第16話 アイラと真白



 6月13日土曜日



 まどろみ。

 意識。

 が。

 浮上していく。

 瞼が上がる。


「…………」

 いつも見ている天井だ。

 少し視線を下に向けると、いつもの机、本棚、扉。

 どうやらここは、俺の部屋みたいだ。

 というか。

 それよりも。


「すぅ……すぅ……」

「ん……ぅ~……」

 俺が寝ているベッドに突っ伏すように体を預けて、金髪の少女と白髪はくはつの少女が寝息を立てている。

 アイラと真白だ。

 なぜ二人がここに?

 でも、二人の姿を視界に収めると、なんだか落ち着く。 

 ていうか。

 さらにそれよりも。

 

「俺は、生きてるのか……?」

 胸に、あなが空いていたはずだ。

 真白でも治せない致命傷だった。

 なのに、今こうして生きている。

 触って確かめるが、胸には一ミリも孔など空いていない。

「生きてるのか……」

 俺、生きてる。

 よかった。

 よかった……。

 アイラとの約束を、破らずに済んだ。

 でも。

「どういうことだ……?」

 わからない。

 多分、状況からして、二人が事情を知っているだろう。

 なら、起きてから聞いてみればいい。

 それまでは、まあ、適当に時間を潰していよう。

 

「ん…………和希、さん……」

 なんて思っていたら、アイラが起きた。

「とりあえず、おはよう」

「おはようございます……」

 アイラはまだ寝惚け眼だ。

 かと思ったら、突然目を見開いて。

「和希さん! どこも痛くありませんか!?」

 ぐぐい、っと近づいてそう言って来る。

「あ、ああ、全く痛くない。なぜか孔も開いてない」

 その様子に少し気圧されながら答える。

「そう、ですか。よかったです……」

 一先ず安心してくれたのか胸を撫で下ろすアイラ。

 

「なあ、なにがあったんだ……? 俺は致命傷だったはずなんだが」

 さっきから不思議に思っていたことを言葉に出す。

 生きているのは、そりゃ嬉しいし、死ねない理由があるけれど、不可解であることに変わりはない。

「それは、春風さんが起きてからちゃんと話します」

 アイラは俺の目を見てそう言った。

「そうか」

 ならば信じて、真白が起きるのを待とう。

 


「和希さん」

「なんだアイラ」

「手、握ってもいいですか……?」

 唐突。

「まあ、いいが」

「はい。では遠慮なく」

 右手が、握られる。両手で、包み込むように。

 柔らかく、暖かい。

 小さな、女の子の手だ。

 アイラの手は白く綺麗で、触り心地が良い。

 藍色の瞳を細めて、穏やかな表情でアイラは握った手を見つめている。

 朝の陽光が、黄金色の髪に反射して、幻想的だ。

 かわいいな、アイラ。

 俺の妹は、かわいい。

 一歩間違えば、落とされてしまいそうなほど。

 うっかり抱きしめてしまいたくなる。

 そのまま口づけして、押し倒してしまいたくなる。

 しないけどな。

 兄妹だし。

 


「う、ぅん……ほぇ……?」

 真白が、瞼をゆっくり開いた。

 それを確認すると、アイラは俺の手を放した。

 眼をこすりながら身を起こす真白。

「おはよ、カズくん、アイラちゃん」

「おはよう」

「おはようございます」

 朝の挨拶をした後。

 一呼吸置き。


「じゃあ、どういうことか、あの後どうなったのか話してくれ」

 アイラに、ひいては真白にも向けて言った。

「? 何の話?」

「昨日のことですよ春風さん」

 起きたばかりだからか、話について行けてない真白にアイラが説明する。

「ああ、昨日のことね……」

 真白は理解して姿勢を正した。

 

