8話 行き違い

 私は部室に向かって、廊下で歩いていた。ちょっとずつだけれど、女子の生活に馴染んできている気がした。


 変わることへの勇気は持つつもりだ。けど、もちろん恐怖もある。まだ女子との会話は不慣れだけれど、同性である以上は、もっと話せるようになりたい。男子との距離が開き始めるから、寂しい気がするが、距離感を見直したい。


 廊下を歩きながら窓の外を眺めた。テニス部員たちが、素振りや筋トレなどをやっていた。奥には校舎を取り囲む緑あるフェンスが立ち並んでいる。


***


 部室の手前に来ると、壁に腰掛けるようにして女子生徒が立っていた。


「ゆき」


 髪はおさげのわりと小柄で、メガネを掛けた女子生徒。利発そうな顔をしている。彼女はリベラル研(リベラル・アーツ)のメンバーの高田麻奈だ。


「来たみたいね。待ちくたびれちゃった」


 この子とは親友とまではいかないが、外から見ると仲のいい子のひとりだ。なんとなく付き合っている(性的な意味ではない)。


「麻奈さん、どうしたの?」

「それがね、わたしの友だちがあなたに会いたいんだって。文化祭で " 世界の少数民族の文化 ”の催し物を出したとき、興味を持ってくれた子のひとりなんだ。共通の友人であるわたしを通じて話が来た」


 旧友……。

 私を見た麻奈さんはいぶかしがり、小首を傾げた。


「いやなら行かなければいいじゃない? 名前は遠崎……」

絵莉香えりか


 私が遮っていうと、「知っていたの? なら早いね」と返答される。


「彼女が言うには、ゆきのことを誤解していたんだって」


 誤解……? 以前の私は、絵莉香さんと行き違いでもあったのだろうか。中3以降、あまり話していた記憶もない。

 麻奈さんによると、「何かあったかもしれないが、それ以上は聞かなかった」とのことだ。


「どういう表情をしていた?」

「眉をひそめていたよ」


 一瞬場が静かになった。元々この部室前は、授業がないときは静かで人通りが少ない。けれども時の流れが、緩慢になった気がした。



 部室に入ると後輩の実験を手伝うソウ君がいた。部室の一角で、加速装置のような実験器具が置いてあった。ゲートを通過する度に、カランカランという小気味のよい音を立てて、玉が転がる。


「お、ゆきじゃん」

 

 私を目にしたソウ君が声をかけた。私は呼びかけに応じた。ソウ君は「一通りオーケーだね。後は実験記録をつけて」と後輩に言ったら、私の方に顔を再び向けた。


「あれ、ちょっと雰囲気が変わったかな? ちょっと、横を向いてみて」


 姿勢を斜めにして見せる。


「ひさしぶりだな、あまり見ないから」


 どれくらいの頻度で、ヘアアレンジしていたかまではわからない。だけど、ちょっと変えてみただけなのに、気づいてもらえるのがうれしかった。


 麻奈さんは私とソウ君に目をやった後、私の耳元に小声でささやいた。「なんで日暮君と付き合わないの?」

 考えてもみなかった。「友だちでいたいの」と適当なことを言って誤魔化した。

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