No.77『まもれー』
佐原「んー、こりゃ負けかなー」
根岸「E隊に続き、C隊もおそらくは時間の問題ですね」
佐原「あと残りは……と」
根岸「うちの隊と同レベルで展開している隊では、D隊、L隊が。また後方支援にS隊、R隊がそれぞれ出撃時と遜色ない状態で残っています」
佐原「光学異性体となんか関係あるの?」
根岸「はい?」
佐原「いや、なんでもない」
根岸「とにかく、状況は割とジリ貧ですね、本営を守りきるのはほぼ不可能。できるのは時間稼ぎがせいぜいといったところでしょう」
佐原「困ったねー、死んだら元も子もないしー。……うちの隊だけでも逃げちゃう?」
根岸「それは……、隊長が言っちゃダメじゃないですかね?」
佐原「隊長ではない!」
根岸「えぇ……、じゃあどちら様なんですか……」
佐原「ザ・隊長と呼びなさい」
根岸「何の意味があるんですか」
佐原「かっこいい」
根岸「そうですか。―――で、撤退するんですか? うちの隊だけでも?」
佐原「ザ・敵前逃亡だな。実際は、むずかしいけど」
根岸「そうですね。うちの隊だけ逃げても、他の部隊に迷惑がかかりますし」
佐原「かといって、他の隊に「撤退しようぜ!」って連絡もできないしなぁ」
根岸「通信は記録が自動で残されますからね、不用意な発言は軍法会議モノですよ」
佐原「ザ・軍法会議だなぁ」
根岸「マイブームなんですか、その冠詞」
佐原「うむ、ザ・マイブームだ。……逃げちゃいたいなぁ……」
根岸「しかし、実際我々が逃げたら、国民や国が危険に……」
佐原「まずは自分をまもること、これが我が隊のスローガンだ」
根岸「それって、自分の身は自分で守れ、人を当てにするな、ということではなかったんですか」
佐原「国より自分、国民より自分」
根岸「言葉にしちゃダメでしょそれ、私たちが」
佐原「じぶんだいじに!」
根岸「うん……、まあ……、うん……」
佐原「しかしまあ、逃げるのは冗談としても」
根岸「あ、冗談だったんですね、よかった」
佐原「8割本気だがな。ザ・8割」
根岸「割と本気じゃないですか。……じゃあまあ、残り2割で、頑張りましょうか」
佐原「死なない程度にな」
根岸「はい」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「しっかし、こうやって、戦況をモニタで眺めてても、……なんというか」
根岸「負け戦ですね、どう見ても」
佐原「だよなぁ」
根岸「権力者が生き汚いせいか、我々の散り際もぐだぐだです」
佐原「二日前の作戦とか、いくつか不必要な部隊あったよなぁ」
根岸「上の指示に従うしかない下位の部隊は仕方ないでしょう、レギュラーナンバーと違って自由決定権を持ってないのですから」
佐原「憂いだね。ザ・憂い」
根岸「その場合は、ジ・憂いです」
佐原「ん?」
根岸「ザ、じゃなくてジ、です」
佐原「何が?」
根岸「母音の前の冠詞は発音がザではなく、ジになります」
佐原「ん?」
根岸「いやだから―――」
佐原「おっぱいがなんだって?」
根岸「お……」
佐原「おっぱいがなんだって!?」
根岸「胸の話はしてません!」
佐原「ボインちゃんがどうとか言ったじゃないか」
根岸「ボインではなく母音です。割と死語でしょそれ」
佐原「なんだ、堅物っぽい根岸くんがエロスに目覚めたのかと思ったのに。このむっつりスケベ」
根岸「誰がむっつりスケベか」
佐原「おっぱいの前はザじゃなくてジなの?」
根岸「あー、うん、ああまあ、うん、おっぱいの前はジですね」
佐原「ジ・おっぱい! ……かっこよくないな」
根岸「そうですね」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「……あ」
根岸「お、戦況に変化が……」
佐原「これさ……、そういうことだと思う?」
根岸「おそらく、D隊からの無言のメッセージですね、L隊もそれに乗じて撤退を始めてます。S隊とR隊にもいずれ伝わるでしょう」
佐原「通信使っちゃうと、記録残っちゃうもんな」
根岸「賢明ですね。隊の上部同士が話をつけてしまうと、まとめて逆賊扱いですが、隊単位での動きなのであれば各々の判断で済みますし、処罰もそれぞれの隊長が受けて終わりでしょう」
佐原「よーし、じゃあ俺たちも逃げるぞー!」
根岸「おー!」
佐原「おっぱいの話をしている最中の作戦だから、これをおっぱい撤退作戦と名付ける!」
根岸「記録しないでおきます」
佐原「何故だ!」
根岸「あなた後で上層部への報告でその作戦名言うつもりですか」
佐原「……おお……。それはもう事件じゃん。ザ・事件」
根岸「事件ですよ、撤退したことよりも記録に残るその作戦名が事件です」
佐原「まあいいや、作戦名は適当にそれっぽいの根岸くんがつけといて」
根岸「はい」
佐原「じゃあ、撤退しよう。隊のみんなにも伝えて」
根岸「はい」
佐原「ではでは。まずは自分をまもること。自分大事に。隊長から隊のみんなへのメッセージはこれだけだ」
根岸「はい。みんなで生きて帰りましょう」
佐原「A隊のみんな、帰るぞ!」
根岸「おー!」
佐原「あ! ザ・A隊のみんな、帰るぞ!」
根岸「その場合はザじゃなくてジです」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「じぶんだいじに!」
根岸「各隊員へ、自分の身は自分で衞れー」
閉幕
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