいいならいいけど」
佐原「うむ」
根岸「で、話って?」
佐原「好きな人ができた」
根岸「……おお、割とちゃんと改まった話だな」
佐原「ああ」
根岸「相手は? どこのどちら様?」
佐原「ああ、本名は知らないんだが、俺はアミちゃんと呼んでる」
根岸「年下?」
佐原「いや、年上、それもかなり」
根岸「ほう」
佐原「舞台やってる人でな、割と有名らしくて、きっと俺なんか目にかけてももらえないんだが」
根岸「ほう」
佐原「とりあえず、手紙と、プレゼントを送ろうかと思ってるんだ。あ、その肉焦げてない?」
根岸「育て中だ」
佐原「そか。まあまだ俺は一ファンでしかないんだけどさ、まずは存在を認めてもらうことからかなって」
根岸「なるほど」
佐原「で、紫の薔薇の花束と、『いつもあなたを見ています』ってメッセージカードを―――」
根岸「ストップ」
佐原「うむ」
根岸「そこだけ紫のバラの人じゃん」
佐原「なんだよ、紫のバラの人って」
根岸「ああ元ネタわかっててやるわけじゃないのか。まあ紫のバラの人は……、パトロンみたいなもんだよ」
佐原「なるほど、紫のバラの人か。そう呼ばれるのもいいかもしれないな。ハムの人とかよりかっこいい」
根岸「ハムの人は、たぶんただお中元を送ってくる人だ」
佐原「あ、初めての人とかかっこよくない?」
根岸「何を送るんだよそれ」
佐原「そりゃあ、始めてだよ」
根岸「概念じゃん」
佐原「たしかに具体例が思い浮かばない。あ、じゃあ、孤高の人とかどうよ、かっこいい!」
根岸「孤高を送るのか」
佐原「いや、カカオを送る」
根岸「ダジャレか。そしてたぶんカカオの人って呼ばれるぞそれ」
佐原「ダメか。……まあ、向こうはパトロンなんて必要としてないのかもしれないけどさ」
根岸「ふむ」
佐原「っていうか、問題はさ、どうやって渡すかなんだけど」
根岸「まあ、それなりに有名なら、事務所とか通せばなんとかはなりそうだけど」
佐原「事務所とか、あるのかなぁ……」
根岸「謎なのか」
佐原「割と謎」
根岸「そか。地下アイドル的な何かか?」
佐原「なにしろまだ本物を見たこともない」
根岸「うぬ?」
佐原「どうすりゃ会えるかなぁ」
根岸「舞台やってる人なら、その舞台を見に行けばいいんじゃないのか?」
佐原「もうやってないと思う」
根岸「そんなあれか、おばあちゃんなのか」
佐原「おばあちゃんというか、なんだろう」
根岸「なんか、なんだ、いろいろあやふやなんだな」
佐原「うん」
根岸「アミちゃんっていうか、アミさんだな、年齢的には」
佐原「たしかに。気安すすぎたかもしれない」
根岸「写真とかないの?」
佐原「これ」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……んー」
佐原「……」
根岸「叶わぬ恋?」
佐原「たぶん」
根岸「これ、えーと、アミちゃんというか、アミさんというか、えーと」
佐原「うん」
根岸「思い出せない、ええと、ちょっとまって、調べる」
佐原「うん」
根岸「……」
佐原「叶わぬ恋かなぁ、やっぱ」
根岸「っていうかええと、あ、あった」
佐原「……」
根岸「世阿弥だ」
佐原「アミさんだろ」
根岸「どっかで見たことあると思ったら歴史の教科書だよ! 昔の人じゃん! 正平13年……ざっくり700年も前じゃないか!」
佐原「人が、人に惚れるのに、今も昔も未来もあるか!」
根岸「……おぉぅ、なんか正論な気がする……」
佐原「だろ?」
根岸「……なんで惚れたのさ。世阿弥に」
佐原「人が、人に惚れるのに、理由なんてあるか!」
根岸「……うん、まあ……うん。わかった。……しかし、世阿弥って、男だよな?」
佐原「人が、人に惚れるのに、男も女もあるか!」
根岸「オーケーわかった、いろいろ理屈抜きなんだな」
佐原「そのとおりだ! 俺の恋する気持ちは、誰にもとめられない!」
根岸「そうだな、とめられないな」
佐原「で、根岸に一緒に考えてもらいたいのは、手紙とプレゼントを渡す方法だ」
根岸「え、そこ一緒に考えるの?」
佐原「当たり前だ、何のための改まった話だよ」
根岸「お、おお、そうか、……そうかぁー」
佐原「過去に物を送る技術は、冷蔵庫の応用でいけそうな気がするんだよな」
根岸「急にわけがわからなくなったぞ。なんだ冷蔵庫って」
佐原「あれはほら、なかに入れたものを取り出すその未来まで送ることによって、入れたものが腐らないようにする機械だろ、いわばタイムマシンだ」
根岸「なにその不思議な機械」
佐原「あれの応用でいけそうな気がするんだよな、世阿弥に届け俺の想い!」
根岸「届く、かなぁ……」
佐原「想いは、時を超える」
根岸「無駄にかっこいいな」
佐原「だろ? 世阿弥も俺に惚れざるを得ないわけだよ」
根岸「いや現実味がまるでない話すぎてな」
佐原「そうか?」
根岸「そうだと思う」
佐原「そうかぁ……」
根岸「いやなんか、ごめん」
佐原「いや、俺もね、ちょっとわかってた。わかってたから、がんばって勢い付けて見てたんだけど、冷静な意見聞くと、やっぱりかぁ、って思う」
根岸「うん」
佐原「やっぱり、正体を隠して、ただ応援するだけのほうがいいよな」
根岸「ん?」
佐原「俺の恋心とか、気づいてもアミさんは困るだけだもんな、きっと」
根岸「んん?」
佐原「根岸の言うとおりだ、俺は、陰ながら応援することにするよ」
根岸「まあうん、いいならいいけど」
佐原「贈り物もさ、なんか偉い所からとか、身分がバレなさそうなところからってことにしてさ」
根岸「どうやって送るのかが謎なままだが」
佐原「そこはおいおい」
根岸「おいおい……」
佐原「あとはどうやって、ぽく、かつ謎めいた感じにするかだが」
根岸「送り状に「公家」とか書いておけばいいんじゃないの」
佐原「なるほど、「公」とか書いておけばいいのか」
根岸「……」
佐原「縦書きで」
根岸「……ハムの人だな」
閉幕
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。