6話 収束(改)

「許してもらえるとは思っていなかった。これはあたしのわがままだ。……お金はいい。置いていくから」


 つまりこの場から立ち去るというわけだ。絵莉香さんがサイフを開けようとしたとき、「待って」と遮った。


「どうしてそんなことしたの?」

「……理由を知りたいの?」


 私は頷いた。

 絵莉香さんは財布をトートバックに戻した。そのとき、トートバックから赤い色の本が一瞬見えた。


嫉妬しっとだよ」


 予想はしていた。だが中学時代の私は、嫉妬されるほどの人だったんだろうか。


「最初は友紀と付き合っていて楽しいと思っていたよ。あなた素直で明るかったから」


 そうだったのか?


「でね、当然いつも輪の中心になっているのが友紀だった。最初は好意的に見ていたのだけれど、どうしても負けたくなかった」


 出てきたのは陳腐ちんぷな台詞だった。冷ややかな目線を送る。


「少しずつ友紀を孤立させようと思った。ほんとうはあなたのことは好きだったんだけれど……。劣等感と嫉妬の裏返しだった。ほんとに勝手だよね」


 ほとんど自己語りのようでうんざりする。「もういいよ、帰って」と言おうと思った。 

 だけど会って喧嘩しただけというのでは意味がないだろう。


「それでよかったの?」

「一時はね。けど文化祭で麻奈と会ってからあなたのことを思い出した。ときどき話を聞いていて、恥ずかしくなった。

 性格は変わっちゃったみたいだけれど、あいかわらず真面目に活動していて、周りからも信頼されている。やっぱりすごい人だって。あたしは、そんな友紀のことを傷付けたことを激しく悔いた」


「言ってくれてありがとう。あなたがそこまで言うのなら、わたしは許したい」


 おりのような感情が残っているが、もう怒りはなくなっていた。


「それで、あなたはどうするの?」

「え?」


 絵莉香さんはきょをつかれたみたいだ。


「これからどうするの?」


 落ちついた口調で言い直した。


「やっぱりあたしはもう友紀とは関われない。けど謝りたかった。こないだ会うとは思っていなかったから、テンパっちゃった」


 もういいよ。わかった。と言おうとしたとき、


「……あたし、もう帰るね」


 と絵梨香さんは急に立ち上がり、トートバックを手に取ったとき、バチャッという音を立てて床に落とした。


 戻す場所がわるかったようだ。私はほぼ無意識に散らばったものを絵莉香さんに渡したときに気づいた。はみ出ていた赤い本は、有名私大の文学部の過去問集だった。


「ありがとう」

「ううん。わたしもさっきは、言いすぎだった」


 一拍置いてから語を継いだ。


「大学目指しているんでしょ? いっしょに頑張ろう」


 力のない笑みだったかもしれない。

 けど絵莉香さんは、


「友紀は人が過ぎる」

 

 と柔らかな苦笑いをした。

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