No.59『ご帰宅』
佐原「帰ってきた、帰ってきたぞー!」
根岸「!?」
佐原「うむ、やはり現世の空気は心地よいな。ああこの生ゴミが腐ったようなニオイと部屋干しの香り。……たまらん!」
根岸「!!?」
佐原「お、やあやあ、久しぶりです!」
根岸「ゴキブリ!」
佐原「うむうむ、お盆だからね、死んだ魂も帰ってくるってもんですよ。生前はお世話になりました」
根岸「……ゴキブリを世話した覚えなんて無いんだけど……」
佐原「ふふふ、毎日ご飯を用意してくれていたじゃないですか。いやあ衣食住がパーペキな生活、素晴らしかった!」
根岸「っていうか」
佐原「なんだいご主人」
根岸「ご主人言うな。ゴキブリが」
佐原「ちょっと! ゴキブリだってゴキブリとか言われたら傷つくんですよ!」
根岸「だってゴキブリじゃんか!」
佐原「ご主人だって、ゴミムシマン!とか道行く児童にいきなり言われたら傷つくでしょ!」
根岸「微妙にしょんぼりしそうだなそれ。っていうかご主人言うな」
佐原「ふふふ、ご主人てば照れちゃってからに、かわゆいかわゆい」
根岸「うわあ、寄るな! キモイ!」
佐原「まあ、それなりに距離のある関係ではありましたけどね、私たち」
根岸「距離どころか、見た記憶も、世話した記憶もない」
佐原「私は毎日見てましたよ、ご主人の寝顔」
根岸「……ホラーじゃないか、やめろ」
佐原「まあほら、夏ですしねぇ」
根岸「そういう怖さじゃないんだけどな」
佐原「夏といえばそう、お盆。お盆なので、帰ってきたんですよ、丁重に出迎えて!」
根岸「……そういえば、お盆だから帰ってきたとか、そんなこと言ってたな最初に」
佐原「はい」
根岸「何? 霊体なの?」
佐原「いえす」
根岸「ゴキブリの?」
佐原「だからゴキブリ呼ばわりとかひどい!」
根岸「いやだってゴキブリだろうが」
佐原「久美子と呼んで!」
根岸「誰だよ」
佐原「まあ、呼び名はどうでもいいとして。―――もっとこう、突っ込むところあるでしょう?」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「わしわし」
根岸「……キモイ」
佐原「キモさは突っ込むところじゃないの! むしろプリチーなの!」
根岸「そんなこと言ったって、ゴキだろう。その時点でキモイ」
佐原「ひどい!」
根岸「あ、わかった」
佐原「わかっちゃいましたか」
根岸「喋ってる」
佐原「違う! そんなのは些細な進化です!」
根岸「むしろ進化した結果なのかよそれ……」
佐原「我々は日々進化しているのです。殺虫スプレーが効かなくなり、天敵がいなくなり、人間とは友だちになり、日本語を覚えたのです」
根岸「後半認めたくないんですけど」
佐原「日本語意外の外国語はちょっと苦手」
根岸「日本語はペラペラなのに」
佐原「ふふふ、体の薄さもペラペラなんですよ! ほらほら!」
根岸「キモイ!」
佐原「ショック! ゴキショック!」
根岸「―――っていうかさ、霊体なの?」
佐原「そう、霊体なの! これはツッコミどころの大ヒントですよぉー!」
根岸「殺虫剤、効かないのか。物理的に」
佐原「まあ、生前でも効かないんですけどね、物理的に」
根岸「……なんで死んだの? っていうか、俺が殺したわけじゃないの?」
佐原「ご主人に殺されてたら、お盆に帰ってきません。日々呪います」
根岸「怖いよ」
佐原「夏ですしね」
根岸「いやそういう怖さ……ではあるのか」
佐原「さあほら、お盆が終わっちゃう前に、私のツッコミどころを見つけて!」
根岸「そういうルールなのか」
佐原「そういうルールなんです!」
根岸「……」
佐原「さあ」
根岸「……」
佐原「さあさあ」
根岸「……ふと、さ」
佐原「はい!」
根岸「なんで俺、ゴキブリと喋ってるんだろう、って」
佐原「そこ、冷静にならない! これはお盆の起こした奇跡なのです!」
根岸「なんて無駄な奇跡だ……」
佐原「ふふふ、でも私はご主人にまた会えて、うれしいですよ?」
根岸「部屋の中にゴキブリが出て、しかもそいつが喋るとか、割と最悪な事態だよ」
佐原「さあ、ツッコミどころをはやく見つけないと、私の子供たちが一斉にご主人に襲い掛かりますよ!」
根岸「こえぇぇぇ! 霊現象より怖い!!」
佐原「あははは、さあさあ、はやく私のツッコミどころを見つけてぇ~」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「こんなまじまじとゴキブリ見つめたこととか、未だかつてないよ……」
佐原「照れちゃう」
根岸「キモイ」
佐原「ひどい!」
根岸「……」
佐原「わしわし」
根岸「……あー」
佐原「お!?」
根岸「足がある。霊なのに」
佐原「正解! やったねご主人!」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……?」
佐原「……?」
根岸「え?」
佐原「ん?」
根岸「消えないの?」
佐原「消えませんよ?」
根岸「ツッコミどころ見つけたら、消えるんじゃないの?」
佐原「足があるんですよ、私」
根岸「あるね」
佐原「霊じゃないんですよ、つまり」
根岸「ふむ」
佐原「お盆、関係ないんですよ」
根岸「ふむ」
佐原「いやあ、楽しい時間でしたね。おやご主人、どこへ……」
根岸「……」
佐原「お、その板は……、あ、そうか一緒に宴会ですね! 正解のお祝いに! 裸踊りだ!」
根岸「バン!」
佐原「ぷちゅん!」
根岸「……」
佐原「ガクリ……」
根岸「普通に喋るゴキブリだったのか……。いや普通に喋るゴキブリって何だ……。疲れてるのかな……。暑いしな……」
根岸「バルサンとかしなきゃダメかなー、一匹見たら30匹は居るっていうし、あいつの言ってたことが本当なら、あいつ、間違いなくこの家に住んでたし……」
佐原「……」
根岸「ん」
佐原「へいご主人!」
根岸「貴様、何故生きている」
佐原「のんのんのん、これを見て! いや見えないけど!」
根岸「足が……」
佐原「そう、足が無いのです、つーまーりー!」
根岸「霊体……」
佐原「直帰してまいりました! っていうかほんとに霊体になっちゃったよぅ!」
根岸「……もうどうしたらいいんだこいつ……」
佐原「ふふ、そのお盆の下には、お盆に帰ってきた私の死体があるわけですな!」
根岸「そうだよ、あるよ。見たくないけど」
佐原「ちなみに、その死体をトイレとかで水に流すと、私も消える気がします」
根岸「……なにそれ、そういう宗派なの? ゴキブリって」
佐原「覆水盆に返らずといいまして」
閉幕
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