No.60『眺める窓の外はいつも同じ景色で』

佐原「ああ……あの木の、最後に残った一枚の葉が落ちるときに、きっと俺の命も……」


根岸「何弱気なこと言ってんだよ」


佐原「治療法のない病気だ。悲観するのも仕方ないことさ……」


根岸「そう言うなよ、治療法がないだけで、悪化は防げるんだから、そのうちいい治療法が見つかるって」


佐原「あー、旅に出たい。っていうかここから出たい」


根岸「まあ、入院してると退屈なのはわかる」


佐原「あのさ、根岸……内緒の話がある」


根岸「……なんだよ、急に」


佐原「この病気を治すには、ある薬が必要なんだ」


根岸「治らないって、聞いてるけど……」


佐原「それは表向きの情報だ。俺はこの情報を裏ルートで仕入れたんだ」


根岸「裏ルート。……病院のベッドで寝てるだけのお前に、どんなルートがあるっていうんだ」


佐原「隣のシゲさん」


根岸「あのボケかかった爺さんが?」


佐原「ああ、ボケてるのか、ホラ吹きなのかは定かじゃないんだけどな。俺にだけ、内緒の話だって言って、教えてくれたんだ」


根岸「……ふむ」


佐原「その昔、シゲさんがまだ卑弥呼の衛士をしてた頃の話だ」


根岸「シゲさん何歳だよ」


佐原「不老長寿の薬を飲んだのが、遅すぎたらしい。おかげでずっと老人のままなんだ、ってシゲさん言ってた」


根岸「うさんくさい!」


佐原「入院の理由はただの風邪らしいんだけどな」


根岸「ご老体だから、免疫力が落ちてるのか」


佐原「いや、なんかホクロから毛が一本すごく長く伸びるらしい」


根岸「それ風邪じゃない! なんかよくわからないけど風邪ではない!」


佐原「最近の風邪は怖いなぁ」


根岸「えー、いや、風邪なのそれ……?」


佐原「あの物知りシゲさんが言うのだから、風邪なんだよ」


根岸「うさんくさいなぁ……」


佐原「まあそう言うな、俺の病気を治す、薬のありかを教えてくれたんだ」


根岸「ホラ話かもしれないが?」


佐原「ああ、それでも、何もしないで待ってるよりはいいだろう?」


根岸「その話が本当で、佐原が治るならな」


佐原「ふふふ、根岸ひとりじゃゴーストバスターズにならないもんな。ひとりだと、ゴーストバスターだ」


根岸「そうなんだよ、ソロだとなんか、そういう武器みたいな名前になっちゃうんだよ」


佐原「んー」


根岸・佐原「「ゴーストバスターズ!」」


根岸「うむ」


佐原「うむ」


根岸「ひとりだとコレできないじゃん」


佐原「というか、ベッドの上でポーズ決めるもんじゃないな」


根岸「花瓶は落ち、ベッドは軋み、お見舞いのりんごは破裂した」


佐原「っ!? 根岸、これはもしや!」


根岸「ゴーストの仕業か!」


佐原「間違いない! こいつあ忙しくなりそうだぜ!」


根岸「―――」


佐原「―――」


根岸「ってのを一緒にやりたいなぁ」


佐原「ほんとなー、はやく退院したいなー、そして除霊の旅に出るんだ」


根岸「花瓶もベッドも、間違いなくゴーストバスターズの仕業だよなー」


佐原「いやほんと」


根岸「ってかさ、除霊の仕事も、なんかお盆で忙しいんだよ。なんか最近は虫とかも霊になって出てくるみたいだし」


佐原「えー、なにそれ。虫の霊とか、発生し始めたらキリなさそう……」


根岸「今のところ一件だけだけどな。なんかゴキが霊体になって、喋ってるとかいう通報が入って」


佐原「えー、なにそれホラーじゃん」


根岸「まあ、俺たちの仕事でホラーとかいっても、あれなんだけどな」


佐原「まあなー」


根岸「とにかく、動ける程度には元気になってくれよ」


佐原「まかせろよ、すぐに治して、復帰してやるさ。俺たちは、二人で完璧なチームなんだから、な……。……げほっげほっ」


