3話 サイドストーリー

 岸野さんに急かされたたために、私はソウ君のことが頭から離れなくなった。


 勉強中は浮かばないようにしているが、お風呂に入るときに浮かんできてしまう。

考えすぎのせいか、危うく湯船のなかに頭を突っ込みそうにもなった。「とものり」だった頃にはなかった感情だ。私はいまの自分の気持ちを把握しきれていない。


***


 きょうの午前中はソウ君に会わなかったから、授業に集中することができた。けれども、それでいいのかという疑念もあった。


 放課後、部室に向かおうとすると、同じクラスの男子生徒が私を呼び止めた。


「菅原さん、話があるんだけど」


 その子はクラスメイトの小野君。髪の長さはふつうで、澄んだ目をしている。落ち着いた雰囲気のある真面目な子だ。


「ちょっと用があるのだけど、付いて来てくれないか?」

「ああ、うん。いいけど」


 教室に残っている生徒の何人かがぴくっと動いた気がしたが、勉強に集中しているからか、顔を上げようともしない。

 何の用だろう? 何気ないワンシーンだと思っていた。不思議には思うが、訝しがることもなかった。



 え……。

 着いたのは、人気のない校舎の一角だった。


「ここならいいだろ」


 男子生徒は気さくな笑みを私に見せた。何かやばい気がしたから、後ずさりする。


「俺と付き合ってください」


 仰け反りそうになった。

 話すことなく、たまに視線を送ってくるぐらいしかしていないじゃない? それに私のどこがよかったのかがわからない。


「あの……佐野君、友だちからじゃだめなの?」


 佐野君は頭を振って否定した。


「俺は菅原さんの取り巻きがいることを知っている。内心、少し軽蔑してる。彼らを野放しにはできない。……だから、俺と付き合ってくれないか?」


「佐野君、落ち着いて!」


 佐野君は、はっとした顔をし、はあ、とため息をついた。


「ごめん。一方的だったね」


 適当に会話を続けると、佐野君は語り始めた。

 

 ずっと影から私のことを見ていたということ、何か悩みを抱えながらも、明るく振舞おうとしていたこと(そのつもりはなかったが)や、何事にも手を抜かないで丁寧にやり遂げることとか。


「気持ちを押さえたままにはできなかった。俺は菅原さんと、残りの高校生活を過ごせたら、ほんとに嬉しい」

「ありがとう、うれしい」


 なんだ……。最初に浮かんだのはうれしい気持ち。次に浮かんだのは、急だから心の準備ができていないこと。最後に、ぼんやりとだが親友ソウくんのイメージが浮かんだ。


「けど、ごめんなさい」


 頭を深々と下げた。そのつもりがないのに、お付き合いなどできるはずもない。


「そっか」


 顔を上げた。

 佐野君の顔は、諦めを呈していなかった。むしろ吹っ切れたような顔をしていた。

 

 取り巻きがわるく見えるのは過剰かもしれないけど、自分の殻を破って行動したのは、すごいことだと思う。


 辺境の廊下は、静寂だけに満ちていた。だけどそれは、気まずさを含む雰囲気ではなかった。

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