第14話 ギタリストとしての進化
だがしかし、それにしても……、さっきのギターケースの彼の話は妙だ。
アホかって程に意味深過ぎている。
意味深を通り越して、普通に意味不明だった。
そして彼が語っていたその時、あの渦はちょうどクライマックスを迎えていた。
アニメと写真の違い……。
どうもその精神的なことについて語っていたような気がする。
ありゃ酒が入るといくらでも語ってしまう、がっつりタイプのあれだろうぜ。
「そうだ。」
確かグッショアーのギタリストであるビリーもすっごいアニオタな面があり、特定の作家についてはコレクターであったり、すごく掘り下げて詳しかったはずだ。
それとは関係なく、俺もアニメはなかなか嗜む方だと思うが。
うーん……。
……。
つまり。
「お、俺たちギタリストは音を使って画を描いてるんだよ……とか、つまりそういう事……なのか?」
おおおおおおお!
ひゅーひゅー!
「照れるじゃないかよ~、恥ずかしぃぃぜぇい。」
俺の中の全メタラーが、メロイックサインを掲げながら俺を囃し立てていた。
彼らの声援もあって、俺は求めていた何かに近づけそうな手ごたえを感じた。
チャイティーラテを一口飲んで心を落ち着ける。
店内には軽快なカントリーポップスが流れており、リラックスし過ぎない適度な雰囲気を作っていた。
確かに、音楽はアニメのように現実にあったことをそのまま表す為に用いられる事が時々ある。
でも、アニメって見る側の現実的な常識を完全に飛び越えることがあるよね。
まだ誰も目にした事がない状態や構造を……見る人の前に表してしまう。
……。
じゃあ……音楽は?
当たり前だが、音楽は目で見るものではなく耳で聞くものだ。
だけど、音楽はどこかおぼろげながら視覚に訴える力もある、と俺は思っている。
メロディーやハーモニーが景色や雰囲気みたいなものをふわっと投げかけてくるような。
その時に、聴いてくれる人が持ってる感情だったり常識だったりが強く関係するものだとも思ってる。
つまり、聴いてくれる人の”心の世界のあり方”が一つの音楽に無数の形を与える。
ん?
まてよ?
つまり、その”心の世界のあり方”次第では……まだ見たこともないものにたどり着く事が出来るって事か。
……。
うぅ~ん?
そういえば、シブ谷で脳内再生された巨大な魚のような何かは、俺が今までに空想した事も、どっかで見かけたこともないものだった。
つまり……、あれは新種で……、しかも何かとんでもないやつで……。
なぜか、俺の心に一瞬パッと、その姿カタチを垣間見せた。
なぜだ。
なんだか頭が一杯になってきた俺は、一呼吸置いた。
脳内にすぅっと風が吹きぬけたよう感覚がした後、少しだけ見えてきたことがある。
「Sorrys!の音楽で、聴く人の心に”まだ見たことの無い世界を映し出せ”って事か。」
それはすごい事で、素敵なことに思えた。
色んな条件は必要だろうが、すごい可能性だ!
俺は一人で勝手に考え込んで、勝手にこの閃きにたどり着き、勝手にここ最近で一番盛り上がっていた、一人で!
いかにも!
おちつけ!落ち着け俺!
まず始めに、大きな問題があるだろ。
俺の今のギターの表現でそんな事に挑めるのか?という事だ。
……。
やばい。自信がなくなってきたぜ。
こんな気持ちは生まれて初めてかもしれない。
基本的に自信過剰くらいが丁度いいというスタンスの俺でさえ、今回の閃きに関しては尻込みしそうになる。
ん、まてよ。
そうか。
だとしたらこれは、”新しいギターを買ったことを機にギタリストとして進化しなければならない!”という事じゃないのか。
ギタリストとしての進化。
これはかなーりあやふや過ぎないか?
どのギタリストだって、そんな感じのことは一度くらい考えると思うし。
今のオレには、常識を逸した「オレ的進化論」を提唱する必要がありそうだな。
それが今俺にやれる事……か。
つまり……具体的には。
……。
うぅ~んっっ!
また一旦、俺は考えることをやめた。
俺はスマホを持ち、気分転換になりそうなアプリを探し始めた。
そういえば叉市から、ピクスィヴというサイトに無料の漫画やら色々なものがあると教えてもらっていた。
なぜか執拗に「目を通しておけ」というもんだから逆に敬遠してきたが、折角なのでこのタイミングで目を通してみようと思う。
インストールは済ませておいたので、俺はサクッとアプリのボタンをポチッた。
……。
ほほーーーーう。
俺が今までの人生でほぼ触れたことのない、いわゆるオタク的と言っていいような作品がめちゃくちゃたくさん転がっている。
こーゆうの読め、って叉市は何のつもりなんだ…?
とりあえず適当に一つ読んでみることにした。
「うーん、じゃ、これ。」
タイトルは『月刊ヤンデレ夫婦漫画』。
………………。
……。
面白いじゃん!!!
