10話 希望の空(終)

「ソウ君と付き合うことにしたんだ」

「ソウ君? ああ、3年E組の日暮君のことね」


 わたしと岸野さんは、オープンスペースにいた。持ってきた紅茶を飲んだ。カフェインは少し苦手だけれど、気持ちわるくなるまでは飲まない。


「そっかあ。何度か見たことあるけれど、かっこいいもんね!」


 見る角度によってはかっこいいが。


「かもね」

「そっかあ……」


 岸野さんが再び同じ台詞を口にした。

 岸野さんは一度下を向き、ちらっと目を合わせた。


「おめでとう」

「ありがとう」


 いつもと雰囲気が違う岸野さん。


 わたしは小首を傾げた。岸野さんは吸い込まれるような瞳で、怪しげというか妖艶ようえんな笑みを見せた。


 岸野さんのことも好きだよ(笑)と言おうと思った。だが「気持ち悪い」と言われたくなかった。誤解なくいえば、岸野さんのことを人として好きであるし、友だちでいたい。


「けどそれって、わたしとも付き合えなくなるんでしょ」

「?」


 岸野さんから言われるとは思わなかったから、その言葉にフリーズしてしまった。


「冗談だよ。友紀ゆきちゃんとは仲のいい友だちでいたいよ」


 岸野さんは水筒に入った麦茶らしき物を飲み、変わった笑い方をした。冗談とも本気とも取れるようで、岸野さんのことがわからなくなった。


 あ……、下の名前で呼んでくれた。


*****


 ソウ君や岸野さんたちといっしょにわたしたちは最後の一年を過ごすことになった。受験の多忙さに押されながらも、たまに会話したりお茶したりして気分転換もした。

 

 ソウ君とは恋人同士になったけれど、とくに変わりはなかった。イメージと少し違ったけれど、これはこれで幸せだと感じている。里菜さん(岸野さん)とは仲良しになったけれど、ときどき誘惑するように見えるのは気のせい……だよね?


 あの一連の出来事から、わたしは心理学を学びたいと思った。ソウ君は心理に対抗して、「脳科学を学ぶ」と言い出したけれど、実際は工学系に進み機械いじりをすると思う。里菜さんは教育学部(教養)で、国語の教員免許を取ることを目標にしている。


「約束通り、秘密を明かします」


 如月神社。綾子さんが箒を社務所に立てかけ、そう言った。

 わたしはごくんと生唾を飲んだ。


「ソウ君ってね、私の従姉弟いとこなんだよ」

「ええ?! なんで黙っていたんですか?」

「そろそろ言ってもいいのかと思ってね」

「ずるいです」

「まあまあ。けど私が無理に二人をくっ付けようとは思っていなかったな。自然にゆきちゃん達が仲良くなったのだから。おめでとう」


「そうそう。少し気が早いけど、初詣はつもうでには二人で来てね。私のでもよかったら着物、借してあげるから」


 着物は七五三のときに着ていたかどうか……。

 思い出そうとすると、頭が痛くなる。


 けど純粋に綾子さんの好意に甘えたくなった。


「ありがとうございます! ソウタ君を誘ってみます」


 わたしと綾子さんは朗らかに笑った。


 そのとき雲の間から柔らかな日差しが差し込み、澄んだ空が現れた。曇った空が、希望を描く空に変わった瞬間だった。

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