「まず、何から聞きたいですか?」

 アイラが訊ねる。

「そうだな……俺の怪我が治ってる、っていうレベルじゃないほど全くないのは?」

「それは、私の異別で治したからです」

 俺は数秒、固まった。

 アイラの口から、『異別』なんて単語が出るなど、思ってもみなかったからだ。

 いや、思いたくなかっただけかもしれない。


「ごめんなさい和希さん。今まで黙っていて……」

 目を伏せて、申し訳なさそうにアイラは言った。

「……謝らなくていい、俺だって隠してたしな」

 何も教えずに、アイラを無理矢理納得させて戦いに出ていた俺に、責める資格はない。

「ありがとうございます……」

 アイラは複雑な笑みをした。


「その異別は、遠距離からでも使えるのか? あの場所にアイラはいなかったよな。運ぶにしても、その間に死にそうな傷だったような気がするんだが」

「いいえ、対象に手を触れないと使えませんよ。私はあの場所にいましたから」

「……何でアイラがその場にいたんだ?」

「それは、その……やっぱり心配になって追いかけたんです……」

「そうか……」

 アイラが止めるのも構わずに、振り切るような形で飛び出したのだ。

 そうしたくなっても仕方がないのかもしれない。

 けれど、さすがに追いかけてまで来るとは思わなかった。

「アイラ、あまり危険なことはしないでくれ。もしも誰かに襲われたりしたらどうするつもりだったんだ。お前に何かあったら俺は終わる」

「それ、和希さんが言えることじゃないですよ」

 ちょっと頬を膨らませた、怒ったような顔。

「…………それは、そうなんだが」

 言い返されてぐうの音も出ない。

 道理が通ってないことも解ってる。

 でも、アイラにはそういうことをしてほしくないんだ。


「カズくん、アイラちゃんのおかげで助かったんだから、とりあえず今は結果オーライだよ」

 真白がアイラのフォローをする。

「ああ……分かったよ。とりあえずそのことについては、もう何も言わない」

 真白が言うように、結果的にアイラが傷ついてないなら今はいい。

 二人にここまで言われて食い下がるつもりもない。

 

「そういえば、あの学校に入れたのか?」

 話題を変える。

 大罪戦争に関わっている者以外入れない、結界があったはずだ。

「見えない壁みたいなものがあって最初は通れなかったんですけど、しばらくしたら通れるようになって、入っていったら人が沢山亡くなっていて……その先で、和希さんと春風さんを見つけたんです」

「戦いが終わって結界が解かれたとかそういうのか?」

「うん、多分そうだね」

 真白が答える。


「――それじゃあ一通り話したかな?」

 真白が確認する。

「あ、まだあと一つだけある」

 重要なことが頭から抜けていた。

「なんですか?」

 首を傾げるアイラに向かって。


「その異別って、何か副作用とかないか?」

「……魔力を使いますけど、特にありませんよ」

「本当か?」

「はい。私の異別は『魂の橋渡し』ソウルロードといって、魔力を使ってどんな怪我でも治せる能力です」

「そうか」

 ならいい。

 副作用とかあったら、使わせるわけにはいかないからな。


「もう聞くことはない?」

 真白が再度確認する。

「ああ」

 俺が無事な理由とアイラの異別について知ったら、他に聞くことはないだろう。 


「それじゃあ、次はわたし達のことについて話さないとね。アイラちゃんだけだとフェアじゃないし」

 真白が両手を合わせてそう言った時、アイラが複雑そうな、申し訳なさそうな表情をしたように見えた。

 気の、せいか……?


 そうして、二人で大罪戦争についてアイラに説明した。

 本当は知ってほしくないが、ここまで来て隠し通すことなどできないのだから、仕方がない。


 …………。

 ……。


「そんなことに、巻き込まれてたんですね……」

 アイラは俯き気味に言った。

 そして、顔を上げる。

 決意に満ちた表情で。

「和希さん、私も戦い――」

「それは駄目だ」

 アイラが何を言うか予測していた俺は、言い終わる前に却下した。

「どうしてですか? 私の能力は役に立ちますよ。和希さんや春風さんが怪我してしまったらすぐに治せますよ。だから私も連れていってください」

「それでも駄目だ。危険すぎる。アイラが傷つくのは嫌だ」

「それは和希さんも同じだって、さっき言ったじゃないですか」

「……でも、待っていてくれるんじゃないのか? 必ず無事に帰るって約束したろ。今まで見送ってくれてたじゃないか」

「私がいなかったら、その約束は今回果たされませんでしたよ」

「それは…………」

 そうなんだが。

 でも。

「あんな光景見たら……和希さんがあんな姿になってるのを見たら、私ももう黙って待っているだけなんて無理です……約束よりも、命の方が大事です。和希さんに、生きててほしいんです……」

 懇願するように、嘆願するようにアイラはそう言った。

「アイラ…………」

「私だって、役に立ちたいんです。和希さんが誰かを救いたいように、私は和希さんを救いたいんです」

「…………」


 俺は、言葉を返そうとした。

 しかし、出来なかった。

 正当性は、先の時と同じでアイラにあるだろうから。

 だが俺も先の時と同じで、そんなもの度外視してでもアイラには危険な目に遭って欲しくない。

 