気がつくと、10話分ほどパパッと読んでしまっていた。
マジで、結構、いやいや、普通に面白いじゃん。
バイトから帰ったらまた読もう。
アプリを一旦閉じ、俺は頭を上げて伸びをしようとした。
ちょうどその時、ある客が店に入ってくるのが見えた。
チラッとしか見なかったが……100%間違いない。
女優の派生側起用子。
そう。
ハセキョンだ。
シトシトと雨は降り続いていた…。
俺はどこで習ったかも定かでない大人のマナーとして、彼女を見ないようにしていた。
でも、あろう事か、俺が座っている席のまん前にある、大きなテーブルの一角にハセキョンは陣取ってくれた。
顔を上げるとイヤでも視界に入ってしまう。
いや、あの、嫌ではないんだけど、むしろ光栄なんだけど。
凄く、前向きづらいです、はい。
俺のバイト先であるゴッサムバークスビルディングにも、有名人がわりと頻繁に来る。
だから、こういう芸能人と出くわすこと自体は慣れているつもりだ。
それによくよく考えてみれば、この辺りはそういう立場の人々が現れても全然おかしくない立地条件ではある。
当人もごくごく私的な感じでリラックスしているようだ。
確かに芸能人、有名人、著名人が目の前に現れた時は少しハッとするものだ。
しかも直接間近で見る彼女は眩しくて、そりゃー美しかったわけなんだし、まさに心がドキッとしてMK3しても誰一人として非難する者はいないと思うんだが。
そう。
俺がここまでドキッとした原因は、それだけではない。
彼女がドリンクを持って席に着くタイミングとほぼ同時に、入り口でビニール傘の雨水を軽く払っている客が見えた。
その客は何か注文した後、それを持ってハセキョンに声をかけ、当たり前のように親しげに隣にさっと座った。
もうみなさんもお分かりだろう。
いかにも。
彼女の旦那さんである超有名ギタリスト”はるちっち”氏だった。
ちょ…。
どーゆーこった!?
ギタリストとしての進化とか思っていたとはいえ、これはちょっと…。
あの…こりゃいくらなんでもリアクションが良すぎるんですけど。
いや、落ち着け。俺。
偶然と言うにはあまりにもおかしすぎる。
今さっき、ギタリストの何たるかを模索していたからって、いきなり日本屈指の有名ギタリストが現れて、目の前でお茶するもんなのか?
俺のパラメータはこの状況でメダパニになりかけたが、いつだって心のどこかに天使の鈴を常備しているので、なんなく冷静さを取り戻した。
この機を逃してはいけない。
どういう意味か詳細は不明だが、なにか必ず得るものがあるというシチュエーションのはずだ。
俺は直感的に、彼らの立ち振る舞いから何か新しいヒントが見つかるかもしれないと思った。
二人ともメガネをかけたり、変装らしきことはしていた。
だが、やっぱり分かってしまう。
店内の雰囲気は、この二人の存在に気が付く人々がゆっくり増えていく事で、少しずつ変わっていった。
ただ外国人が半分くらいは居たので、彼らが二人に気が付かないおかげもあり、ある一定の慎みの中で収まっている。
そう。
それはまるで、宮マス坂のライブでSorrys!がやたら爆発的なステージを見せているというのに、観客が4人しかいなかった時のようだ。
その全員のボルテージがどれだけ上がろうが、Sorrys!と俺を含め室内総人口は8人(PAは除く)、頭打ち感がハンパじゃない。
そんなやけくそになっても負け、勝負を投げても負けというぎりぎりの状況下で、Sorrys!の三人とその客達はギリギリまで最高のライブを互いに模索していた、あの空間にほんの少し似ていた。
いや、別に似てないかも知んない。
(顔ちっさいなぁー!)
(はるちっちもやっぱオーラあるわぁ?!)
(生で見るとスタイルいいわー)
(肌きれいなのなー)
(なんか、自然に二人が似合うカップルだよねぁ…)
耳を澄ますと、店内にいる他のお客たちの心の声が聞こえてくるよ。
まるで電脳と繋がってるみたいだぜ。
というか、あれ?これは単なる俺の感想なのか。ララァ?
それくらいにこの二人の芸能人的素敵オーラがお店の雰囲気を先導し、一つの流れを作っていたというわけだろう。たぶん。
しかし…。
本当の事件(?)はこの後に起こった。
コーヒーの匂いと並行してほんわかと香り、たちこめるそんな素敵オーラを台無しにした事が起こってしまったのだ。
服が雨でびしょ濡れの状態で、明らかに雨宿りのみが目的であろう二人組の男性客が、ドヤドヤ、ガヤガヤと入店してきた。
まだ店内に入っていない、入り口付近にいるだけで既にこの場違い感。
ハンパじゃないのがビッシビシと伝わってくる。
俺は「わかって無い新入り共がが入ってきたなぁ」と心の中でつぶやいた後、「どれ、面か見てやろう」と思い、新入りをちょいと確認してやろうとした。
……。
ん?
うぅ~ん?
哲平とセージじゃねえか!!!
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