8.里奈の取り巻き

 しかしおばさんの壁は厚かった。


 いつもなら勝手に上がっても文句の一つも言ってこなかたのに、渋い顔をして「禁止って言うたやろ」と、俺を追い返してくる。

 それを察知した母さんに玄関先でガミガミ説教されてしまったのだが、その途中で里奈が「下着盗んだやろ!」と割り込んできたお陰で一時は説教を回避できた。

 だが、里奈が帰ると再び母さんの説教がうるさくて、本当に仕方がなかった。



 そういうわけで、その日は結局、里奈に成績のこととか俺を置いて先に帰ることとかを追究できなかった。それが一日だけならいいのだが、里奈は俺を置いて先に学校に行くし、学校でも俺を無視しやがるし、里奈のくせに一体何様だというような態度ばかり取る。それでいて俺には部活をさせようとするからタチが悪い。

 こうなったら里奈の機嫌が直るまで待つしかない。



 そんな日々が数日続いたある日、俺に呼び出しがかかった。


 聞けば相手は見たこともない知らない野郎で、少し髪がもさっとして制服も中途半端に着崩している全体的にもさっとしたヤツだった。見るからに俺と同級生だろう。


 そいつは俺を空き教室に呼び出すと、名乗りもせずに俺を指差してきた。


「山本聡、君に言いたいことがある! 君は里奈さんを解放するべきや!」

「……はあ?」


 あまりに突拍子もない内容に、俺は不抜けた返事しか出せなかった。

 というか何なんだこいつ、俺の里奈を「里奈さん」なんて名前で呼びやがって。


「証拠は挙がってるんや、君が里奈さんを振り回しとるから里奈さんが困っとる」

「だから何の証拠やねん。それに俺と里奈のことに部外者が割り込んでくんな」

「ほら、それやそれ。それが里奈さんを困らせとるんや。ほんまに彼女迷惑しとる――」


 俺はその瞬間、近くにあった机を蹴飛ばした。

 そいつはびくりと身体を揺らす。


「お前に里奈の何が分かんねん、口出ししたいだけやったら引っ込んどれ、カス!」


 トーンを低くしてそう言えば、そいつはビクビクした様子で逃げていった。

 どういうつもりなのか分からないが、俺の知らないところであんなのが里奈の周りを取り巻いているということだけは確かだ。

 そんなこと、許せるはずもない。



 そんなヤツは俺が一人残らず排除しなければ。



 そう思う矢先、その翌日に俺はまた他のクラスのヤツに呼び出された。


「ちょっと聞きたいんやけど、山本サンと付き合ってへんの~?」


 今度は前髪をいじりながら話してくるかなりチャラい野郎だった。

 こういう頭の弱いヤツだからこそ、こういう低質な質問をぶつけてくるのだろう。


「俺と里奈はそういうのを越えた関係なんや、そんな低脳な会話に付き合っとられんわ」


 うんざり感を全面に出して答えれば、そいつは合点がいったような顔をした。


「へぇ、要するに付き合っとらんのやな。山本サンに聞いた通りや、ほいじゃそれだけやから」


 そいつはひらひらと手を振って帰って行く。

 何だあれは、納得したのかしていないのか、相当頭が悪いに違いない。



 その翌日は里奈と同じクラスの女子3人がやって来た。


「山本君、ええ加減里奈離れしてあげぇや!」

「彼氏でもないくせにいつも里奈里奈可哀想や!」

「ほんまにいつまで経っても里奈が報われへんわ」


 こいつらは俺の教室の俺の席まで来て、何をぎゃーぎゃー喚いているんだ。

 ただの迷惑でしかない。


「んなもん、俺と里奈の話やし、そもそも里奈やって俺と一緒にいたいと思ってるはずや!」


 俺がそう返せば、女子共は「うわぁ」とそれぞれ両肩をさすり、後ろにいた田村が「そんなことない」と言ってくる。

 何だこいつら、自分たちの物差しで俺と里奈を計りやがって。


「もうこんな束縛な男最悪や! 木暮君に告げ口したる!」


 女子たちはそう捨て台詞を吐くと、そそくさと教室から出て行った。

 だがその台詞に残されたワードに俺は首を傾げる。


「田村、木暮って誰や」


 尋ねれば、田村は「あー」と頭を抱えた。


「あれや、山本里奈と同じクラスでサッカー部のさわやかイケメン」

「なんやと?」


 またそんなヤツが里奈に取り巻いているというのだろうか、そんなの絶対許せるはずもない。今すぐに排除しに行かなければ。

 しかし、田村がそれを制した。


「おい、聡、やめといた方がええぞ」

「何でや」

「だってそれするとお前、確実に山本里奈と口聞けへんくなるで」


 神妙な面持ちで田村が言うが、そもそもそんな状況すらありえないのだ。

 俺は構わず教室を出た。

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