8話 表裏一体

 石段を昇った先には綾子さんがいた。


「いらっしゃい」

「こんにちは」


 少しはにかんで挨拶する。

 手水場ちょうずばで手を洗った後、綾子さんと向かい合った。


「綾子さん、人生のヒントをください」


 すがるような口調で柏手を作った。つい大げさに振る舞ってしまい、即座に「すみません」と謝る。


「いいよ。けど、なんで謝るの? それで、人生のヒントって何のこと?」


 境内の縁側に誘われる。日差しは曇り気味なので、そこまで眩しくはなかった。


「わたしって誰なんでしょう?」

「この間も聞いたな。でも少し前とは雰囲気が違うような。何かあったの?」


 私は絵莉香さんのことや、ソウ君から告白されたことを話した。


「ゆきちゃんのこと、まだ知らないことあったんだね……」


 ソウ君の話はしていたが、絵莉香さんのことは話していなかった。ソウ君の話を聞いているときは、いつも穏やかでうれしそうだけれど、絵莉香さんとのやりとりを聞いた綾子さんは、ときどき悲痛な面持ちになっていた。

 

「気づかなくてごめんね」

「いえ、そんなことないです」


 謝られることじゃないので、すぐにフォローする。


「でも仲直りしてよかったね。そういえば、ソウタって子、姓は日暮だよね?」

「え、何で知っているんですか?」


 そのとき参拝者が社務所の窓口へ行く。


「待ってて」


 綾子さんは社務所に戻り、売り子になる。営業スマイルの中に真剣さもあって、綾子さんは売る方にも向いているんだなあと感心する。


 販売を終えた綾子さんが客を見送ると、小首を傾げ、目を宙に向けた。考え終わったのか、今度は私と向き合い口を開いた。


「ソウタ君ともっと仲良くなったら教えてあげますよ」


 丁寧な口調で、まるで天使のような笑顔を振りまかれた。如月神社の巫女さん、おそるべし!


「気になる!」


 一言漏らした後、生唾を呑んでから改めてき直してみた。


「綾子さん、わたしは誰なんでしょうか?」

「そうねえ……。ゆきちゃんの心の奥底で、悩ましいことがあったのだろうけど」


 最近はとくに綾子さんを悩ましてばっかりだ。もうちょっと気楽な関係だったのにな……。


「ごめんなさい。もうこういうこと、聞かないようにしますから」


 軽く頭を下げて言った。綾子さんは目を丸くした。だが凛とした表情になり、語り始めた。


「月の満ち欠けがあっても、実際の月が欠けることはないよね。見えたり隠れたりしているだけだから」

「月の満ち欠け?」

「月の満ち欠けのように、人にはいろいろな面が見えてくるんだよ。ゆきちゃんだってそうだ」


 如月きさらぎ神社のことを人にたとえているんだ。お月様は人の心の様子。御堂おどうの方をちらりと見た。付け加えるなら、神様と仏様がいっしょにまつられてもいること。


 ……思ってもみない発想だった。私の人格を切り離して考えるからおかしいんだ。もしかすると、もともと切り離されていないのでは……? 

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