7話 向こう側へ

 私は朝の準備をしていた。

 顔を洗い歯磨きをし、髪をブラシで整える。いつも物憂げな顔をして映っているから、作り笑いをしてみた。控え目だけれど、優しげな表情の少女がいた。考えてみれば、少女と言ったけれど、自分のことだった。


 朝食と洗面の後に、制服に着替える。制服を着ることへの抵抗が、少し弱くなっていた。着る時間のペースがちょっと早くなっていたからだ。いまの体に慣れるのには時間がかかるけれど。


 髪をハーフアップにしてみようと思った。後ろ髪の半分を使って髪をまとめる髪型のことだ。ゴムの中で髪を左右にわけて交差し、引っくり返してみる。髪留めには、紺色のリボンが付いたヘアゴムを使った。これは派手じゃないけれど、ちょっとお洒落に見える。手先はどちらかといえば器用だから、想像したよりアップに苦労はしなかった。


 やり方は、ファイリングしてあった私(ややこしいな)のメモに書いてあった。メモはA4サイズのルーズリーフだ。イラスト付きで、簡単な説明文が書かれている。ちなみに私は、人物画と風景画を描くことが得意だ。キャラクター絵はあまり描かない。赤で注意事項が書いてある。覚え書きを見ると、自分でいうのもなんだけれど、マメな性格だったようだ。

 

 一人称を「私」に変えたのは、一度現実を受け止めてみようと思ったのと、男女関係なく使えるから。ヘアアレンジしたのは気分転換だった。暗鬱とした気分のままでは、日常生活を続けられない。それにこの姿になってから、状況を肯定的に見る余裕がなく、楽しそうなことをやれなかったからだ。


 もう一度鏡を見てみる。髪の乱れを正面やサイドをチェックする。服の肩や、襟、リボンの位置などを直す。わずかでも埃があれば、コロコロをかける。

 やったことは、ふつうの身だしなみと、ちょっとの工夫だ。少しイメチェンになったかな?


***


 早朝のこと、部活から岸野さんが教室に戻ってきた。「おはよう」と互いに交わす。


「あ、後ろの髪、結んだんだね。似合ってるよ」


 気づくのが早くて、少しびっくりする。素直にうれしかったから、「ありがとう」と返した。


「……表情もよくなったんじゃない?」

「そうかな?」


 おおむね同意しつつ、やんわり確かめるようにして訊いた。岸野さんの目からすると、そう見えるらしい。

 ゆきになったことを一度受け入れたことで、それが表情に表れたのかもしれない。決意が行動だけでなく、表情にも出ているのだ。


 前の姿のときと比較して、一喜一憂する必要はないだろう。なぜなら私は、今やこれからを大切にしようと思うからだ。


 何人かの男子生徒たちは、こんな感じの反応だった。きょうの菅原さんが、よりかわいくなった! という声がいくらか上がった。私が髪型を少し変えたことを指摘され、「気分転換だよ」と笑って返す。

 男受けがよかったのか、私のことを褒めてくれたのかはわからないけれど、わるい気はしなかった。


 けれども、「最近菅原さんの元気がないから、心配していたんだぜ」という声も聞こえた。2・3人が「お前だけでしゃばるなよ」と笑いながらやり取りしていた。

 この子たちにも心配をかけているみたいだから、苦笑いするしかなかった。

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