「アイラちゃん」

 真白が言葉を発した。

「なんですか……?」

 アイラは、突然の別方向からの言葉におっかなびっくり聞く。

「アイラちゃんは回復役タイプだから、味方が多くて十分に護れる戦力があれば別だけど、わたし達だけで護りながら戦うのはかなり厳しいんだよ。だから、戦いが終わって帰って来てから、その時に治療してくれる方が絶対に役に立つし、いいと思うよ」

 だから、一緒に連れていくことは出来ない。

 やんわりと、諭すように真白は言った。

 アイラは反論しようとしたのか一回口を開きかけたが、すぐに閉じた。

 真白の言葉は、自分よりも正論だと思ったのだろう。

 そして。

「はい……」

 渋々とそう答えた。

「いい子いい子だよ。アイラちゃんはカズくんのことが大好きなんだね」

 真白はアイラの頭を優しく撫でながら、笑顔でそんな言葉を喋る。

「うぅ……」

 アイラは頬を染めていて、微妙に困り顔だが嫌ではないようで抵抗はしない。そんなアイラを真白は構わず笑顔で撫で続ける。

 なんだか、姉妹みたいだ。

 アイラの身長が低いのも、それに拍車をかけている。


 やがて頭撫でが終わると。

「……こほん」

 アイラは気を取り直すように可愛らしい咳払いをして、口を開いた。

「なら、絶対に、必ず、帰ってきてくださいね」

 俺に顔を向けて、真剣な表情で言う。

「ああ、わかった」

「春風さんも、和希さんが危なかったらなにがなんでも私のところに連れてきてくださいね。その時は私が治して見せますから」

「うん、了解!」

 真白が手敬礼をして元気よく答えた。

 

「じゃあ、朝飯でも食うか」

 話が一段落したと思って提案する。

「そうですね、もう時間も時間ですし。春風さんも食べていってください」

「そうだ、食ってけ。今日は学校もないしな」

「うん、なら遠慮なくご相伴しょうばんにあずからせてもらうよ」

 そうして三人で一階のダイニングへと向かった。


 …………。

 ……。

 

「んぅ~~っ。アイラちゃんの料理美味しいよ!」

「ありがとうございます」

 アイラが作った朝食を、三人でテーブルに着き食べる。

 真白は、それはもう美味そうに食べている。

 俺も焼き鮭へと箸を伸ばす。

 ご飯をかっ込む。

 うん、今日も美味い。

 


 朝食がほとんどなくなってきた時。

 アイラが口を開いた。

「そ、その、あの、えっと……」

 真白に体と顔を向けて、言い淀んだ後。

「真白さんって、呼んでいいですか……?」

 そう言った。

 真白は満面の笑みを浮かべて、親指を立てながら答える。

「お姉ちゃんと呼びなさい!」

 俺はその白髪はくはつを殴った。

 

「ごめんなさい。ちょっとした冗談なんだよ。だからそんなに怒らないで」

「別に、たいして怒ってはいないが」

「じゃあなんでか弱い乙女を殴ったの!?」

「人聞きが悪いな、小突いた程度だろう」

「いやちょっとばかし結構痛かったよ?」

「どっちだよ。ちょっとならいいだろ」

「ちょっとでもよくないと思うけど」

「いちいち細かいな。禿げるぞ"白髪"しらが

「あーーっ! 今言っちゃいけないこと言った! これは"白髪"はくはつっていう立派な髪なんだよ! 衰えと一緒にしないで! 訂正して!」

「わかった! わかったから掴みかかんな! 揺らすな!」

 真白は必死の形相でガクガクと俺の身体を揺らす。

 何が彼女をそうまでさせるのか。

 深く考えるべきではないと思った。

 それはともかく、真白の"ハクハツ"は綺麗だと思うぞ。


「ふふふふふっ」

 アイラが、くすくすと楽しそうに笑っていた。

 俺たちは思わず騒ぐのをやめ、動きを止めてアイラを見る。

 その笑顔は、眩しく輝いていた。

 まさに平和の象徴のような、そんな表情だった。


「それで、お姉ちゃんと呼んだ方がいいですか?」

「真白でお願いします!」

 即答だった。


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