根岸「大丈夫?」


佐原「ぼちぼち」


根岸「そか。……んでさ」


佐原「ん?」


根岸「さっき言ってた薬ってのは? シゲさんの言ってたってやつ」


佐原「ああ……」


根岸「非合法の薬かなんかなのか?」


佐原「ああ、俺はよくは知らないんだがな」


根岸「ほう」


佐原「なんでも治す、ルルとかいう薬があるらしくて―――」


根岸「風邪薬だそれ!」


佐原「なんだと……。じゃあむしろシゲさんに必要な薬じゃないか!」


根岸「いやシゲさんのはルル飲んでも関係ないような気がするんだけどな」


佐原「ちなみに……もうひとつ、シゲさんから教えてもらった暗号があるんだが」


根岸「さっきのもただの市販薬だったしなあ。なんだかなあ」


佐原「Health and Communication、という暗号があるらしくてな」


根岸「ハックドラッグだろそれ、関東圏に展開するドラッグストアだ」


佐原「薬屋さんかー」


根岸「薬屋さんだなー」


佐原「あとは飛竜草は人間には毒だとか、そういう情報があるよ」


根岸「知らんよ。なんか、お前の病気と関係ない情報ばっかりじゃないか」


佐原「徳川埋蔵金の場所とかどうよ」


根岸「どうよ、っていうか、そもそもソースがシゲさんだろ?」


佐原「シゲさんが埋めたらしいぜ!」


根岸「うさんくささアップだよ」


佐原「……ん? あれ?」


根岸「ん」


佐原「俺の薬の話は!?」


根岸「そんなものは最初から無かった。そもそも治療法がないんだろ?」


佐原「うむ、治療法は無いって医者に言われた」


根岸「絶望じゃん」


佐原「でもね、シゲさんが言うには」


根岸「またシゲさん情報か」


佐原「ステータス異常には万能薬、って」


根岸「ゲームかよ。というか、そもそも医者はさじを投げたんだろ?」


佐原「うん、ほらこれ」


根岸「スプーン?」


佐原「医者が俺に投げつけたさじ」


根岸「なるほど、これが医者の投げたさじか。ほんとに投げつけられたのか」


佐原「うむ、ほんとに投げつけられた。斬新な治療法だと思う」


根岸「治療法なのか……」


佐原「あーん、暇だよー、旅に出たいよー」


根岸「そうはいっても、なんかよくわからんが、治療法のない病気なんだったら、落ち着くまではしょうがないんじゃないか?」


佐原「とはいえ、割と元気な気はする」


根岸「まあ、病人っぽくはないよな。さっき咳してたけど」


佐原「あれは演出」


根岸「なるほど。じゃあ元気じゃん」


佐原「そうなんだよ」


根岸「医者に言ってみたら? 自宅療養とか、そういうのできないかって」


佐原「できるなら、そうしようかなぁ」


根岸「うむうむ」


佐原「……はー、しかし暇だよほんと、もぐもぐ。今日は根岸が来てくれてるからいいけどさ」


根岸「……そういやさ、さっき『ゴーストバスターズ』やったときにさ」


佐原「あー、気づいた? りんご破裂したよね。食べやすくなったっしょ? もぐもぐ」


根岸「え、なんで? なんでりんご破裂したの?」


佐原「そりゃお前、霊現象ですよ」


根岸「い、いるのかここに! 霊が! ゴーストが!」


佐原「俺俺」


根岸「……はい?」


佐原「なんかね、ゴーストなの、俺死んじゃったみたいでさ。先生も生き返らせることはできないって言ってさじ投げてさー」


根岸「えぇ……」


佐原「ちなみに隣のシゲさんも霊体」


根岸「えぇぇ……」


佐原「はやく治んないかなー、旅に出たいなー」


根岸「旅の最中じゃないか既に」


佐原「へ? まじまじ? なんの?」


根岸「死出の」




閉幕

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